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 彼女を目で追っていた高志が、あとに続くように席を立つ。

 誰にもなにも言わずに、だが、なぜか首を傾げてドアを開けた。

 出て行く寸前に振り返り、護に対して口を開きかけたが、

「まあ……今じゃなくてもいいか……」

と呟いて結局、絵里に続いてしまった。

 何か疑問でもあるのか? と慌てて追っていった志乃にすれば、たとえどれほど小さな疑問であっても、高志が考え込んだという事実に、ついていこうと相談を持ちかけたかったに違いない。

 ノーマルである自分が彼の力になるわけもないし、相談相手には物足りないだろうと自覚はしている。

 けれど、どういう方法でも自分のほうが彼らに追いつかなければならない。

「……情けないよね……」

 頬杖をついて、隆宏が息を漏らした。

「オレたち、なにを見ていたんだろうなぁ……。どんなに謝っても足りないよ」

「謝る必要はないんじゃないか?」

 実がようやく食器棚から離れて隆宏の隣に手をついた。

 頬杖をついたまま彼を見上げて、ため息まじりに言う。

「勘違いしているようだけれど、ケンのことを言っているんじゃないからね。オレはマモルに申し訳ないと言っているの。……本当に、なにをわかったつもりでいたんだか。……遊園地で見た姿に同情だけしかなかったということになるよ」

「遊園地?」

 聞き返す実には、なんのことかわからなかったろう。

 いつか、護を遊園地に連れ出したときのことは、高志と隆宏の二人だけの秘密だ。

 実に対してすら話題を蒸し返すことなく、隆宏のため息は自己嫌悪を含んで漏れた。

「なんにしても……」

と姿勢を正し彼は、無言で返されることを承知で頭を下げた。

「ごめん、マモル。今はとにかく謝るよ。実際、不甲斐ないオレたちが君に頼る図々しさを許してくれるかな。嫌なことを押しつけてごめん」

 正直、誠実、温厚が形を成している隆宏には、、心の中に何事をも含むことがない。

 たとえ護からの返事がなくとも、自分の非を素直に謝罪に変えて、ひたすらに相手に向き合う。

 やはり無反応であった護に落胆する心情は、彼にはかけらも存在していないようだった。

 ゆっくりと両手をテーブルに載せて、彼は目を伏せた。

「……初仕事が終わったときにひどく落ち込んだんだ。というより怖かったよ。……子供の頃、学校で普通に習うことをレイラーから教わって、他の大半の時間を温室で過ごした。なにも考えずに花の変化をただ見て、感じるだけだったよ。それから、遊びに乗じた運動が加わって、本格的な訓練になっていった……」

 精神訓練のやり方はメンバーそれぞれが違っていたものの、隆宏は一度、記憶をなくしている。

 遅れを取り戻すためもあっただろう。

 精神訓練にかける時間は他のメンバーよりも多かったに違いない。

「でも……」

と、彼は続けた。

「実際に人の命を奪うという感触は……教えてもらえなかった。……ミノルから行動指示の役割を頼まれて、実際に君たちのことを考えながら組み立てるのは楽しかったよ。なのに現実は……。その生々しさは想像できるものじゃなかったって……思った。オレは君たちにとんでもないことをさせたんだって考えたら……もう……後悔で頭がいっぱいになってさ」

 言いながら、苦笑交じりに髪をかきあげる。

「ケンって……厳しかったなぁ。追い打ちをかけるように切り替えろって。ノーセレクトなら一つ残らず覚えておけって。……なんかすごく腹が立ってね。好きでノーセレクトに生まれたわけじゃないって言ったんだよ」

 クスクスと笑う。

「彼の冷静さが気に入らなかった。所詮、彼はオレの指示に従っただけでなにも考えていなかったじゃないか。殺人の主犯にさせておいて勝手なことを言うなって、思ったんだ。そうしたら彼、こう言ったんだ」

 隆宏の指示だから、どういう結果であろうと満足だと健は言ったのだそうだ。

 彼にとって、隆宏の考えが正しいかどうかなど問題ではなかった。

 明らかに間違っていたとしても、その責任を負うのは自分の役目だ、と。

「その日は到底休めるとは思えなかったんだけれど、不思議にいつのまにか寝ていたよ。でも翌日になって、ふとしたときに思い返して首を傾げていた」

 どうして、彼の言葉に納得したんだろう、と。

「よく考えてみれば、彼の言葉は結局、オレに君たちを動かす責任を押しつけただけじゃない。そのまま続けろと言っていただけなんだ。確かに最終的な責任を負うとは言ってくれたけれど、それは結果としてだよ。仮定で間違えることを考えていないじゃないか。その重責をオレに押しつけるのか? 間違いが続けば信用をなくす。なのに続けろというのか? なんかずるいよ。オレだって自信をなくす。それなら君がやればいいんだ……」

 また頬杖をついて、隆宏は昔を懐かしむように視線を、護の頭を越した先に向けた。

「……って、面と向かって言う気がまったく起きなかった。無責任で身勝手な言葉だと思っていたのに、どうしてかなぁ、なんか安心していたんだ。不思議だよね。そのうち……当たり前に今の形になっていて忘れてしまったんだな。……彼の最初は本当にシンプルだったということをさ」

 シンプル……。

 確かにそうだと実が頷いた。

「彼の中には失敗とか間違いというものは存在していなかったんだ。オレの考えること、君たちの行動、すべてが彼にとって正しいことなんだよね。そんな簡単なことを忘れていたなんて、はじめさんに怒られて当然だ」

「わ、私はなにも……」

 あまりにも殊勝な態度に、慌てて口を開いたはじめに、隆宏は柔らかく笑いかけた。

「でもね」

と続ける。

「だからといって落ち込んだり反省したりはしないからね。突き詰めれば、ケンにも悪いところがあったとオレは思うよ。彼はオレたちにだけ自由を与えた。自分がいいたいことややりたいことを我慢したんじゃ、こっちが悪者だ。それに気づいてもらわなきゃね。反省するのなら、嫌な役目をマモルに押しつけることかな。悪いけれど、オレには人を追い詰めるなんて器用なことはできないよ。頼んだよ、と無責任な言葉だけで勘弁して」

 誠実だからこそ、隆宏の言葉や態度に嘘や偽りがあるはずがない。

 反省はしても、それが健に向かなかったという彼の思いは、あるいはメンバー全員の総意だったかもしれない。

 さっさと責任を放棄して腰を上げた彼にむしろ清々しさを感じて、はじめは思わず笑った。

 隆宏は護の後ろに回り込み、その両肩に手を乗せると、覗きこむように屈んだ。

「はじめさんの護衛、がんばって」

 一度は見上げた護は、僅かにはにかむと俯いてポツリと言った。

「ありがとう」

「……君でも照れることがあるんだ? 意外だな」

 目を見張るというほど大げさではなかったが、珍しい光景を見た、と言いたげに軽くその両肩を叩いて、隆宏はあっさり部屋に戻っていった。


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