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「君は……君たちは最初、オレのミノルに対する言動をどう判断していた? タカヒロ、エリ……君たちは同じ目で見ていたのではなかったか?」
三人が顔を見合わせる。
フッと息をついたのは絵里だった。
「愛情よ。そう思っていたことは否定しないわ。前にも言ったとおりね」
「一方的な愛情……一方的だからこその執着……そう映ることがオレには堪らなかった。オレの想いはそのような軽いものではない。だが……現実は……自分がその程度にしか見られないほど非力だったということだ。オレがミノルを守っていたのではなく……あなたが……」
振り返り、実を見上げるその瞳に浮いていたのは懇願だったのか。
すぐに顔を背ける。
「あなたがオレを守っていた。それが決定的だったのが……真奈美さんだ。彼女の儚い夢を叶えることができなかった。彼女を不幸なままで死なせてしまった。それも、あなたの手で、だ。あなたにすればオレのために彼女を始末しただけだったろう。それは仕方のないことだ。だが……」
辛そうな表情を、護は右手で覆って隠しながら、抑えつけるような声で続けた。
「そうしてあなたがオレのために取る行動が……オレのプライドを壊していく。なにをしてもいい。どう考えてもあなたは自由だ……そう思えば思うほど、オレはあなたに固執する。オレのことだけは考えないでくれ、と。……オレがあなたを守りたいんだ。これ以上……あなたを憎ませないでくれ……オレから……あなたを取り上げないでほしい……」
途切れた言葉の先に沈黙があった。
誰もなにも言えずにいる。
話せばわかることなのだ。
逆に、口を閉ざせば永遠に伝わらない。
どういうきっかけであるにせよ、だから今、護が本心を話してくれたことは、隆宏たちにとって喜ばしいことだったろう。
少なくとも、これが普通の青年たちの会話であったなら、だ。
「えっと……」
最初に口を開いたのは高志だった。
いつもはなにをするにしても隆宏の指示に従い、考えることを半ば放棄するように話し合いの詳細自体にさほど頭を使わない彼だが、会話に関しては別だった。
時折、細かい言葉尻を気にすることもあるのだ。
彼は首をかしげて護に向いた。
「おまえ、さっき変なことを言わなかったか?」
「どうかしたの?」
絵里が二人を見比べる。
「え、……うん。ちょっと気になった」
自分がおしゃべりだから、相手の言葉一つに些細な引っかかりを感じることがあるため、あるいは気のせいかもしれないが、と前置きをして、高志が全員を見回す。
「今のケンには従わない……って」
「だってそれはわかるじゃない。マモルには自分なりの考えがあったのは事実だもの」
高志が困惑したように、だが納得しがたい曖昧な返事をした。
「そう言われるとそうなんだけれど。……正確に言えばこうだったよな。『まして、今の彼の言葉に従うわけにはいかない』……なんか、ニュアンスが引っかからないか?」
「ニュアンス……とは?」
小声で隣の志乃に聞いたはじめは、逆の位置にいた隆宏に袖をつままれて耳打ちをされた。
「言葉の僅かな違い、のようなことだよ。なんか、言い方が違わないか? という感覚のようなもの」
「ああ……。それなら違ってはいないだろう?」
と、高志に首をすくめてみせる。
そして、やはり勘違いかと言った彼に続けた。
「実際、今の健さんだから護さんは言うことを聞こうとしないのだから」
「え?」
「私とて、単に護さんのことだけを頼まれたのならさほど難しいことだとは思わなかったよ。力尽くでこの人を引っ張って今日に連れて行ってもよかったからな。……私がそれをしなかったのは、護さんに同感だからだ。私のほうからも君たちに言おう。健さんが大将でいる限り、護さんは誰の指示にも従ってはいけないのだよ」
「いけないって……どういうことなの?」
絵里ははじめに、そして護に交互に視線を移した。
どちらでもいいから答えろ、と暗に言っている。
護が、ずっと立っていた実を振りあおぎ、吊っていた左腕をさすりながらテーブルに向き直った。
「ケンをリーダーという位置においてはいけない」
それは、昼間庭で実と志乃に言ったことだ。
言わなければ伝わらない。
それを直前に実感した護は、だが、続きを促すようにはじめを見つめた。
自分が言葉にすれば、メンバーを追い詰めずにはいられなくなる。
自分のことがわかると断言したのなら、はじめに代弁してもらおう。
彼の手並みがどれほどのものか見届ける。
そんな挑戦的な意味合いを、やはりはじめは感じたようだ。
不適に笑って背もたれに寄りかかり、腕を組んだ。
「健さんはなぜ、私に頼み事などをしたのか?」
隆宏に尋ねる。
「それは、マモルがミノルから離れようとしていたからだろう?」
「なら、護さんはなぜ、実さんから君たちに関心を移したか……」
と、絵里に問いかける。
「さっき聞いたじゃない」
「そうだ。聞いたから納得をする。無理やりにだろうが成り行きだろうがな。相手が口を閉ざす限り、受ける方には伝わらない。健さんが独断で私に頼んだことを、当の護さんすら知らなかった。護さんも自分の本音を語ることなく君たちに関心を移したから健さんに伝わらずに誤解を招いた。齟齬の原因は……君たちなんだよ」
「オレたち?」
隆宏のオウム返しに頷く。
「私は羨ましかった。健さんは君たちのことを考えている。あの人がいる限り君たちは自由だ。そういう存在でいられるあの人が羨ましい。だが、同時に嫌気がさす。大将という位置に据えられたあの人が、よく君たちを恨まなかったものだと感心もする。それどころか甘受し、大将であるよう努力している。君たちはそれに甘えきって、挙げ句……」
唐突に、苛立った思いが吹き上げたかのように、はじめはメンバーを睨んだ。
「あの人の言動を封じ込めたんだ! 健さんがあの人のままでいれば自分のために生きられただろう! だが、君たちの仕打ちのおかげで、あの人は君たちを間違った方法で守るしかなくなった。君たちの目は盲目だ! あの人の姿が見えていない!」
思い切りテーブルを叩く。
「まったく! 自分に呆れるよ! なぜ私がここまで深入りしなければならないんだ!」
二度、三度と手を叩きつける。
それが突然止まり、興奮した気持ちを落ち着かせるためか、荒い呼吸を繰り返した。
やがて、静かな部屋にまた声が響いた。
「……あの人はいつも寂しそうだ。情けない大将に見えていたが……そうじゃない。寂しいんだよ。君たちがあの人を独りにしてしまった……」
厳しい目で一人一人を睨みつけるはじめに、彼らは黙り込むしかなかった。
さらに言葉が続く。
「大将という遠い位置に追いやったのは君たちだ。健さんははるか上から君たちを包み込んでいる。君たちの言動を一つ残らず聞き、見ている。ならば……私は君たちに問いたい。あの人の声が聞こえていたのか? と。大将である前に仲間ではないのか? 私にはこんなにもはっきりと見えるのに……。聞こえるのに、なぜ、君たちが気がつかない?」
問いかけにも関わらず、答えを待っていたわけではないのだろう。
発言のない沈黙に、はじめは息をついてようやく口元を緩めた。
「なんのことはない。見えなくて当然だ。大将という幻だけを見ても気づくはずがない。……私は所詮よそ者だ。遠くから見通せば視野は広いものだよ。……護さん……」
頭をかいて、はじめが呼びかけた。
「君だけは気づいていた。それは君もまた、仲間から離れて見ていたからだ。……あの人を大将にしたままではいけない。仲間という身近に引き寄せなければならない。それは君たちの責任だ。……そういうことだろう?」




