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 戻った部屋は尚更騒がしくなっていた。

 思わず実が目を見張るほど、みんなが勝手に護に詰め寄っている。

 夕子とはじめだけがキッチンのテーブルに座って、成り行きを見守っていた。

 というより、夕子は怯えきってはじめにすがりつきながら顔を逸らしていたのである。

 実ははじめのそばに足を向けた。

「賑やかだな」

 はじめがうんざりした顔で彼を見上げる。

「賑やか? うるさいと言い換えてくれ。健さんという箍がないとこうも身勝手になる連中なのかね? これでは君たちが戻ることを賛成しかねるな」

 同意の意味で苦笑しながら振り返る。

 本当に初めての光景だ。

 今までが平穏すぎたのだ。

 互いに信念を持ち、相手を信頼していたからこその平穏だった。

 それが崩れたわけではない

 彼らの雰囲気を見ればわかる。

 相手を信じているからこそ、さらに期待を膨らませはじめた。

 より強い絆を求めて……。

 そう思い当たった途端、唐突に実が体を震わせてテーブルに手をついた。

 不審げに見上げたはじめの目に、青ざめた彼の顔があった。

「実さん?」

 呼びかけが聞こえないのか、呆然と騒ぎから目を逸らす。

〝こう……なるのか?〟

 これは、いつかは訪れる光景ではないのか?

 護の姿が自分と重なる。

 健がいなくなったとき、箍が外れたとき彼らは……。

 力が抜ける。意識が遠くなる……。

「実さん!」

 耳鳴りのような喧噪の中で、実が崩れそうになった自分を支えられたのは、はじめの強い呼びかけが聞こえたからだ。

「……はじめ……」

「どうしたんだ、大丈夫か?」

 自分がしいかりしなければと決心したではないか。

 いずれは今の護のように責められるかもしれない。

 それでも、もう自己から逃げない。

 健を追い詰めてはいけないと決めたばかりだ。

「このままではきりがないな」

 声が震える。

 それを気取られないために、彼は力なく笑みを浮かべるとはじめの肩を叩いてからダイニングのテーブルに足を向けた。

 ベルトからスティックを抜き出し、逆手に持つ。

 騒ぎの最中に入り、唐突に下に向けてスイッチを入れた。

 フェンサーの形になった光が、一瞬にしてガラステーブルを粉々に砕いた。

「ミッ……ミノル?」

 側にいたのは隆宏だ。

 思わずソファから離れ、

「いつの間に戻って……」

 彼の存在に気づかないほど興奮していたというのか。

 情けなさに腸が煮える。

「テーブルを一つ犠牲にしたんだ。一度黙ってもらおうか」

 言うまでもなく、全員が呆然と彼を見上げていた。

 実のほうも、ぐるりと全員を見回す。

 最初に高志に目を止めた。

「な、なんだよ?」

 すくむような冷たい瞳ではなかったためか、高志が気まずそうに問いかける

 しかし、実はすぐに隣の絵里に向いた。それから順に、護と志乃、最後にソファから離れていた隆宏で止めて、やがて目を閉じた。

「全員、そこから動くな」

 スティックのスイッチを切ってベルトに納め、その手を隆宏にかざす。

 そうすることで彼の体温を感じ取ろうとするように。

「まずはおまえだ。キャップの依頼を説明しろ」

「君……には関係が……」

「ごまかすな。なにを隠そうとしている?」

「ミ……」

「それほどケンが心配か? ……うろたえても遅い」

「や、やめろ、ミノル」

「動くなっ! マモル!」

 すでに意識を集中している実は、集中してそこにいるメンバー全員を吸収しようとしていた。

 それを察した護の感情すら読み取り、迫力で抑える。

 だが、護は志乃を押しのけて、隆宏の前から実の肩に手をかけようとして……止めた。

 このまま触れれば、実は護の感情で神経の糸が切れる。

「た……のむ、ミノル……やめて、くれ……」

 今まで表に出ることのなかったメンバーすべての感情の強さを一度に受け入れることが、実にとってどれほど危険か、理解しすぎているからこそ、護は言葉で哀願するしかなかった。

 離れると決心していながら、彼はまだ、実が一番大事なのだ。

 それすらも実は感じ取った。

 痛みがはしる胸と、今にも叫び出しそうになる口元をおさえてその場に崩れる。

「ミノル!」

「は、なれろ……。おまえが一番、きつい……」

 実のくぐもった声に、護は胸を締め付けられながらゆっくりと離れた。

「あれは護さんの感情なのか?」

 キッチンのテーブルでは、肘をついて成り行きを見ていたはじめが夕子に尋ねた。

 不安と心配で震えていた彼女だが、今は実に対する憧憬と尊敬に、寂しげに頷いた。

「マモルは……本当にミノルが大切なんです」

「なんだ」

 はじめが笑う。

「結局突き放せないんじゃないか。健さんの懸念だったな」

 健とはじめの前できっぱりと、実から離れると言っておきながら説得力がない。

 しかし、今回はそうさせた実のほうが上手だった、ということか。

「実さんの捨て身の戦術、といったところか」

「捨て身?」

「見てみなさい。みんな心配しているよ。さっきまであれだけ騒いでいたのにね。彼らの憤慨を、実さんは自分を追い詰めてまでして消そうとしたのだろう」

 そうだ。

 夕子は思った。

 直前まで憤慨していたのは、護の、実に対する態度ではなかったか。

 実のため、ただひたすら彼のため……それが変わったと、彼らは不安だったのではないだろうか。

 普段から、護は自分を表すことがなかった。

 なにを考えているのかを誰一人、理解していなかった。

 それでも、たった一つ、実だけを大切にしているという思いがメンバーに安心感を与えていたのではなかったか。

 最初のきっかけは護の言葉だった。

 健が出て行く前の一言。

『誰の指示にも従わない』

 それがなにを意味するのか、メンバーにはわかったのだ。

 だから健がいなくなった途端、いや、実が部屋を出た途端に噴き出した。

 それ以後、口を閉ざしてしまった護の態度が、なおも拍車をかけたようなものだ。

 実を止めた今の彼を見て、誰が責めるだろう。

 紛れもなく、彼は実を心の底から案じている。

 それで捨て身の戦術、というわけか。

「これでやっと、静かに話し合えるんじゃないかね?」

 はじめの言うとおり、やがて自然と絵里と志乃が割れたガラスの破片を取り除きはじめた。

 部屋の一隅に積み上げる。

 その間に、実は場所を変えた。

 はじめたちのいる席に座る。

 無理をして取り込んだ感情を追い出すように息を止めて体を震わせていたが、それを超せば、まるで人が変わったように元に戻ることを誰もが知っているから声をかけようとはしない。

 隆宏と護は、様子を伺いながら彼の側を避けて腰をかけた。

 代わりに夕子が席を立った。

「ガラスを片付けてきます」

「邪魔にならんようにな」

 実が落ち着くのに今少し時間がかかったが、ガラスを片付けた志乃と絵里が席につく頃には顔を上げられるようになっていた。

 最後に大きく呼吸をして、彼はようやく護たちを見回した。


 

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