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二人を見送った残るメンバーは互いに顔を見合わせてなぜか、同時に肩をすくめた。
「一体、なにが起こったのかね?」
と、はじめが何気に高志に尋ねる。
彼も、詳細はわからないと言いながらも夕子に飲み物を頼んで頬杖をついた。
「多分だけれど、ここを解体するのに問題があるんだと思うよ。後始末ってそういうことだから。一種の仕事なんだ」
「ならどうして俺じゃなくてマモルなわけ?」
チラッと志乃を一瞥して軽く笑った高志はあっさり言った。
「おまえじゃ役不足なんじゃないか? 本部の中でおまえがリーダー代理になっていることを知っているやつはあまりいないし。キャップはケンの仕事として請け負っているんだ。おまえじゃあ……なぁ」
高志は、メンバーの中でただ一人、志乃を全面的には代理として認めていない。
馬鹿にしているわけではないが、隆宏が護に話を向けたことを考えると、どうしても言葉が嫌みになっても仕方がない。
一度はムッとした志乃だが、高志の言うとおり、代理となったことを知っているスタッフは数えるほどしかいないのだ。
健についてきた形の今回は、スタッフ全員が健の仕事と捉えているのも当然だ。
「しょうがねぇよな。それじゃ……」
と、諦めた同意をするしかない。
はじめが、二人を見比べて不思議そうに首をかしげる。
「君たちの間では大将がころころと代わるのか?」
「大将? ……ああ、リーダーのこと」
聞き慣れない言葉に一度は聞き返したが、高志はすぐに笑った。
「リーダーはケンだよ。それだけは変わらない。ただあいつ、病気だって言うからシノが代理をしているだけさ。二人ともリーダーができないときはミノルがサブリーダーとしてまとめるだろうけれど、あいつも帰るからな。ただ……」
おもむろに首を傾ける。
「なんでマモルに頼むんだか。……タカヒロがやればいいんだよ。いつもはあいつが指示をだしているんだから」
「タカヒロは嫌がっているんですか?」
ずっと黙っていた夕子が聞いた。
だが、高志に答えられることではないのだ。
コーヒーカップに口を近づけて、彼は夕子を見上げた。
「嫌がっているわけじゃなさそうだけれど。だから不思議なんだ」
静かにドアが開いて、健が戻ってきた。
やはり追い出されたようだ。
表情が暗く黙り込んでいたが、かといってここ何日かのような落ち込みようも見られない。
元の席に戻ってテーブルに肘をついたとき、一度はそこに顔を埋めたが、やがて勢いをつけて上体を起こした。
「仕方がない。諦めるよ。あの様子だと原因はオレみたいだから」
「足のことだろう?」
言いながら、はじめが彼の足を見下ろす。
「それだけじゃなさそうだ」
いつもの通り、優しさと情けなさを伴った笑顔で言った。
「どのみち向こうでも問題があるから帰るよ。あさってまで足止めをしたはじめさんには悪いけれど、……残りの二日間はシノに付き合ってあげてくれないかな?」
「ああ、いいよ。ここは中々居心地がいい。二日といわず、ここがなくなるところを見せてもらうつもりだ」
「物好きだね」
と、健が笑う。
「いや、どっちにしても二日ですむとは思っていないからな」
「どうして?」
一瞬、はじめが戸惑いながら目を見張ったが、すぐに含み笑いをした。
「やはり、どこか抜けているのだな。その二日というのは護さんのケガを基準としているんじゃないのか?」
これは、先ほど護が自分で言っていたのだ。
「そうだけれど?」
別に隠していたわけではなかったので、健はそれがどうした? と首を傾げた。
「実さんが抜けてしまって治療はどうなるんだね? 二日で自然に治るのか?」
「あ」
他人に指摘されなければ思い当たらなかったとは……。
小さく声をあげた途端、実に小突かれた。
「抜糸だけをしてもどるさ。あとは自分で薬を塗るだろうよ」
実には、この時代に何の未練もない。
健が戻ることを決意したのなら反対する気もないし、むしろ早く戻りたいところだろう。
当の健にしてもそうだと、実は思う。
はじめと交わした約束自体は、護が庭で言っていたことを合わせれば目的を果たした形になっているはずだ。
それどころかこの先、健は邪魔になるのではないか?
本当ならば護一人を残せばすむ。
〝いや、それはないか〟
健がメンバーを長期間手放すはずがない。
〝もっとも……どうでもいいことか……〟
なんにしろ、健が戻るというのなら実にとっては願ってもないことだ。
自然と口元が緩む。
それを見とがめて、健が怪訝そうに聞いた。
「どうした?」
「ん? ……よく戻る気になったと思ってさ。おまえのことだからもっと粘るかと思った。諦めがよすぎないか?」
「仕方がないよ。それに、二度と戻らないわけじゃないし。ただ、一応、オレがはじめさんを引き留めたからね。ホストが先に抜けるのはフェアじゃないと思っていただけだよ。彼を見送るまでいるつもりだったから」
「なんだ、これきりじゃないのか」
事情を知っていながらとぼける実に気づかないまま、健はまあね、と曖昧に返事をして、夕子に目の前の料理を片付けるように頼んだ。
途中だったが、もう食べる気にならなかったらしい。
ダイニングのソファのほうに移動して、実に手を借りながら車イスから降りる。
二人を目で追っていた高志は、相変わらず話がしたかったらしく、キッチンのテーブルから離れない志乃とはじめを相手に口を開いた。
最初に部屋に入ってきたときからそうなのだが、彼の勢いは志乃以上に矢継ぎ早で、はじめには道場の連中をまとめて相手にしているように感じられた。
こちらに一言も口を開かせない。
というか、あまりにも自然に言葉を繋げる彼に、唖然としたというほうが正解だ。
しかもそれ以上に驚いたのは、志乃があっさりと彼の合間に割り込んで会話として成立していたことだ。
かといってうるさいわけでもない。
先ほど志乃に対してきついことを言っていたはずだが、こうしてみると結構仲がいいように見える。
ダイニングのソファに座っていた健と実は、彼らを苦笑交じりに眺めていた。
最初の頃、中国という言葉が聞こえたから、あるいは高志の子供の頃の話をしているかもしれない。
この時代と、彼らがいる現代とでは、日本はあまりにも変わりすぎている。
それを口にしないためには無難な話題だ。
しばらくは健たちも黙って、漏れ聞こえてくる言葉の断片を聞いていたが、突然、乱暴にドアが開いて絵里が入ってきたので、振り返った。




