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当の本人は、さすがに驚いたのと、なんのことなのか理解ができないという複雑な表情を僅かに浮かべた。
「マモルの……なにを?」
「いや。具体的なことじゃない。なんでも、私の生き様を見せてやれ、ということだ。健さんには不本意なことだったようだ。君という大事な仲間を、私のような他人に託すことがよほど悔しかったのだろう。自分の体のことも告白した。それに……自分が君にしてやれる最後のことだと言って……悔しさで泣いていた」
「バカな……ことを……。だから……なにも理解していないと言ったんだ……」
護は、心からすまないと思い肩を落とした。
彼も、健も、互いに思うところがあり、だがそれを相手に伝えることなく食い違ってしまっていたのだ。
「あいつ……自分で諦めてしまっていたのか」
呆然とした実の呟きも、心情が痛いほど伝わる。
はじめは、そうだと頷いた。
「あの時はさほど深刻に引き受けたわけじゃなかった。ただ、私のことを護さんが理解すればいい、そうさせるように見せていけばいいと考えていたからな。なぜそこまで不本意なことを頼むのかなど、興味もなかった。ただ……」
ここで、はじめは一息ついた。
「健さん自身が死別することを諦めて受け入れた結果、そうやって君たち一人一人に何かを残そうとしていたことはわかった。だから言ってやったのだがね。……死ぬことを前提とした君に、誰もついては来ないだろう、と。……理解してくれなかったようだが……」
誰にともなく言ったのだが、実も護も、聞いていないように自分の考えに浸っているようだった。
その二人を見比べて、志乃が何も言えずに家の二階を見上げた。
ここからでは健の部屋は見えない。
最初はどこから始まったのだろう……。
志乃は、自分の頭の中に浮かぶ、様々な場面を思い返した。
関係のあること、ないことが渦巻いている。
その中から一つずつ抜き出す。
最初は……驚いた。
圭吾の仇だと言った志乃に、待っていたと優しく受け入れた姿が浮かぶ。
いつの間にか実に思いを抱き、それを教えてくれたのは健だ。
やめさせるどころか、逆にたきつけていた。
そして、病気という告白に、リーダー代理を任せるなど、ことあるごとに志乃を驚かせた。
けれど、それは全て、自分の死期を知っていた健の準備だったといえないか。
最初は、志乃による圭吾の復讐という形でメンバーを道連れにしようとした。
復讐心がなくなった志乃を見て、その時こそ彼は諦めてしまったのではないか?
メンバーといつまでも一緒にいたいという願いを、どれほど辛い思いで断ち切ったのか。
その代わりに、メンバーに自分の思い出を残そうとしている。
「俺の……せいなんだろう……なぁ」
ゆるゆると視線が下がる志乃は、片膝を立ててそこに顔を埋めた。
忘れようとしていた感情がこみ上げる。
護は志乃に、誰よりも別れが辛いのは健なのだと言った。
その彼が、表面は穏やかに受け入れようとしているのに、メンバーである自分たちが泣いていいわけがない、と。
けれど、志乃にはその我慢ができない。
実や護という、自分よりはるかに健の近くにいた二人を前にしても、堪えきれない。
涙声だった。
「俺が復讐を忘れなけりゃ、ケンはあんたたちとずっと一緒にいられるんだろうに」
「今更……」
復讐心が復活するのか? と問いかけようとした実を、それ以上のきっぱりとした護の声が遮った。
「違う。ケンが考えているのはそれとは違う」
今度は、三様の無言の問いかけが護に集中した。
「なにが違うんだ?」
実がややあって尋ねた。
勢いで言ってしまったものの、護はすぐに気まずそうに目を逸らす。
しかし、実がそんなことで諦める性格ではないことを知っている彼は、また実に向いた。
「今のオレたちだから……彼は諦めるしかなかった。オレたちが彼をリーダーにしてしまったから……。その責任を、オレたちが取らなければ、彼の思いはわからないままで終わってしまう。オレに……何を託したかったのかなど……知りたいとは思わないそれは……彼がリーダーとしてやろうとしていることだ」
「……そうか……。だから不本意なことに……なるか。……けれどまだ、おまえが何を言いたいのかがわからないぞ」
言いたいことを言葉にできないもどかしさ……というより、護は言いたくても言えないことがあるのではないか?
はじめにはそうとしか思えなかった。
おととい、護は健本人にきっぱりと、リーダーだと思っていないと言い切った。
それを、なぜ今、言い渋っているのだろう。
回りくどい言い方でも、実ならわかると思ったのか?
だが、実際は実に理解できているように見えないのだ。
というより、誰一人、護の意図をわかっていない。
彼はどう考えているのか? そして、なにを言いたい?
はじめは三人を見回して腰を上げた。
「実さん」
斜め前にいた相手に呼びかける。
「護さん、そして志乃さん。……ひとつ、私の頼みを聞いてもらえないか?」
「頼み? 今か?」
「今、だ」
「言ってみろ」
「私が交わした約束を果たさせてもらいたい。これは私の意地だ。君たちには迷惑かもしれんが、案外、私が関わるほうが健さんのためになるかもしれない。元々、あの人はそのために来たのだろう? 一度、わからない説明をされたことがあったが、私の存在が必要だから、なんの障害もなくこうして話を聞いていられるのではないのか?」
「……予定調和……。なのか……これも……」
即座に断ろうとした実は、護の呟きを聞きとがめて彼を睨む。
「なんだ、それは?」
「……時間という観念の中では……偶然ということはありえない。必ずなにかしらの意図やちからが絡んでくる。人の意思もまた関わってくるとしたら、全てが必然という言葉にかわる」
「? どういうこと? もっと具体的に言ってくれなきゃ俺にはわからないよ」
大きく首を傾げた志乃のほうを一瞥して、護は続けた。
「ある一点から未来を見るとして、その道は無数に分かれているが、必ずどこかで同じようなことがおきる。わかりやすいのは……今のこの状態だ。ケンははじめさんに頼み事をした。それを……あなたが承知した。……目的を果たした時点で、もうここにいる意味はないはずだ」
「そうか? それは私との約束を取り付けたというだけのことではないか。目的じゃないだろう?」
「あなたの生き様というのならば、現時点のことを言っているわけではないだろう。当初の彼の目的は多分、頼み事をあなたに承知させることだ」
はじめは小首をかしげたが、確かに……と納得するしかなかったようだ。
「今の私では……なぁ……」
「ならばなぜ、未だにここにいるのか……。ケンにしてみれば、すぐにでも戻ればあれほど落ち込むことはなかったはずだ」
「だが、戻れないりゆうはおま……」
おまえだと言おうとした実が口を閉ざす。
護はその原因すら恐らく理解しているのだろう。
はじめや志乃が不審に思う前に続けた。
「その理由自体、必然だったはずだ。仮に、約束を取り付けた直後に戻ったとしても、今度は別のどこかで、彼は同じ思いをする。あの状態は、いつか必ず経験しなければならないことだったのではないか……。ということだ。約束という一点を考えれば、未来に戻る、ここに残るという二つの分岐があった。だが、戻らなかったのは、そうできないという邪魔が入ったことになる。それがこの……ケガだ」
やはり、護には自分が原因だったことを知っていたようだ。
「……残った結果、シノがはじめに稽古をつけてもらうことができた。本来ならば未来で、オレがするはずだったことだ。これがターニングポイントの交差する地点、ということになる」
「ター……なんだと?」
「分岐点だ。はじめ。……そうか、元々はおまえがシノに教えていたことだったな」
護が頷いた。
「ケンの集中治療という邪魔が入ったことで、一度は断念していたことだが、どこかで継続することは……決まっていることなんだ」
「予定調和……か。なるほど。それなら断ることはできないな」
実は納得したようだが、志乃は別だったようだ。
「納得できねぇ。それってまるで俺たちの意思とは関係ないところで人生が決まってるような言い方じゃないか」
護は、正面の志乃を見据えて首を振った。
「それは違う。意思を含めた人生の道筋が決まっている、ということだ」
それでも納得し難かったようだが、志乃はしばらくすると何か閃いたように顔を上げた。
「じゃ、はじめが約束を果たそうと意地になる意思も道筋の一つってことか」
「なるほどな……。そう言われれば私も頼みやすい。健さんは、やりたくもない約束を私と交わした。……護さん、君にはどうあっても承知してもらわねばならないぞ。大将としての進言だから聞きたくないとはいわせない。いいな?」
黙ってはじめを見返す護の瞳にははっきりとした意思があった。
「断る」
と。
いくら健の申し出であっても、いや、今回ばかりは彼の考えに従うつもりはなかったのである。
はじめは、頑なな拒否を当然のように受け取りながらも口には出さず、息をついて今度は実に向き直った。
「まあいい。この件は後回しにするとして、実さん、なぜ私と健さんとの話を聞きたがるのかね? 本当なら君には関係のないことだ。あの人が秘密にしていることを無理に聞き出して、君になんの意味がある?」
基本的に、実たちに関係のないことをはじめが口にするまでもなかったはずだ。
先日、健が同じことを言っていたからだ。
『おまえたちには関係がない』
と。
実は、それを理解していながら言った。
「状況が変われば意味も持ってくるだろう。足のマヒは精神的なものだ。となると、あいつの悩みを聞き出さない限り治療の方針が定まらない」
「つまり、医者の立場から無理やり言わせるということか」
いつの間にか、はじめの表情が変わっていた。
雰囲気が重く、それだけ何かを心に秘めているようにみえる。
だが、実はそんな彼にお構いなしでマイペースだ。
「今回は深刻なんだ。初めてのケースだからな」
ケース、という言葉の意味はわからなかったが、はじめはなるほどと頷くと、今度は志乃を見下ろした。
「夕べ寝ていないのでな。頭を冷やしてくる。話がしたいから君の部屋で待っていてくれ。君だけだ」
「何をするつもりだ?」
「実さん、何度も言わせるな。私は意地でも健さんとの約束を果たすそのために自分のできることをやっておくだけのことだ。君たちの言う、後の私のためにもな」
「勝手なことを……」
と腰を浮かせた実を、こちらも中々迫力を含んではじめが睨み下ろす。
「なんとでも言え。元は君の大将が私を足止めしたのが発端だ。君も副将なら大将の補佐に手を抜くな」
さっさと家の中に入ってしまったはじめを振り返りもせず、実はまたその場に座り込んだ。
家のほうと実を交互に見て、最後に志乃が不安そうに護に向く。
行ってもいいのかを問いかけているのだ。
しかし返事もなく、志乃は一度地面を叩いた。
「な、なんだよあれ。ミノル、なんで怒らないんだよ?」
「怒る? 理由があるのか?」
むしろ彼は押し殺すように笑っていた。
それが志乃の腑に落ちない。
「だって、あんなこと言われたんだぞ。腹が立たないのかよ。部外者のくせに口出ししてるんだぞ?」
「部外者……ねぇ……」
と、志乃を盗み見る。
彼がのけぞった。
「そ、そりゃ俺だって部外者だけど……」
「はじめは間違ったことを言っていないからな。サブリーダーの役割はきっちり果たすさ。リーダーが間違っているのならそれを正すのも役目だ。おまえをフォローするのはマモルの仕事だしな。なにかアドバイスをしてやったらどうだ?」
見ると、護は木に寄りかかって、先ほどと同じように空を見上げていた。
言うことがないのか、返事もしない。
実は首をすくめて、志乃に部屋に戻るように促した。




