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「どうだ?」
「どうだと聞かれても困る。こんな症状、初めてだ」
頭のほうの会話に、健は身じろいで、やがて目を覚ました。
自分がいつの間にか布団に寝かされていたことも、そこに実とはじめがいたことも、頭がはっきりする時間を要したあとに気がついた。
「ミノル?」
「起きたか? どうだ? 足の感覚は?」
半身を起こそうとして、足元に沖田がいることに気づいた。
足をさすっているようだった。
軽く首をすくめて言った。
「この通りだよ。ダメみたいだ。考えたんだけれど、薬の飲み忘れというわけではないんじゃないか?」
実は、熱を測るかのように健の額に手を当てて、難しい顔で覗きこんだ。
「原因がわからないんだ。飲み忘れのせいじゃないことは確かだが……。一応、持ってきたから飲んでくれ。……総司、もういい。助かった」
「いえいえ。どういたしまして」
誰に対しても、実は『さん』付けをしない。
時に迷惑だと理解できないから仕方がないが、沖田のほうもさほど気にしていないようだ。
彼はあっさり出て行った。
実は、健を起こすと湯飲みと粉薬を渡した。
「おまえ、一度薬を飲み忘れていないか?」
しっかりと飲み終えたのを確認してから実が尋ねる。
ギクッと体を震わせて、健は顔を逸らした。
考えてみれば、この薬を持ってくるのに健の部屋に入ったはずだ。
その時に数を確認すればバレないわけがない。
「その……はじめさんに会った日に……忘れた……」
だが、実は怒って言ったわけではなかったようだ。
「あの時はなんともなかったわけだから、やっぱり忘れたせいじゃないな。目眩はないんだろう? どこか痛んだり痺れたりもしていないな?」
「まったく」
「困ったな。治しようがない。家に運ぶ手段もないんだ。このまま本部に戻るしかないぞ」
「ここから? 無理だよ。ポイントから一キロ以上離れているんだから」
「駕籠はどうだ?」
はじめの提案に、実は即座に首を振った。
「足が動かないから支えがきかない。せめて腿の辺りまで感覚があれば座っていられるんだろうが……」
「それだと馬にも乗れないしな」
実は、健の全身を見回して、髪をかき上げながら考えていたが、ふいに健の腕を自分の肩に回した。
「背負うしかないな。こんなことならシノを連れてくればよかった」
「ちょ……っと、待ってくれよ」
今にも背負おうという実の手を振り払う。
「馬で二時間もかかった距離だぞ。おまえが背負っていけるわけがないだろう?」
「それなら担いで馬で帰るか? まさか、このままここにいるわけにはいかないだろうが」
「そうだけれど……」
「実さん、私に考えがある。来てくれ」
はじめは、廊下まで実を連れ出すと、そのまま道場のほうに足を向けた。
昨日はいなかった男たちが、それぞれ黙って素振りをしていた。
それを、上座にいた近藤が座って見ている。
はじめはそちらに膝をついた。
「迷惑を持ち込んですみませんでした」
最初に謝る。
近藤は別に気にしていないようだ。
「どうなんだね?」
「だめらしいです。家まで連れて行きたいんですが……あんたの力を貸してもらえませんか?」
近藤がはじめの背中を叩いた。
「帰りかたが決まったか。もうすぐこちらの用意もできる。何をすればいい?」
こちらも中々、阿吽の呼吸があるようだ。
はじめは自分の考えを伝えるために、入り口の扉の陰にいた実を呼んだ。
突然現れた洋装の男が、誰とも視線を合わせずにまっすぐ近藤の元に近づいたものだから、道場内がざわめく。
それを一喝して静めると、内緒話をするように三人で顔を突き合わせた。
黙って聞いていた実は、歓迎できることではないのは確かだが、承諾するしかなかったようだ。
何しろ、移動手段が限られている。
彼らの時代ならば車でほんの二十分ほどだが、歩きや馬しかないとなれば、はじめの方法に従う以外、帰れないのだ。
「すまないな」
本当は口をきくこと自体が不本意だった彼は、一言そう残すと、個人個人がひっそりと、彼の姿を伺っていたために身の入らない素振りをしている道場の中を、やはり何も言わずに出て行った。
「ケン、帰るぞ」
軽く前屈みになって、両腕で体を支えてぼんやりと障子の向こうを見ていた健は、入ってくるなりそう言った実に顔をしかめた。
「やっぱりさっきのやり方か?」
あとからはじめが入ってくる。
そうさ、とまた健の腕を回そうとするが、やはり彼は振り払った。
「嫌だよ。みっともない」
「本音はそっちか。けれど他に方法がないんだ。仕方がないだろう」
静かな声……。
それが怒りを我慢したものだということを健は知っている。
彼らメンバーは、本当に怒るほど冷静になっていくのだ。
それでも、自分の姿を想像したとき、やはり抵抗するしかなかった。
「他に方法はないのか? 第一、おまえでは途中でバテるよ」
「わかっているさ。ほら、いつまでもここにいるわけにはいかないんだ」
「おまたせ~」
もう一度、健の腕をとったとき、どやどやと昨日の連中が入ってきた。
「あんたが一番手か? そのひ弱な体じゃ無理だって。俺たちに任せろ」
永倉が自ら進み出てくれたので、実は素直に場所を譲った。
あんぐりと口を開けていた健は、事態を飲み込んだらしく、腕の力だけで下がろうとして、体を支えきれずに倒れてしまった。
それでも、最後の抵抗に声を上げた。
「じょ、冗談じゃない! オレは荷物じゃないんだ! 交代で背負われてたまるか」
その、彼なりの精一杯の抵抗も、実に両腕を取られてしまっては無駄なことだった。
「いい加減にしろよ、ケン。おまえが何をしても許すと言ったのは昨日一日だけだ。箱詰めされないだけマシと思え」
やはり、相当怒っているな……。
はじめは笑いをこらえてそう思った。
彼が帰り着いたのは、夜が明けて木戸が開いてすぐのことだった。
それだけ速く馬を走らせたあと、まっすぐ実の部屋に向かおうとした彼は、リビングの扉が開いていて、ソファに当の実が座っているのを見つけると、飛び込んでまず、頭を下げたのだ。
実はなにも言わなかった。
恐らく心の中では怒っていたかもしれない。
しかし、健の症状を聞いて黙って部屋を出て行くと、次は隆宏を連れてきたのだ。
そこで、はじめには理解不能な会話をしていた二人は、互いにやるべきことを決めたのだろう。
隆宏がはじめに笑いかけた。
「あなたのせいじゃないよ。ケンって、いつもどこか抜けているんだ。詰めが甘いんだよね。まあ、それだけリラックスしているということだから、心配しなくてもいいよ。連れて帰りさえすればなんとかなるから頼むよ」
それからすぐに引き返したのだが、道々実に聞いてみると、健の詰めの甘さは最初からあったらしい。
それを誰もが甘受していたのは、すべてがありきたりの日常での他愛のない失敗だったからだ。
今回のことにしてもそうだ。
はじめは、なぜメンバーが自分に腹を立てないのかが不思議だった。
勝手に連れ出したのははじめのほうで、健はなにも知らずについてきて、時間が経つのも忘れるほどの酒盛りに付き合わされただけなのである。
しかし実に言わせれば、やはり健のほうが悪いのだという。
「どうしてそうなる?」
馬の背ではじめの背中にしがみついている実は、衝撃に気をつけながら説明してくれた。
「病人としての自覚がなさすぎるのさ。馬を借りてどこかに行くとわかった時点で、少なくともその……木戸か? それが閉まる時間を確認しなかったのが迂闊なんだ」
「だが、健さんは遅くなるとは思っていなかったはずだぞ?」
「だから、甘いのはそこなんだ。仕事でそういう些細な見落としをしてみろ。オレたちのほうがやられてしまう。思ってもみなかった事態までも考慮しなければいけないんだよ」
走っていた馬を思わず止めて、はじめは首だけを後ろに回した。
「君たちがやっている仕事は……それほど危険なことなのか?」
「内容によるだろう。この時代でいう、役人の手に負えない事件を引き受けることが圧倒的に多いからな。そんなときに見落としをして犯人を間違えた、ではすまない。ヤクザ絡みや殺し屋が関わるとなると尚更だ」
「そういう見落としは……ないのか」
「仕事のときは完璧だよ。あいつは……。行動の指示や采配はタカヒロの役目だ。その時点で見落としがあってもケンはなにも言わない。不備があればそれを自分で調べてフォローする。時にはタカヒロやオレたちでさえ気づかずに手回しをしていることもあったかもしれない。……仕事に関して、あいつは一度としてミスを犯したことはない。それが日常では正反対だ。タカヒロが言うように、詰めが甘いのはそれだけ……」
ふいに言葉が止まる。
「……それだけ……なんだ?」
と聞き返すはじめの背に頭を押しつけて実が笑った。
「もしかしたら……あれでもオレたちに甘えているつもりなのかもな……」
だとしたら頭ごなしには怒ることもできない、という実の呟きが聞こえた。
再び馬を走らせて、できるだけ早く戻ってきたにも関わらず、こうして健がぐずっているのを見ると、はじめは実の最後の呟きの実態を、微笑ましく見ることができた。
「あんた、ホントに大将かよ、情けない」
実によって、強引に永倉に背負わされた健に向かって、原田が笑った。




