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 健は、まるでマリオネットの糸が切れたようにその場に崩れたのである。

「し、白木さん?」

 両手をついて上半身だけは支えた健は、わけがわからないらしく、呆然と自分の足元を見つめた。

 はじめも駆けよってきた。

「どうしたんだ?」

「わからない。……もしかしたら薬を飲んでいないから……かも」

「具合が悪いのか?」

「そうじゃなくて……。足の感覚が……ないんだ」

 治療前には薬を飲み忘れたことが何度もあったため、手足が痺れたりめまいはあったが、それでも感覚だけはしっかりあった。

 しかし、今回はそれがない。

 足自体が存在しないように感じないのだ。

 駆けつけた原田が足を抑える。

「どうだ?」

「……感じない」

「病気だったのか? 総司、客間に布団を」

 近藤の指示で、沖田が飛び出していった。

 原田には医者を、と言った途端、健が近藤の袖を掴んだ。

「無駄です。呼ばないでください。……すみませんが、朝までお邪魔させてください。家には主治医がいます。はじめさんに迎えに行ってもらうから。それまで……」

「承知した。他に症状はないんだな?」

「ありません」

「健さん、今から迎えにいってくる」

「でも……出られないんだろう?」

「木戸が開くのを待つさ。少しでも早いほうがいい」

「ありがとう」

 力のない笑顔ではじめを送り出したあと、健は二人がかりで客間の布団に寝かされた。

「すみません。ご迷惑をおかけします」

「水臭い。そんなことは言わんでいいよ。それより総司、トシの薬を飲ませたらどうだ?」

「あれですかぁ? 効かないと思うけどな」

 胡散臭いと言いたげだ。

 健は上半身を支えて近藤に言った。

「常備薬があるんです。それ以外は効かないんだ」

「それを持ってこなかったわけか」

 原田が、懸命に健の足を揉み始めた。

 しかし、それでも何も感じないのだろう。

 苦笑交じりに言った。

「まさか、こんな時間までお邪魔するとは思っていなかったんですよ」

「ここも感じないか?」

 腿の辺りだったようだが、声をかけられてそこを見ても、触れられているという感覚すらない。

「ダメですね。あの……もういいですから、お気遣いなく」

 上半身はなんともなく、何もかもが先ほどと変わらないからだろう。

 近藤たちは顔を見合わせて不思議そうに首をかしげるしかなかった。

 このような病があるのか? という疑問だ。

「酒の飲みすぎ……ってこと……ねぇよなぁ」

 原田の背後にいた永倉が覗きこみながら問いかける。

 健の足に手をかけたまま原田が振りあおいだ。

「こいつ、酔ってもいねぇぞ」

「だよなぁ」

「あの……どうかお構いなく。えっと……休ませてもらってもいいですか?」

 側にいられても正直迷惑だった健は、言い回しに気をつけながら微笑んだ。

「あっ、ああ。確かに休んだほうがいい」

 近藤は、まるで追い払うように三人を廊下に連れ出した。

「誰か一人でもいたほうがいいのではないか?」

「いえ。別に具合が悪いわけではありませんから。あの……まだお酒が残っているでしょう? 楽しんでください」

「そうか? ……それならそうさせてもらうよ。用事があったら呼びなさい。大声を上げれば聞こえるから」

 こうなってまで宴会を続けるつもりはなかっただろうが、人払いをするにはそれしか言いようがなかった健に、近藤はやはり気を使ったのか、そう言い残すと出て行った。

 襖が閉まると、健は両腕だけで布団に潜り込んだ。

 しかし、どうにも寝心地が悪い。

 あまりにも薄い布団の経験がなかったからだ。

"まいったな。"

 このまま横になっていたら体が痛くなりそうだ。

 それに、実たちのことを考えると寝られそうもない。

 それでもしばらくは動かなかった。

 廊下のほうの気配を伺いながら、その中に外の、虫の声を聞く。

 うるさいほど鳴いていた。

 その他は何の音もしない。

 やがて、彼はまた起き上がると、布団から這い出した。

"こんな格好、見せられないな……"

 まるで匍匐前進だ。

 障子を開けようとそこまで進み、静かに開く。

 縁側になっていた。

 寝られないのならそこにいたほうがいいと思いついた彼は、さんざん苦労して、足を縁側から下ろして座った。

 一瞬、静かになった虫の声が、またざわめく。

 空を見上げると、満天ともいえる星が煌めいていた。

 東京の空では決して見ることが叶わないほど多くの光だ。

"そういえばこの間……徹夜をしたときも薬を飲んでいなかったよな。確か……あの時はなんともなかったのに……"

 無意識に左手に目を落とす。

 ブレスレットのはまっていない手首を見て、ため息をついた。

 時間がわからないが、常備薬は寝る前に飲むものだ。

 とすると、いつもならまだ早い。

"飲み忘れのせいじゃないのかなぁ……"

 自分の足を両手で掴んで目を閉じる。

 感覚を確かめたが、やはり無駄だった。

 手が何かを掴んでいる感触としか伝わらない。

 また息をついて空を見上げる。

 ただ、健はそれほど悲観していたわけではなかった。

 懸念していたのは、実たちに心配をかけたということと、はじめのアドバイスだ。

 自分の理解力の不足が、やはり実たちのことを頭から離せずにいる。

 この空の下、どうか彼らが外に出ないようにと願うばかりだった。



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