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 玄関で健の腕をとると、一緒に外に出ながら裏庭に回り込んだ。

「無理だと言っているだろう。諦めなさい。実さんだってい一晩くらい待ってくれるだろう。私が一緒なんだ」

「土地勘がないんだよ。もし、探しに出てしまったら……」

 あり得ないことではないのだ。

 夕べも連れ戻されてしまった。

 近場にいたからいいようなものの、今朝、気まずい雰囲気を残したまま外出して、夜までまったく音沙汰がないとなれば、確実に彼らは心配しているはずだ。

 総出で捜索されたら、彼らの方が迷子になりかねない。

 はじめも一度はそう考えたが、ふと、健の胸に目を落とした。

「あのな……よくはわからんが、その胸のやつ……確か宮本さんは君の位置がわかると言わなかったか?」

 健はそれがあった、とペンダントを服の下から手繰り出した。

 しかし、ガラス部分をスライドさせたところで止まる。

 ここで緊急スイッチを押しても戻れないのだ。

 あの家からここまでの間は、一キロを優に越えている。

 髪をかき回しながら、彼はその場に座り込んだ。

「うわぁ……どうしよう……」

「だから諦めるしかないよ。宮本さんは夜にまた来ると言っていたじゃないか。そのときに君がここにいることは実さんたちにもわかるんじゃないか? 問題は薬だが……。飲まないとどうなるんだね?」

「わからない。今の薬は飲み忘れたことがないから……」

「……そうか……」

 その場に膝をつきながら健を見ていたが、はじめはやがて、彼の手をとった。

「ともかく戻るぞ。ここにいたら風邪をひく」

「でも……」

「泊まらせてもらいなさい。夜が明けたらすぐに戻るようにしよう。一晩くらいなら許してくれるさ。もう少し連中を信じろ」

 立ち上がったはじめを見上げ、健は不安を秘めながら頷いた。

「諦める……しかないのか……」

 彼らを信じている。

 だからこそ不安なのだ。

 きっと、彼らは心配する。

 わかっていながら探しに出ていく。

 その挙げ句、一晩なにもできなかった自分たちをもて余したまま帰りを待つ……。

 かつて、行方がわからないまま待たせたことなど一度もなかった。

 頭を冷やすために家出の真似事をしたときも、ヒントを出して結局、見つけてくれるのを待っていたのだ。

 しかし……あるいは……。

「もしかしたら……これが本当の予行演習なのかも……」

 死、という形である日突然、健は彼らと別れる。

 いずれ来る日の、今回は些細な現実なのかもしれない。

 無意識に声に出た独り言に、はじめは僅かに目を向けただけだった。

 健の中に垣間見える、これは微笑んでいるときですら消えない孤独の影だ。

 彼は、どのような状況であろうと寂しげであるようにはじめには見える。

 町で、町人たちと無邪気な会話をしていたときですら、感じていた。

 まだ騒いでいる部屋に戻る。

 二人の姿に、永倉がよろよろと近づいてくると、唐突に健の肩を引き寄せて自分の元いた場所に座らせた。

「ダメだぞ~。酒を提供しておいて逃げるな」

「そうだ。大体な、大将は大きく構えてなきゃならん」

と、これは藤堂だ。

 自然、健の周りに男たちがにじり寄ってきた。

 逃がすつもりがないらしい。

 はじめは、その光景を微笑ましく見やって近藤の隣に落ち着いた。

「近藤さん、すみませんがあの人を泊めてやってください」

「最初からそのつもりだったよ。それより、おまえさんはよかったのかね? 戻ってきたりして」

「別に所払いというわけじゃありませんよ。ただ、仇討ちから逃げただけです」

 近藤は豪快に笑った。

「面倒だった……だろう?」

「うっとうしい、ともいえます」

「おまえさんは常にそうだ。何事にも一線をかくす。自分のことですらな。珍しいじゃないか、あの男に入れあげているように見えるが」

 はじめは、近藤の杯に酒を注ぎながら笑った。

「あの笑顔に負けたんですよ。情けなく、頼りない笑顔にね」

 そして、その奥底に常に存在している強さと大きさに、だ。

 自然、二人の目が健に向いた。

 きっと心の中では、常に家にいる実たちを心配している。

 にも関わらず、永倉たちの話に加わり、それでいてでしゃばることなく微笑んでいる。

 少なくともあの中にいて、誰の雰囲気にも合わせられる柔軟さを持っているのだ。

 前日の茶屋で、身分も言葉の違いも関係なく打ち解けたように……。

 たとえ孤独を抱えていようとも。

 時間が経つごとに、ますます男たちの呂律が怪しくなっていき、とうとう一人が寝込んでしまったとき、近藤がまた笑った。

「本当に強いな。まるきり素面じゃないか」

「私は一度潰されましたよ。あの人にとって、水と変わらないんでしょう」

 そういうはじめも、自分の分をわきまえているせいか、さほどの変化はなかった。

「夜通し飲んでも、健さんはきっと平然としているんでしょうな」

「ありうるな。……おっ?」

 健が、自分のベルトからフェンサーを取り出したようだ。

 それを、沖田に見せる。

 飾り部分を指差しながらなにやら言っていた。

 そこを軽く叩くと、あの光が飛び出す。

「沖田さんはあれが気に入ったようですね」

 見ていると健が立ち上がって、部屋の真ん中辺りの空間に足を向けた。

 沖田も続く。

 彼にフェンサーを持たせて、健は自分の腕を伸ばしたまま、上から下に振りおろした。

 原田たちもその光景を見ている。

「やっぱり軽いですねぇ」

「武器を使うというより、自分の腕で攻撃するようなイメージ……想像すればわかりやすいよ」

 健がやった仕草を、フェンサーを持ったまま沖田がやって見せる。

 元々は稽古で木刀を振り回している分、重さのないそれを振ったとき、空気が音をたてた。

「やっぱり軽すぎて実感がないや。……これで人を斬ったことありますか?」

「あるよ。仕事柄、どうしても避けられないときにはね」

「どんな感触なんです?」

 健は訝しげに沖田を見下ろした。

 彼は、新撰組メンバーの中では実戦部隊のリーダーだ。

 人を殺す行為にさほどの罪悪感があったとは思えない印象を、資料を見て健は感じていた。

 もしかしたら、この頃からそういう傾向があったのかもしれない。

「興味……あるの?」

「ありますね。さっきの木刀を簡単に斬るくらいだ。実感がどれほどのものか知りたいですよ」

「実感……」

「大木だって斬れそうじゃないですか。それも大して力は必要としないんですか?」

 なんだと呟いて、健は心のなかでホッとした。

 沖田の興味は、どうやらこれで物を斬るときの感触だけらしい。

 彼からフェンサーを返してもらって、スイッチを切りながら健は頷いた。

「どちらかというと焼き切るというほうが早いんだ。けれど、大木になると簡単にはいかないよ。途中で止まってそこだけ焦げる……という感じかな。もちろん、切れないわけではないけれどね」

 力や速さの加減によっては簡単に切れるのは確かだ。

「それに、滅多に使わない。オレだって簡単に殺人はしないよ。どちらかというと素手で人を抑えるほうが多いから。普段は……」

 言葉が途切れた。

 不審そうに足元に目を落とす。

「普段は……?」

 沖田が問い返したとき、それは突然起こった。



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