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 一人につき一つの膳で食事を出すことがこの時代の習慣らしい。

 しかも、そこに乗っていた料理はあまりにも簡素であり、しかも一つの料理を子供のように箸でつついていた健は、思わず顔色を変えた。

 微かな香りがする。

「こ、これ……もしかして……豆腐?」

と、隣のはじめに尋ねる。

「そうだ。初めて見るのか?」

 そういえば、とはじめは思い返してみた。

 健たちの食事の中に、一度も豆腐料理が出てこなかったのだ。

 健は弱りきって口を抑えた。

「あ……の……つまり……」

「嫌いなわけだ」

 彼の表情を見れば誰にでもわかっただろう。

 昨日の団子を見たとき以上に青ざめている。

 はじめとは逆の隣にいる藤堂が味噌汁の椀を指差した。

「それにも入ってるけど?」

「……」

 つまり、魚だけしか食べられない、ということだ。

 今、目の前に豆腐がある、とわかると、健はもう、食欲自体なくなってしまった。

 沖田が何気に聞いてきた。

「いつもなにを食べているんですか?」

 この時代の主食は豆腐料理も多いのだ。

「豆腐……以外なら……」

「それなら別のものを用意させましょう」

 近藤は立ち上がると女性に耳打ちをした。

 それが誰かはわからなかったが、健が盗み見ている中、二人はなにやら小声で言い合っている。

 見かねたのか、はじめが声をあげた。

「近藤さん、この人は飯より酒のほうがいい」

 彼らの内緒話の内容が、はじめには想像できたらしい。

 この家の家計は決して余裕があるものではないのだ。

 先程、井上に袋ごと金を渡したのだが、この料理を見ると、もしかしたら他の借金に使ったかもしれない。

 余計な出費を強いるより健に出させたほうがいい。

「酒? なら、そっちを買いに行かせるか」

 そのほうがよほど出費だろうが、近藤は顔には出さずに豪快に笑って女性に命じた。

「できれば樽で持ってこさせてください。金はこの人が払うから」

 周囲から声が上がる。

「太っ腹だねぇ。そんなことして大丈夫なのかい?」

「斎藤が勝手に決めていいのかよ」

と、やじっている。

 はじめはにこりと笑った。

「好き嫌いがあるほうが悪い。それに、樽ひとつで足りるかどうかというほど飲むからな」

「よく言うよ。……けど、あんたがいいんなら俺たちも遠慮しないが?」

 元々、ここにいる連中も酒が嫌いではないのだ。

 ある意味期待を込めて永倉が言った。

 もちろん断る理由はない。

 健はあっさりとポーチから金を抜き出した。

「これで足りますか?」

「あっ、あんた、そんなに持ってたのか?」

「まだありますよ」

「そんなに飲むのか?」

 健は樽の大きさがどれほどのものかを知らない。

 だが、ここにいる人数を考えると、決して多すぎる量だとは思っていなかったのである。

「足りるかどうかはわかりませんけれど」

と、さらに彼らを驚かせることを言ったのだ。

 見当違いの答えだということに気がついたのはその樽を見たときであるが、それでもあるいは、健ならば平気で空けていたかもしれない。



 家のほうでは夜になって隆宏が姿を現していた頃だ。

 健は完全な酒盛りに付き合っている。

 一番の酒豪はなんといってもはじめだったが、それは別として、みんなよくしゃべる。

 それぞれが好き勝手に話しているものだから、誰がなにを言って、他の誰が聞いているのかわからない状態だ。

 しかも、酒がすすむごとに呂律が回らなくなっているものだから、健はもう、ただ黙っているしかなかった。

 彼はこういう雰囲気が好きだった。

 実たちは、どちらかというとあまり騒いだりすることがない。

 高志や絵里、それに志乃がいるとはいえ、酒に酔った状態で自分の羽目を外すということがなかったからだ。

 昔、キッシュと飲んでいたときは結構楽しめた。

 彼自身がたいそうおしゃべりで、家族とともにいろいろなことを話していたからだ。

 それを、健はやはり聞いているだけではあったが、それでも彼の昔話に及ぶと、まるで自分もそこにいたかのように思えたものである。

 同じ話ばかりだったからだろう。

 光景まで頭に浮かぶほど、彼の話を覚えてしまった。

 話の合間にふと、振り返る。

 窓の上のほうに、星がいくつも見えた。

「きれいだな……」

 澄んだ空の記憶は北海道のものしかない。

 草の香りを含んだ風が吹きわたり、聞こえるのは葉ずれの音か虫の音しかない夜、観光客もいない牧場を、一人で散歩することもあった。

 タケルという馬に乗って、軽く夜駆けすることも……。

「あ……あーっ!」

 なにを思い出したのか、健は突然叫ぶと腰をあげた。

「はじめさん! 夜だよ!」

「ん~?」

「帰らなきゃ……」

 はじめは少しの間、外を見上げていたが、みるみる青ざめて、しまった、と呟いた。

「参ったな。木戸は夜には閉めてしまうんだ。あの街道は通れないぞ」

「嘘……帰れないということ?」

「朝までは……無理だ」

 健は、力なく座り込んでしまった。

「どうしよう……。ミノルに怒られる……」

 隣にいた藤堂が、酔ったまま聞き咎めたらしく笑い出した。

「おこられる~? あんた大将なんだろ? なんで怒られるの」

 周りの連中も、そうだとからかい始めたが、健は聞いていなかった。

 実の怒る顔が怖い。

 なにより、心配することがわかるからなおさらだ。

「薬も持ってきていないのに……」

「薬? そんなものを飲んでいたのか?」

 病人だということはすぐに思い出したものの、少なくともはじめはそのような光景を見たことはなかった。

「寝る前に飲まなくてはいけないものだよ。連絡をとる方法もないし……」

 元からブレスレットは使えないのだから、この時代で個別行動をとること自体、間違いだったのだ。

「なんとかならないかな? 急げば通してくれるとか……」

「無理だよ。門番が見張っている。……そうか……確かに困ったな」

「泊まっていきなさい、白木さん。客が増えたところでこっちは構わないから」

 上座のほうで近藤が言ってくれたが、健を安心させることはできなかった。

 というより論点が違う。

 それどころではないのだ。

「か……帰る……。なんとかして帰るよ」

 彼は、周囲が止めるのも聞かずに部屋を出ていってしまった。

 当然、はじめもあとを追った。




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