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 健の場合、何事に対しても先入観を持つことがないぶん、学習にかけては変幻自在だ。

 ノーセレクトの特性もある。

 相手に合わせることも真似することも、また独自の動きも型にはめることはなかった。

 木刀の扱いをすぐに覚えたばかりではない。

 原田の動きを吸収し、反撃することも合わせることも、隙をつくことにかけても時間をかけずにこなしてしまったものだから、結局、素人だとたかをくくっていた原田がやられるのも早かった。

 そしてそれは、次に相手になった藤堂でも、また永倉に交代しても同じだったのである。

 原田は元々、槍を得意としていたし、藤堂の腕前はそこそことして、永倉は剣術の腕を自慢にもしていた。 だが、やはり相手にはならなかった。

 さすがに四人目ともなると息も上がってきたが、健はむしろ、時間が経つごとに心が軽くなっていったようだ。

 沖田を相手に、落ち込んだ気持ちが抜けていったのを自覚する。

 実たちとは、こうしてまともにぶつかったことなどなかった。

 相手は常に仕事に対するターゲットであり、メンバー同士で打ち合う必要がなかったのである。

 一度だけ、護を相手にしたことはあったが、他のメンバーはどれだけ強いのだろう……。

 力でぶつかってみたいな……。

 そういうことを考える余裕まであった。

「やっぱり強いな……」

 原田たちと並んで座っていたはじめが、感心したように呟く。

 身体中を痛めて息をついていた永倉が、疲れたようにはじめを覗いた。

「おい、二人して俺たちをだましやがって」

「なんのことだ?」

「どこが素人なんだよ。木刀の持ち方を教えるような芝居までしたじゃないか」

 はじめは、原田たちを見比べて吹き出した。

「芝居じゃないよ。剣術にかけては本当に素人だ。あの人は刀の一本も持ったことがない」

 彼はそういうと、足元に置いていたスティックを取り上げた。

「健さんたちはこれよりも短い刃物を使うらしい。それでも強い。あれで本気じゃないというのだから恐ろしい男だよ」

「そんなのとどうやって知り合ったんだ?」

 藤堂の問いかけに、はじめが苦笑する。

「板橋でな。いきなり腕を試された」

「試された?」

「ああ。しかも、それをやったのはあの人の仲間の一人だ。刀を折られてしまったよ。健さんはその人のさらに上にいる大将だそうだ……」

「はじめさん! それ以上は困る!」

 沖田と打ち合っていながら、健は声を荒げた。

 憎らしいほどの余裕だ。

「すげ……総司相手に盗み聞きしてやがる」

 はじめはクスクスと笑った。

「わかるだろう? 本当に強いんだ」

「その大将がなんであんたを狙ったんだい?」

 健が気にしているのを知りながら、はじめは声を潜めた。

「強い人間を探していたそうだ。なんでも、私と会う前にも他のものに声をかけていたようだぞ」

「沖田さん、ごめん!」

 健は、いきなり木刀から手を離すと、沖田をあっさり押し倒した。

 そのままはじめの前に立つ。

「困るってば」

「すまないな」

 そう思っていない謝罪だ。

 軽く息をついて、元の場所に戻る。

「すみません。続けますか?」

と、沖田と近藤に問いかけた。

 沖田は、近藤を振り返って、苦笑いをしながら言った。

「敵わないや。初めてだよ。悔しいけど引き下がらせてください」

「わかった」

 存分に見て満足したのだろう。

 満面の笑みで近藤は頷いた。

「最後はあなたですか?」

 健が木刀を拾い上げた。

「いや、やめておきましょう。お疲れさまです」

 丁寧に頭を下げる彼に、健はホッとして会釈を返した。

「ありがとうございます。久しぶりに運動をさせていただきました」

「久しぶり?」

 木刀を目の前の沖田に渡して、健は情けないほど優しく微笑んだ。

「これだけ動いたのは六年ぶりですね」

 道場の隅で、はじめの大笑いが聞こえた。

「やはり先日の手合いは運動にもならなかったわけだ」

「そう……言う訳じゃないけれど……でも……そうかな」

 先程とは雰囲気がまるで違っていた。

 苛立った感情はまるでなく、そこにいるのはただの、ひ弱に見える青年でしかない。

 優男そのものだった。

 彼の変化に、近藤は豪快に笑って腰を上げた。

「風呂の用意をさせましょう。お入りください」

「えっ……いや……それは……」

「遠慮はしないでください。その間に食事の用意をしておきますから」

 健は思いきり頭を振ると、全身で辞退するように後ずさった。

「け、結構です……。その、つまり……だ、大丈夫ですから」

 そこまで断る理由はひとつだ。

 風呂が嫌いなわけではないが、いかんせん、この時代の風呂の習慣が敬遠の原因だった。

 健にしてみれば、シャンプーやボディソープが当たり前のアイテムだ。

 まして着替えもない状態は我慢ができない。

 情けなく縮こまりながら俯いた健の姿は、本当に先程までの稽古も夢ではないかと思うほど別人のようで、はじめは忍び笑いを漏らしながら助け船を出した。

「家に戻ってから風呂に入ればいいだろう。何しろ、生活習慣が違うのだからな。……近藤さん、私たちは庭にいます。飯ができたら呼んでください」

 道場を出て、母屋の縁側に二人で腰をかける。

 はじめはまじまじと健を見つめて微笑んだ。

「やっと元に戻ったな」

「……不思議なものだよ」

 晴れやかに彼は空を見上げた。

「オレは二十四だよ。なのに、あなたのほうが年上のような感じだ」

「そう思えるのなら成果はあったようだな。私が大人びているのではない。君が、人に頼る術をひとつ覚えたということだ」

「……そうなのかな。……理解力が欠如しているのかもね」

「いや。当然かもしれない。君は自分の考えに縛られてしまっている。自分自身をあまりに高みに置きすぎているんだな。今にして思えば、護さんが言ったことがよくわかる。君が大将でいる限り、あの人たちは君に近づくことはできないよ。確かに君は、大将と言う器で実さんたちを見守っている。だが、悪く言えば、あの人たちの度量を過小評価しているぞ。私などよりよほど頼りになる連中じゃないか」

 彼らは自由だと、はじめは先日の言葉を繰り返した。

 健がいるから、彼らは自分たちの行動も考えも自由でいられる。

 だが反面、健がいるから反比例して強くもなり、弱くもなるのだ。

 彼の庇護の元では依存心も生まれてくるだろう。

 逆に、健が彼らに頼れば、それだけメンバーは強くなれる。

 彼らに甘える勇気を、健は持つべきなのだ。

 以前、立花が同じようなことをいっていたのを思い出す。

 そして、良和は部下の立場を健に話した。

 実たちを信じていないわけではない。

 しかし、健は自分の固執した立場、という概念が彼らを縛り付け、依存させていたという現実に、ようやく漠然とだが気づいたのかもしれない。

 広く、雲が大きな空を見上げたまま彼は笑った。

「すぐには気持ちの整理はつかないけれど……あなたの言葉を覚えておくよ。もしかしたら、時間が経つと同じことを繰り返すかもしれない。でも、今回よりはましになるよう……努力しなければね」

 グレアム・キッシュ・ブラウン━━健のじつの祖父が若い頃の時代では、こうしてアドバイスをしてくれるのだろうか。

 近いうちにはそこに行く。

 常にリーダー、上司という立場で良和たちを束ね、接してきた彼のアドバイスは、やはり健にとって一方的な見方を教えただけだった。

 死の直前まで、彼は刑事仲間のリーダーだったのである。

 若い頃の彼はどういう人間だったろう。

 やはり健と同じように悩みを抱えていたのだろうか……。

「早く……会いたいよ、キッシュ」

 過去、現在、そして未来へと続いている空に、彼は独り言を呟いた。



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