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「これでいいだろう? 帰らせてくれよ」
頑なに言う健に、はじめは首を振った。
「だめだ。……近藤さん、あんたたちに頼みがあるんですよ。この人と手合わせをしてやってくれませんか」
「本当にいい加減にしてくれよ!」
睨むと案外迫力があるものだと感心しながらも、はじめはそれに負けないほど真剣に向き直った。
「いい加減にしてもらいたいのはこっちだ。なんのために実さんが許可したと思っている? このまま戻っても迷惑だということがわからないのか? あの人たちを心配させて、君は平気でいられるのか?」
それを言われると反論できない。
健は悔しそうに言い捨てた。
「あなたがそんなに意地が悪いとは思わなかったよ」
「私は、君がそれほどガキっぽいとは思っていなかったぞ」
「ガ……」
そんなことを言われたのは初めてだ。
もう、なにを言っても無駄な気がする。
それならば、さっさと諦めて付き合うしかないだろう。
健はその場で腕まくりをすると、ベルトからポーチを外してはじめに渡した。
そしてもうひとつ、スティックも渡してから近藤に向き直る。
「申し訳ありません。お相手願えますか?」
「健さん、これはなんだ?」
手に持ったスティックを眺め回してはじめが問いかけた。
健は振り返りもせずに答える。
「マモルが持っていたじゃないか。あのナイフの一種だよ」
「だが……刃がないぞ」
ため息混じりに振り返り、健はスティックを取り上げると、柄の端についている飾りを叩いた。
途端に、光が長く伸びる。
「これはフェんサー。刀のようなもの」
周りにいた三人が一斉にざわめいて後ずさりした。
逆に近寄ってきたのが沖田だった。
「すごいなぁ。光ってる」
「触らないでください。やけどをします」
「どこで売っているんです? 初めて見るよ」
「この国では売っていません。オレのいるところで作ったものですから。……先程は失礼をしました。このような格好をしていますから言葉を変えていました。オレはこの国で育ったわけではありません。生活習慣がまったく違います。だから……」
と、健ははじめの耳から翻訳機を抜き取った。
はじめの口から言われるより早く、自分で暴露するほうを選んだといえる。
「このようなものを作って彼に通訳を頼んでいました。オレの言葉を日本語に直してくれるものです」
その言い様ならば嘘にはならない。
事情を知っているはじめは、笑いを抑えるように俯きながら思った。
確かに『この国』の人間ではないし、生活習慣も違う。
本当に、健はごまかすことに長けている。
ただ、恐らく……。
「見せてくれますか?」
と、やはり近づいてきたのは山南だった。
珍しい物好きというわけではないし、開国派でもないが、山南はどちらかというと学者肌の人間だ。
剣術も腕はあるが、博学でもある。
健は翻訳機を彼に渡すと、耳につけるのを待って沖田の目の前にフェンサーを突きつけ、英語で言った。
「この武器は片手で扱います。刀は両手で構えますからあなたには扱いづらいでしょう」
「おお……ちゃんと聞こえますね」
「な、何て言ったんだ?」
尋ねたのは原田だ。
「あなた方にはわかりませんよ」
その言い方が思ったよりも冷たく聞こえたらしい。
ムッとして言い返す。
「聞いてみなきゃわからないじゃないか」
「電磁力。わかるんですか?」
「で……電磁?」
「電磁波を凝縮して刃の形に作っているんです。バッテリーが持続する間はその部分に熱が籠るから火傷をする。レーザーと同じようなものですよ」
と、わざと理解不能なことを並べたものだから、原田が他の連中と顔を見合わせて口をつぐんでしまった。
しかし沖田だけは別だった。
構造など興味がないのだろう。
「なんでも斬れるんですか?」
「たいがいのものは」
そう答えて、フェンサーを返してもらった。
「近藤さん、木刀一本斬らせてくれますか?」
なんでも、の言葉がますます興味を持たせたらしい。
沖田は目を輝かせながら、返事も待たずに道場の隅にかけてあった木刀を持ってきた。
それを正面に構える。
「えっと……白木さん、斬ってみてくれませんか? 私は動かずにいますから」
他の連中も、直前の仕打ちを忘れて好奇の目を向けた。
健は呆れたのか天井に向かって息をつくと、連中を下がらせたあと、構えもせずに、まるで木刀に触れると言う程度でフェンサーを振った。
たったそれだけで木の焼ける煙が上がり、木刀は斜めに斬れてしまった。
「す、すっげぇ」
落ちた木刀の先を原田が拾い上げる。
切り口は黒く焼け焦げていた。
「あんたの国ではこんなものを使ってるんだ?」
藤堂も、沖田が持っていたほうの切り口を覗き込んだ。
「いいえ。これはオレたちしか使っていません」
「そうなのか?」
改めて聞き返したのは、最初に話題を振ったはじめだった。
彼も、てっきり未来では当たり前に使っているものだと思っていたのだ。
健はスイッチを切ってはじめに渡した。
「言っただろう? これは作ったものだよ。オレたち専用の武器なんだ。それよりも……」
もう一度、近藤に向き直る。
「もういいでしょう? お願いします」
さっさと帰りたいのだ。
どっしりと構えていたのか、それとも自分の知識からかけ離れたものを見たためか、ずっと座ったままだった近藤は、呼び掛けられてハッとしたように一同を見回した。
「あ~、そうですね。じゃあ……原田くん、ちょっと試してくれんか?」
「あなたではないのですか?」
「健さん、最初は腕試し。君の実力をみないとわからないだろう?」
はじめが説明をしている間に、原田が木刀を二本、取り上げて戻ってきた。
一本を健に渡す。
「……オレにもこれを使えというの?」
「はあ?」
竹刀よりもはるかに重い木刀を、健はまるで丸太を抱えるように持った。
端から端まで見回して、困ったようにはじめを振り返る。
「困るよ。オレは剣術をしたことがないんだ」
おまけに、フェンサーと違って片手で容易に振り回せるものでもない。
一度は道場の隅に腰を下ろしたはじめは、立ち上がると健の木刀を受け取って、目の前で構えてみせた。
「持ち方はこうだ。わかるな?」
ついでに足の位置も見せると木刀を健に渡す。
なにをするにしてもさほどの苦労もなく身に付けられると聞いていたため、本当に基本の型しか教えることはなかった。
「ここは剣術道場だ。柔術はやっていない。だが、君ならすぐに身に付けられるだろう?」
と、これは多少の嫌みが含まれていた。
「……こう?」
同じように構える。
はじめは満足げに頷いた。
「なんだよ、斎藤。そいつ素人だったのか?」
対峙していた原田が、軽々と木刀を肩に引っ掛けた。
「それで近藤さんとやらせるつもりだったのかよ?」
と、端にいた永倉までやじる。
彼らに耳を貸すことなく、はじめは真顔で健に言った。
「形などにとらわれなくていい。君のやりやすい動きをしなさい。ただ、ひとつだけ心に留めておくんだ。君は相手を見るのではなく、自分を映して動く、と」
「? どういうこと?」
「自分を破壊したかったんだろう? 見立てだよ。相手を自分だと思って打ち込め。君はあの護さんの上をいく大将だ。自分を抑えるな。打ち負かして壊してしまえばいい」
「……でも……そんなことをしたら……」
こんな太い木刀を持たされては、もしかしたら殺してしまうかもしれないという懸念があった。
「大丈夫だ。奴らはそんなにやわじゃない。それに、どんなことがあっても本気にならないことを、私は信じているよ。ただ、君の内にあるものを吐き出すだけだ。そう思いなさい」
だから連れてきたのか……。
木刀を見下ろしながら、健は静かに頷いた。
なにも考えずに、自分と対峙する。
発散するだけだ。
「ありがとう、はじめさん」
健は強く木刀を握ると、原田に向き直った。
「お願いします」
瞳の光が変わったことに、原田は気づいただろうか。




