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 庭に座っているというより仰向けに横になっている志乃は、側の木の根本に座っている夕子が気になっていた。

 彼女は、実が連れてきてからしばらくはソワソワと落ち着かない様子で護や実の顔を交互に見ていたが、二人は申し合わせたように彼女から少し離れ、やはりただ座っているだけだった。

 四人ともなにも喋らない。

 というより、実も護も、彼女や志乃がなにか言おうとするたびに一睨みで黙らせていたのである。

 夕子が落ち着かなかったのは家事ができないからだったが、僅かな風に舞い散る落ち葉の音が少しずつ耳に入るようになると、幾分か気持ちに余裕が出てきた。

 最初は正座をしていた足を崩し、横座りになりながら木に寄りかかる。

 あとは風の音を聞き、黄色や赤に染まった葉が落ちる様をぼんやりと見て過ごすほどリラックスすることができた。

 これは精神訓練の一種なのだということを、やはり志乃より先に気づいたようだ。

 自然の中で、なにも考えずに流れを見る。

 昔は不完全にしかできなかった訓練を、思わぬ形で体験しているのである。

 不在がちだったレイラーがいない不安や寂しさの中では、これほど穏やかに時間を過ごすことはなかった。

 次第に、彼女は護たちの存在を忘れていった。

 志乃が気になっていたのは、そんな彼女の様子を見続けていたからだ。

 護が何をさせているのかも、未だに理解できないまま、夕子という存在までが彼を焦らせる。

 つまり、実がキッチンで夕子に言ったとおり、邪魔になっていた。

 誰もなにも言わない。

 ただそこにいるだけ……。

 これを四日も続けるのか。

 そう思うと、志乃は早くもうんざりしていた。

 時間の無駄だ。

 そんな状態が二時間も続いただろうか。

 家の裏手のほうから一つの足音が聞こえてきた。

 玄関に回り込もうというのか、姿を現したのは隆宏で、彼は庭にいた四人を見つけると家に入ることなく近づいてきた。

「何をやっているの?」

 最初に気づいたのは、やはり落ち着かなかった志乃だ。

 しかし、護も実も驚かなかったところをみると、あるいは気づいていながら無視していたのかもしれない。

 隆宏の声で、夕子がようやく我に返った。

「あ……」

と、いつもの癖でブレスレットを見下ろす。

 そろそろ昼食の準備をする時間になっていた。

「あの……ミノル……?」

「ああ。君はもういいだろう」

「はい。……タカヒロ、お茶を入れますね」

「じゃ、俺も」

 待ってましたとばかりに志乃も体を起こす。

 しかし、

「シノ」

 護のたった一言で止められてしまった。

『徹底的に従ってもらう』

と、その目が言っている。

 志乃は情けなくまた、その場に体を倒した。

 隆宏が二人を見比べて、納得したように頷きながら志乃に屈んだ。

「大変だね。頑張れ」

と、同情心たっぷりに励ます。

 そしてすぐに実に声をかけた。

「話があるんだ。中に来てくれる?」

 実自身は、今さら精神訓練の必要もなかったから、隆宏のあとについていった。

 リビングのソファに落ち着いて、さっそく隆宏が切り出す。

「ケンは出掛けているんだね」

「はじめも一緒だ」

「ずいぶん遠くまで行っているけれど、重大な用事でもあるの?」

 遠くと聞いて、実は首をかしげた。

 近くの宿場町は、歩いて三十分ほどのはずだ。

 遠くとは言えない。

「どこにいるのかまで、おまえにはわかるか」

「地図を比較して見当がついているよ。ワセダの向こうのほう。ウシゴメ辺りだよ。あの周辺で彼が行きそうなところが一つあるんだ。だから、なにか用事があったのかなって」

 どうせ知らないだろうからと隆宏が教えた場所は、後の新撰組主要メンバーがいた道場だった。

 つまり、健はそのメンバーに会いに行った、ということになる。

 今朝、あれだけ落ち込んでいた彼が、急に思い立ってそのようなところに行くはずがない。

 今回はなにをしても許すと言ったから、恐らくはじめが連れて行ったのだろう。

 実はさほど気にせずに、

「別に支障はないだろう?」

と言った。

 元々、健は人好きなのだ。

 たとえノーマルに興味はなくとも、会って話をするときにはそれなりに気を使うから、ある程度は気晴らしになるはずだ。

 隆宏は、意外だと目を丸くしたが、ホッと息をついて言った。

「まあ、君が許可したのならいいけれどね。じゃ、次の話題。マモルのケガのことなんだけれど」

と、庭を一瞥する。

「キャップに報告しておいたよ」

「彼には関係がないはずだが?」

「あるから報告したの。結構重傷なのか?」

「それほどひどくはない。四日ほどで抜糸できるからな」

「じゃ、少なくともそれまでは戻るなとケンに伝えておいてよ。キャップに言わせると、傷への影響も考慮する必要があるんだって。どういう事態も慎重にしなければならないらしいよ」

 なるほど、と実は納得したように笑った。

 夕べ、健がしつこいほどに護の傷の具合を聞いてきた理由がわかったのだ。

「あいつはその辺りを承知していたようだぞ」

「……まあ、彼ならわかっているか」

「それより、おまえはどうなんだ? こんなに頻繁に行き来してもいいのか?」

 隆宏は、自分の指を三本立てた。

「これが三つ目の目的。人体実験の一環でね」

「人体実験?」

 実の表情が変わった。

 そんなに危険なことをしているのか、と。

 隆宏が、それに気づいて軽く笑う。

「大丈夫だよ。本当に影響があるのならオレのほうから断っているさ。……データを取っているんだよ。毎回の血液検査には閉口するけれどね」

「医務室まで巻き込んでいるのか?」

「まさか。……トシさんだよ」

 小島利明の要望で、今ではケン以外の誰もが彼のことを『トシさん』と呼んでいる。

「事情を知っているのは彼だけだからね。今回は玲さんもノータッチだよ」

 隆宏はそう言って腰をあげた。

「ユウコのところで少し休んでから帰るよ」

「一緒に昼を食っていったらどうだ?」

 昨日今日と、三度もここに来てせわしなく帰っていくのだ。

 実に、隆宏は苦笑いを向けた。

「向こうで夕食を食べたばかりだよ。第一、興味がないんだよね。それよりも研究グループの話を聞いていたほうが面白いから」

 呆れたように首をすくめた実に手を振って、彼は部屋を出ていった。

 が、

「あ、そうだ。夜にまた来るから。そのときに言われたものを持ってくるよ」

と、思い出したように顔だけ覗かせて、今度こそキッチンに入っていったようだ。

 実は、ソファから落ちかねないほど体をずらして、ガラステーブルに足を乗せた。

“ウシゴメ……。と、すると……帰ってくるのは夜になるか”

 今回ばかりは仕方がない。

 今日一日で、せめて少しでも気晴らしができるのならやむを得ないだろう。



 

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