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街道を人が行き過ぎる。
荷物を持ったもの、鍬を担いだもの、親子連れ、武士に商人……。
時代を越えた奇妙な格好をした健を、じろじろと睨んで行き交っている。
自分は何をしにここに来たのだろうと、健は漠然と思った。
護のことを頼みにきたはずではなかったか。
なのに落ち込んでばかりだ。
指輪の機能テストという口実を━━今となってはどちらが本命だったのか……。
あるいはテストのほうが口実だったか。
間違いだったのだろうか。
メンバーを他人に託そうとしなければ、こんな思いをしなくて済んだのだろうか。
だが、それもやはり自分の責任だ。
恐らく、ストレートにキッシュの時代に行っていても同じ思いをする。
それは……予定調和と言わないか?
誰に託そうが護の気持ちは変えられない。
実のことだけに表情を変える、あの頑ななまでの静かな、儚い思いをもう見られない。
それが悔しい。
「……好きだったのに……」
無意識の呟きだった。
一方的だが一途に一人を守ろうとする姿を見るのが、本当に好きだった。
実のことだけを考えていたから、護は何一つ迷わなかったし強いのだ。
ノーセレクト最強のメンバーだったはずなのに……。
「健さん」
呼び掛けの声が健に伝わったとき、はじめは体を起こしていた。
それどころか、どこか表情が明るく立ち上がる。
「君は馬に乗れるか?」
「馬?」
訝しげな瞳で見上げる。
「乗れるけれど……」
北海道にいたときは自分の馬を持っていたくらいだ。
毎日の散歩は日課のひとつであり、その馬が唯一の友だった。
それならと、はじめは手で日差しを遮りながら宿場のほうに足を向けた。
「刀を受け取ったら憂さ晴らしに行こうか」
「……遠乗りでもしようというの?」
「まあ、そんなところだ」
手招きをされて、健は気が乗らない自分の体を立ち上げた。
そんなことで気が晴れるわけがない。
だが、それを言ったところで仕方がないのも確かだろう。
さっさと宿場のほうに歩き出すはじめのあとを、黙ってついていくしかなかった。
木戸の手前で、思い出したように翻訳機を耳に装着したはじめとともに、刀を受けとるために店にはいる。
あからさまに沈み込んでいる健は、昨日とは打って変わって口数が少なかったが、それでも支払いの時には僅かに微笑んで、ポーチから金を出して渡した。
「おい、出すなと言っただろう」
思わず手を抑えたはじめに首を振る。
「これしか持っていないから仕方がないよ。お釣りはいいからと伝えてくれないか。こんなものに手をかけてくれたお礼だと」
「だから私が出すというのに……」
「いいんだ」
二人のやり取りを、金を手に聞いていた店主は、はじめの、やむを得ないという表情の通訳に両手で高く掲げながら頭を下げた。
「ありがとうございます」
昨日のように深く頭を下げて健は店を出た。
あとから出てきたはじめが、いきなり腕を掴む。
「は、はじめさん?」
「他の金を作ってもらいたかったな。昨日言い聞かせただろう。むやみに使われてはたまらない」
と、強引に連れていったのは両替商のところだった。
ムッとしたまま健のポーチから勝手に一枚を抜き出すと、勘定机に叩きつけ、両替を頼んだ。
「だ、だめだよ」
「なにも私が使うわけじゃない。これ以上見せびらかされても困るから使えるようにするだけだ」
早くしてくれと催促するはじめに、店主は胡散臭げにお待ちくださいと言って奥に引っ込んだ。
大方、本物かどうかを確かめに行ったのだろう。
「健さん、金はこうして細かいものに替えるか、最初から用意しておくかしてもらえないか。誰彼構わず見せびらかせば、昨日のようなことがおこるくらいわかるだろう? 私の人生を調べる前に、こういう日常をもっと勉強してくるべきだったんだ」
普段、あまり物事に干渉を示さないと資料にあったはずのはじめが、こうも感情的になるところをみると、健のやっていることは明らかに間違いなのだろう。
素直に謝った。
「ごめん。普段からお金なんて使わないから……」
健たちは、普段はカードを使う。
そのため、一切紙幣を持つことはなかった。
彼らが本部に集まる前ですら、健は金を持ったことがない。
すべて後払いがきいていたからである。
電車でキッシュのところに通うときも定期を持っていた。
恐らく、それもレイラー・楠木哲郎の指導方法だったのだろう。
実たちが同じだとは思わないが、少なくとも健は、現金というものを見たことはあっても手にしたことは、つい何ヵ月か前に良和から渡された一度きりであり、北海道時代から生活費その他、すべてが国から出ていた支給金となれば遠慮をして使うという意識もなかった。
ある意味、金銭感覚がなかったのである。
ただ、はじめは違う意味に受け取ったようだ。
以前、健は買い物すらしないと聞いていたからだろう。
「まあ、今回は仕方がない。ともかく、こうして両替をすることを覚えてくれ」
と、幾分か落ち着いて言った。
それからしばらく待たされたが、奥から店主が現れたとき、手には布袋をひとつ持っていた。
「お待たせしました」
勘定机に袋の中身を開けて見せる。
健は、束になった小銭を手にとって、
「これなら使えるんだね?」
と聞いた。
はじめの方は店主と健に一度ずつ頷いて両替は完了である。
手数料がかかったため、細かい金が増え、健の手に渡った袋はかなり重くなっていた。
ポケットやポーチに納まる量ではない。
店を出てからも袋を手に持っているしかなかったが、これでは自分が金を持っていると言っているようなものだ。
はじめは、その袋をもて余すように見下ろしていたが、ばつが悪そうに耳打ちをした。
「使ってしまってもいいかね?」
健は、あっさりその袋を渡した。
勢いで両替をされたものの、正直、この先しばらくは使うことがない金だ。
偽物ではなく、こちらは本物だからはじめに使ってもらうのが一番である。
こんなに重いものを持っていたくもないという気持ちもあった。
そうと決まれば話も早い。
はじめは、街道での約束通り、宿場外れまで健を連れていくと馬を借りた。




