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 廊下で一度、足を止める。

 実はもう健を連れ戻ったのだろうか。

 この家は、不思議と外の物音がしない。

 普通なら虫の音が聞こえてもいいはずなのに、どの部屋にいても、そしてこの廊下でさえ聞こえないのだ。

 思わず身震いをするほど静かな空間にいる。

「未来……か」

 その呟きも、響くことなく廊下に消える。

 はじめは小さく頭を振って、廊下を奥に進もうと足を向けたが、ふと、思い当たったようにまた振り返った。

 まさかと思うが、念のために玄関脇のドアを開ける。

 キッチンに続くダイニングルームのテーブルで、夕子が縫い物をしていた。

「まだ起きていたのかね?」

 懸念が目の前にいて、むしろ驚いて声をかけた。

 夕子もまた、いきなり話しかけられて思わず振り向いた。

「は、はじめさん……。あの……お酒、ですか?」

 いやいやと手を振って、彼はテーブルに近づいた。

「甲斐甲斐しいな。なにを繕っているんだね?」

「これですか? 猫のぬいぐるみです」

「ぬいぐるみ? とは?」

「え……あの……」

 どう説明したらいいのか迷い、彼女は結局、その布切れをはじめの前にかざした。

「猫の形をしている人形のようなものです。これを二枚縫い合わせて、中に綿をい入れるんです」

「ほう」

 できているのは頭の部分だったが、かなり大きな形になりそうなものだった。

 白い顔に耳が黒い。

 目も鼻も、口もないのっぺらぼうな布切れを手渡されて、はじめは感心しながら他の、テーブルに並べられた布を見下ろした。

「一日中、こうして作っているのかね?」

「他にすることがありませんから」

「それならば私たちと共に話に加わればいいではないか。一人では寂しいだろう?」

 彼女はテーブルのものをそのままに微笑むとキッチンに足を向けた。

「私はいいんです。かえってあの人たちの邪魔になるから。……あの、皆さんは?」

「部屋に戻ったよ。私も休もうと思ったのだが、君のことが気になってね。この様子では誰も声をかけてくれなかったようだね」

「お茶……入れましょうか?」

「そうだな。貰おうか」

 慣れた手つきでお茶を二人分用意をすると、彼女ははじめの対面に腰をかけた。

「それにしても薄情だね。誰も君に声をかけないとは……」

「違いますよ。これが普通なんです。声をかけられたら私のほうが落ち込みます」

「なぜだね?」

 控えめに笑いながら、彼女はキッチンに目を向けた。

「私はあの人たちの役には立ちません。家事をすることしかできないんです。けれど、あの人たちが私をそれだけの道具としか見ていなければきっと言うでしょうね。……『ユウコ、もういいよ。オレたちも休むから』って。……私は好きで家事をして手芸をしています。だからあの人たちもなにも言わないんです」

「そうか。なるほど、私のほうが失礼な言いようだった」

 夕子は女中としてここにいるわけではないのだ。

 素直に謝罪して、続けた。

「しかし、つい今しがたまで護さんと話し込んでいた。先に出たのだからあの人くらい、あなたに声をかけてもよかったろうに。君たちは想いあっているのだろう?」

「……そう見えますか?」

「見えるというより、聞いたぞ?」

「少し、違います」

 彼女は言った。

 恋人という言葉に当てはめるのなら、実と志乃が一番だ、と。

「エリから聞いたんですけれどね」

「そういえば、隆宏さんと絵里さんは同じ姓だな。もしかして夫婦なのか?」

「ええ。だから恋人の理想ならミノルたちのことを言うんだと教えられました。……そういう意味では、私とマモルでは違うかもしれません」

 別にそれを落胆するでもなく言う彼女を、はじめは不思議そうに見返した。

「だが、実さんたちは男同士だぞ?」

「そうですね。結婚はできないと聞きました。だから夫婦にはなれないけれど、恋人なら構わないんじゃないでしょうか」

 なるほど、そういう考えもあるのか。

 と、妙に納得する。

「あなたと護さんは好きあっているわけじゃないのか?」

「好きですよ。でも多分、ミノルたちほど想いあってはいないと思います。私、一度好きだったひとを亡くしているんです。その人を忘れろとシノは言っていましたが、まだ時間がかかると思うの」

「その人ほど護さんを好いてはいないと?」

 彼女は首をかしげて、考える仕草をした。

「そうですねぇ……。ケンたちの中では彼といるときが安心します。でも、もしかしたら仲間としての想いかもしれません」

 ポツリポツリと夕子は続けた。

 彼女は最初、実が好きだったと。

 しかし、そういう想いがハッキリ理解できていたわけではなかったのだそうだ。

 それが初恋だと教えてくれたのは絵里だった。

 そして実は、嫌がらずに付き合ってくれた。

 が、あるいは憧れだっただけかもしれないと教えてくれたのも絵里だった。

 その証拠に、次に好きになった人が現れたからだ。

 その人は……と、ふと表情が曇る。

 次第に俯きがちになったとき、ノックもなしにいきなりドアが開いた。

 



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