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 護の瞳ははじめに向いていたが、まるで彼を通り越し、その先を見ているようだ。

「……オレたちがなにを考え、どういう言動をしても……隠し事があろうと……オレたちは常にケンの目の前にいる。……だから真意など、知る必要はない。彼が……たったひとつのことを覚えていてくれれば、それでいい」

「そのひとつとはなんだ?」

「メンバーは……誰一人欠けることはない」

「誰一人? ……しかしそれは改めて覚えて……おく必……要は……」

 じっと見つめる護を正面に、はじめは眉を寄せて目を伏せた。

 が……。

「……まさか……」

 顔をあげたとき、正面の瞳に見えたのは、すべてを見透かしたような、それでいて表情のない光だった。

「し、しかしそれは健さんのわがままだと……」

「ならば、尚更だ」

 顔色ひとつ変えずに言ってのける。

 それはメンバー全員の総意なのか?

 はじめは思わずドアのほうを振り返った。

「夕子さんや絵里さんまでも……同じ考えでいるのか? それとも君が有無を言わさず仲間を殺す、と?」

「オレではない。それはシノの役目だ。元々……彼はそのための切り札だ」

「切り札だと? なぜ、志乃さんなんだ?」

 護は、手にしたグラスをテーブルに戻すと立ち上がった。

 はじめに背を向ける形でソファの背もたれに腰をかける。

「シノはまだ……自分の本音を自覚していない。それを理解したときに、……彼もまた、ケンのためにオレたちを抹殺する」

「な……んだと? わからない……ことを……」

 静かに振り返り、護は背もたれに右手をついた。

「ノーセレクトメンバーは、誰一人欠けることはない」

 同じ一言を、まるではじめの心の底に刻みつけるように言った。

 まっすぐ見据えるその瞳に耐えきれず、はじめのほうが顔を逸らす。

“……わからない……”

 言っていることは筋が通っているように思えるが、はじめにはどうしても、答えをはぐらかしているようにしか聞こえなかった。

 もしかしたら、一時の客人に話すべきではないと割りきって答えたか?

“あり得るな”

 しかし、それならば黙ればいいことだ。

 なにも、無理をして口をきくこともない。

 しばらくは口を閉ざして考えていたが、やがてはじめは軽く息を吐くと顔をあげた。

「なぜ、君は私にそこまで話すのかね?」

 結局、考えたところでわかるわけではないのだ。

 こういうときには素直に聞くに限る。

「お得意のだんまりでごまかすと思ったがな」

 護は、それにも用意をしていたかのように淀みなく答えた。

「あなたが……ケンの頼みを引き受けたのならば、口を閉ざすつもりはない」

「し、知っていたのか?」

 目を見張ったはじめに、しかし護は首を振った。

「頼み事の内容までは知らない。けれど予想はできる。……彼は、ここに来るときに真っ先にオレを指名した。彼があなたと話をした翌日から……あなたはオレのことばかりを気にする。ならば、あなたは彼からなにかを言い含められた……間違ってはいないはずだ」

「……君は……」

 言葉が続かない。

 心から感心するばかりだ。

 感情がこもらない冷静さに加え、洞察力まである。

 頭の回転も速いとなれば、健の言うとおり、彼らの中で最強だと言うことを認めないものはいないだろう。

 健は、本当に無駄なことをしていたのかもしれないな……。

 はじめは思わず笑いを漏らした。

「私の生きざまなど……小さなものだ。獅子が猫の生きざまを真似ることなどあるまいに……」

 護からはなんのリアクションもなかった。

「護さん、もうひとつ……聞いておこうか」

 顔を戻したとき、二人の耳に、ドアが開く音が入った。

 同時にそちらに目を向ける。

 入ってきたのは実だ。

「……ケンは?」

 どちらにともなく尋ねた彼に答えたのははじめのほうだった。

「外に行ったよ。一人にしておいたほうがよさそうだ」

「……またか……」

 テーブルの上の、酒が残った三つのグラスを目ざとく見つけた彼は、一瞬護を睨み付けたが、息をついて窓に足を向けた。

「ほどほどにしておけよ、マモル。まったく、おまえも好き勝手してくれる」

「そういえば、君が酒を飲んだところを見たことがないが……飲めないのか?」

「体質に合わない」

 窓を開けた。

「出ていってどれくらいになる?」

「十分ほど……」

 護の答えに頷いて実は外に出た。

「連れ戻してくる」

「そっとしておいてやったらどうだ? 相当落ち込んでいるぞ」

「わかっている。なにも外でいじけなくてもいいはずだ。直接部屋に連れていくからな」

 つまり、酒盛りをしていても無駄だと暗に言ったのだ。

 確かに、実が現れなくても健が戻ってくるとは限らない。

 顔を合わせづらいだろう。

 実を見送った護は、彼の言うとおり部屋に戻るつもりだったようだが、はじめは腰を上げようとせず、彼に席に戻るように言った。

 話が途中だ。

 もう話すことはないという表情を浮かべたものの、護は元のところに腰をおろした。

 しかし、口を開くつもりがないのか、はじめのほうを向いていない。

 それでも構わないのだろう。

 はじめは、少しだけ残った護のグラスに酒を継ぎ足した。

「君にもうひとつ、聞いて見たかった。……今まで、健さんたちから見ても疑いようもなく、君は実さんだけを見守ってきたと聞いた。それを容易く変えられるほど、君のあの人への思いは軽いものだったのか?」

 聞いているのかどうか、その横顔からは伺えなかったし、なにより口を開く素振りすらなく、しばらくは沈黙が続いた。

 もちろん、はじめからの追い討ちをかけるような問いかけもない。

 護は諦めたように目を伏せた。

「なにも……わかっていない」

「? どういうことだ?」

 答えはなく、結局目を合わせないまま護は席を離れた。

「部屋に戻らせてもらう」

 これ以上の会話を拒絶する雰囲気に、はじめはあえて、止めようとはしなかった。

 部屋を出ていった彼の後ろ姿を見送って、残った酒を飲み干す。

 静かな部屋を一通り見渡して、彼は深く息をついた。

“引き受けたからには……約束を違えることはできないだろうな……。と、なると……残った間でどこまで聞き出せるか……”

 健はあと四日、と言った。

 その間だけの生き方を見せるつもりでここに来たわけではないはずだ。

 恐らく、彼が言っているのは今後の生き方であるはず。

 だとしたら、先の人生が思いもしない方向に変わることにならないか?

 あの護の手本になるような生き方になるというのなら、その予言どおりに生きていくのも一興だ。

 しかし、今のはじめでは、確実に護の見本になっていない。

 残った四日の間でやらなくてはならないのは、表面的な健たちを見ることではないと思い当たった。

 護のことだけを引き受けていたのではいけないのだ。

“考えてみれば、やっかいなことを安易に引き受けたようなものだな”

 他人の考え方や生き方に淡白な自分らしくないと苦笑する。

 無意識にまた息をつくと、はじめはようやく勢いをつけて立ち上がり、部屋を出た。


 


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