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 はじめが彼の後ろ姿を見送っていたが、ふと、首をかしげる。

「一体……どうやって行き来しているんだ? ……というか、どこから来るんだ?」

 自分では言葉で疑問を言いづらかったのだろう。

 何が言いたいのかが健に伝わっていないことがわかると、頭をかき回した。

「ああ……つまり……いきなり消えるのか?」

「あ、そういう意味か。……まあ、そういうことかな」

「ここではダメなのか?」

「消えるところ? 見たいの?」

「う~ん……」

 見たいような、見てもいいものか……その辺りだろう。

 健は外に目を向けた。

「着地地点が裏庭になっているんだよ。ここに地点を移すにはまだ改良が必要かもしれないし、今は無理、としか言えない状態でね」

 そう説明されたものの、はじめに理解ができるはずがなかった。

 曖昧に相づちをうって、言った。

「別にこだわっているわけじゃないよ。ただ、不思議に思っただけだ」

 不思議な世界……。

 健たちは、はじめにとってあくまでも夢のような存在でなければならなかった。

 そうでなければ、いくら幕府の力が衰えはじめたといってもまだまだ規制の多い今の世の中を恨んでしまいそうだからだ。

 それきり会話が途切れた。

 話の源である志乃がぼんやりと考え込んでいたのだ。

 しかし、やがてポツリと言った。

「あんたの時代って、そんなに強いやつばかりなのか?」

 はじめはさあ……と、首をひねった。

「君たちの基準とやらがわからないからな」

「俺……四日で間に合うのかなぁ……」

「君たちのところでは通用するのだろう? 急ぐ必要はないと思うが?」

「通用するだけじゃダメなんだってば。……イテ……」

 今度は腕を抑える。

 あちらこちらが痛むから、動くのに苦労しているようだ。

 はじめがグラスを置いて、自分の足元にいる志乃を見下ろした。

「君もなにを焦っているのやら。……昨日今日で強くなれるのなら私が今まで苦労してきたのは無駄だということに……」

 ふと、口をつぐみ、隣の実に顔を向けた。

 昼間、その才能のことを言っていなかったか?

「そうか。……ノー……なんとか言ったな。簡単なことか……」

 その時の彼らの話が今、本当にわかった気がする。

 一瞬、自分が彼らに嫉妬したのだ。

 しかし、志乃はキョトンとした表情ではじめを見上げた。

「それってノーセレクトのこと? それなら俺は違うよ。こいつらだけ特別なんだ」

 意外だという顔をしたものの、はじめは自分の先入観に苦笑した。

 確かに昼の話では全員、とは言っていなかった。

 先入観から志乃までカウントしていたのだ。

「それなら言わせてもらう。修行というのはそんなに簡単なことじゃない。道場に通えば、最初は竹刀すら持たせてもらえないんだ。君は砲術が得意だと言ったな?」

「ホ、ホウジュツ? なにそれ……」

「銃のことさ、シノ。ライフルだよ」

 実の補足に、志乃はそれなら、と笑って頷いた。

「それにしても最初から持たされたか? 初めからうまかったわけではないだろう?」

「そりゃ、確かに……」

 最初はどうだったろう?

 頭の中に浮かんだ圭吾の、驚いた顔を思い出す。

 狙撃の現場に居合わせて、夢中で圭吾を見つけ出し、行き当たりばったりの行動で結局同じ職についた。

 組織に入ることができたのは彼のおかげなのだと今さらながら思う。

 けれど、訓練は簡単なものではなかった。

「確かに……最初はなにも持たせてもらえなかったな。体力をつけなきゃならなかったから」

 高校までの間はいろいろなスポーツをやっていた。

 単一のクラブに入っていたわけではないが、なにをやってもすぐにコツを覚えた彼は、逆に言えばひとつに縛られていたわけではなく、ほとんどのスポーツ選手でいられたのだ。

 しかし、狙撃という仕事には、スポーツでつけた体力は役に立たなかった。

 まして、高校を卒業して一年以上もスポーツとは無縁で、ただ工場のベルトコンベアの前に立っていただけでは、体力が落ちていても当然だ。

 志乃は身体中の痛みに唸りながらテーブルに顎をのせた。

「今なら体力に自信があるんだよ。だから今のうちに体で覚えればと思ったんだけどな」

 やはり、理解しているところとしていないところがあるらしい。

 健は体を傾けて志乃に提案をしてみた。

「ねえ、マモルに聞いてごらん。精神訓練が後回してもいいのかどうか」

「どう?」

 ある意味、健が反対していないところから、味方であると考えたのだろう。

 期待を含めて聞いてみた。

 しかし、護は彼に一瞥もせずに健に聞き返した。

「君ならば……どう答える?」

「オレ? ……そうだな……」

 二人を見比べて、健が言い淀んだのは一瞬だけだった。

「シノがあとでもいいというのなら強制はしない。……かな。……無理にやっても身に付かないから。でも、それは実施訓練でも同じ。体で覚えると言っても闇雲にやったところで傷が増えるだけだというのも……今の君を見ればわかるだろう?」

 現に、今も動くたびにどこかを抑えている。

「精神訓練は心の強化、実践は体力強化……どちらも大事で、簡単にできることじゃない。かといって、時間をかければいいという問題でもない。平行してやるのもどちらかを先にすることも個人次第だけれど……確実なのは、君がどういうやり方にしたい、ということ自体が心の問題だということだ。それを踏まえて……君はどうしたい?」

と、穏やかに問いかける。

 決して自分の考えを押し付けない。

 しかし誘導はしている。

 その誘導が理解できれば、志乃は迷わずに精神訓練を優先しているはずだ。

 選択肢は二つ。

 誘導に気づくか、自分の考えに固執するか。

 親切なようでいて、健は志乃を試している……。

 護はいつしか窓の外を見ていた。

“敵わない……”

 答えの方向がまるで違うのだ。

 自分がそのまま答えていたら、ただ一言、精神訓練を優先させるとしか言わなかっただろう。

 それが志乃にとって良い方法だと思ったからだ。

 しかしそれでは表面的、いや、今だけしか見ていないことになる。

「マモル」

 健が呼び掛けた。

「精神面はおまえの担当なんだろう? どうしたい?」

 やはり、志乃と同じように選択をさせている。

 そして護をも試しているのだ。

 どうして瞬時にこういうことができる?

 あらかじめ答えを用意していたわけではないのに、なぜ遠く先まで見通していられる?

 どう答えれば志乃は納得するのだ?

「オレは……」

 考えがまとまらない。

 健の言うことには基本的に賛成なのだ。

 けれど、それは自分自身の答えと違う。

 護が、自分の意思を押し通せば、それは志乃にとって強制でしかなくなってしまう。

 ならば健の言うとおり、志乃に方法を選ばせるか?

 結局……そうやって逃げるしかないのか。

 健に任せるくらいなら、志乃のフォローを引き受けた意味がない。

 たった一言で黙りこんでしまった護を横目に、はじめは背もたれに寄りかかった。


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