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「えっ?」
健も振り返る。
キッチンのドアが開いていて、そこには隆宏がドア枠に寄りかかっていた。
「おまえ……」
「いつ気がつくかなぁ……って」
野菜の話をしていた辺りから見ていたという。
ようやく中に入って、彼は部屋を見回しながら健の前に腰をかけた。
「おまえまで……どうして」
「どうしてって……。単なる報告だよ。すぐに戻るから気にしないで」
「収容は明日だろう? 今戻されても困るよ」
そそくさとお茶を出した夕子に礼を言って、隆宏は大丈夫とウインクをした。
「改良はできたよ。好きなだけここにいてもいいから。ユウコ、食料の搬入もできるよ。とりあえず野菜、かな?」
「助かります。それじゃ……ほうれん草とレタスと……セロリ、それから……」
隆宏は慌てて彼女の口を止めた。
「メモをしてくれない? 覚えきれないよ」
「ご、ごめんなさい」
と彼女がダイニングルームの棚の引き出しからメモ帳を取りだし、そちらのテーブルで必要なものを書き出しはじめる。
クスッと笑って、隆宏は健に向き直った。
「どこまで修正できたんだ?」
と聞く健に、ポケットから無造作に入れていたものをテーブルに置いた。
ペンダントが六つだ。
「これが新しいもの。指輪は役にたたないから外してくれないか。持って帰るよ」
「今度はペンダントか……」
身に付けていなければならないものだから仕方がないとしても、やはり健には多少の抵抗がある。
これにはブレスレットのようにイニシャルが入っていないが、やはり指輪と同じようにそれぞれ違う色の、スライスされたガラスが嵌め込まれていた。
そのガラス部分がスライドするようになっている。
それは、護が持っていたロケットと同じようなものだ。
白いガラススライスのペンダントを取り上げた健に、隆宏がまた笑った。
「こっちのほうが操作しやすいよ。大きいからね。人数分のカウントができるようになったから、個人的にロックをして往復できる。ポイントも広くなったから、一キロ以上離れていなければ作動するよ」
「離れて……って、互いにか?」
「違うよ。今度は向こうでポイントを定めておいた。裏庭だからね」
「ああ……そういうこと」
つまり、ポイントを決めたら、その場所から直径一キロ範囲以内ならどこにいても往復できるということだ。
「ただし」
納得したと頷いた健に、隆宏は身を乗り出して続けた。
「オレも気がつかなかった問題が起きて、それを君に検討してほしいというのがキャップからの伝言だ」
「問題?」
「もしかしたら君はわかっているかもしれないけれど、こっちにとっては大きな問題だよ」
そのわりに、隆宏に緊張感が見えないのだが……。
「オレはすぐに戻らないといけないんだ。できればエリもね。だから一応、伝言だけ」
「一体……」
言葉を続けようとした健は、隆宏が自分の背後に視線を移したことで振り返った。
はじめが、目を見張って立っていたのだ。
「あ、はじめさん」
「……増えてる……」
新顔に、彼は怪訝な表情のままノロノロと入ってきた。
隆宏が立ち上がる。
「宮本隆宏です。あなたが斎藤さん、ですね。はじめまして」
丁寧な会釈に、はじめも戸惑いがちに頭を下げた。
「会えたんだね。状況がわからなかったから心配していたんだよ。よかった」
と、これは健に対して笑いかけたもので、すぐにはじめに、自分の席を譲った。
メモをとっていた夕子がすかさず昼食の用意をはじめる。
彼らメンバーは、一人で寂しく食事をすることはしない。
その習慣から、はじめ一人のために健は席を移そうとはしなかった。
隆宏が健の隣に移る。
食事の間、理解できない話をすることをはじめに詫びて、彼は続きを話し出した。
彼がすぐに戻らなければならない理由は仕事が入っているからだという。
絵里はこちらに来る直前にひとつ片付けていた。
高志と埼玉に行っていたらしい。
隆宏だけが本部スタッフと剣崎司令を交えて研究を続けていた。
絵里がこちらに来てからは、高志も隆宏の手伝いをしていたが、どうしても片付けなければならない仕事が入って、先発して今度は赤坂に出向いているらしい。
もともと、考えることよりも行動することのほうが得意な高志は、一人ではどうにもならないと泣きついてきたのがつい三時間ほど前で、それで隆宏が必要なことを伝えに来たらしい。
「わかっただろう? 問題というのは君たちがここにいるだけの時間が向こうでも経っているんだよ。こればかりは急場しのぎですむことじゃない。君の意向を汲んで、キャップはゆっくりしてもいいとは言っていたけれど、さすがにタカシとオレだけでは無理も出てくる。だからエリだけでも戻ってもらいたくてね」
「確かに、今回は指輪の機能テストが主目的だったから時間経過は考慮していなかったけれど……。そうか……。あまりゆっくりもしていられないな……」
「キャップも仕事をえらんでくれているから今のところは大丈夫。でも、これがひと月とかかかるようじゃさすがに……ね。オレのほうが困るんだ。一応考慮しておいてくれる?」
「そんなにはかけないよ。目的は果たしているんだ。問題はあとひとつだけだし。それも……さほどかからないから。それでいい?」
「なんだ。やっぱり目的があったの。まあいいけれど。戻ったら君の仕事は山積みだよ。オレはまだまだ勉強不足だ。やっぱり君がいないと理解できないことのほうが多くてさ。……ところでエリの部屋はどこ? もう戻るよ」
それは夕子が案内するという。
隆宏は、はじめにもう一度、騒がせたことを謝って部屋を出ていった。
もちろん、そうなると絵里も同様だろう。
ずっと黙って聞いていたはじめが、箸を置いてようやく口を開いた。
「要するに……私はまだここにいることになるわけだ」
「迷惑をかけて申し訳ない、はじめさん」
最後に出されたお茶の湯飲みを両手で包み、はじめは小さく首をすくめた。
「別に構わんがね。それなら急いで刀を用意することもなかったな。むしろ君たちのほうが困っているようだが? その……仕事とやらに支障がでていると」
「それはいいんだ。ただ、オレたちもそれほど長居ができないのは確かだよ。あと……何日かかるのか……」
最後の問題……。
それは、護がどれくらいで傷が治るか、だ。




