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 町外れの木戸の辺りまで、はじめは何も言わずに大股で健を引きずって歩いた。

 そしてようやく息をつくと、木戸の柱に腰を下ろした。

「健さん、むやみに金を出すな」

 あまりの世間知らずに、もう呆れる気も怒る気もおきず、はじめは含めるように言った。

 健が膝をつき軽く笑う。

「大丈夫だよ。あなたにも見せただろう? 見分けはつかないから」

「そういうことを言っているんじゃない。ただ、あんな茶店では小判は使えない。そんなに簡単に持てるような金じゃないんだ」

「……そうなんだ……」

 まじまじと小判を見つめて、健は感心したように元のポーチに収めた。

「足りないと困るから結構持ってきたんだけれどな」

「大体、私には使わせないと言っていただろうが」

「あなたには渡せない。けれど、オレが使う分には構わないだろう?」

「……」

 もう、何も言えなかった。

 というより、何を言っても無駄だ。

 世間を知らないのならば、せめて自分に合わせておとなしくしてくれとか、こういう騒ぎを起こすのなら自分のいないところでやってくれとか、口に出そうな文句をため息に変えて、はじめは腰をあげた。

「帰ろう……。なんか、疲れた……」

 喋り疲れもあった。

 健の言葉を伝えるだけだったとはいえ、彼はよくもしゃべってくれた。

 店内にいた人たちへの好奇心は、まるで志乃と変わらないではないか。

 明日もこれが繰り返されるのか……。

 少なくとも、そのときはもう慌てたくなかった。

 重そうに立ち上がると、彼らは木戸を抜けた。

 山道に入る。

 その間にはじめは説明をした。

 この宿場町を利用するほとんどは旅人なのだ、と。

 もちろん、その周囲に住んでいる人もいる。

 大名が通らないわけではないが、そういう行列は町に繰り出すということはほとんどない。

 だから、小判を手にすることはまず、ないと言ってもいい。

 健は、自分の勉強不足に苦笑いをしながら聞いていたが、そろそろ林の中に入ろうというときになって足を止めた。

「なるほどね。つまりお金が目当てなわけだ」

「目当て?」

「あなた以外の客を招くつもりもない。……ここが限界だな」

「何を……」

 健は、唐突にはじめの脇差しを抜いた。

「ちょっと借りるよ」

「健さん?」

 ゆっくりと振り返る。

 通りを行き交う人たちを無視して、健は道の両脇を見回しながら言った。

「これ以上つけられても困ります。用があるのなら堂々と姿を見せてくれませんか」

 耳元で聞こえた機械音ではなく直接耳に入ったのは、健の日本語だった。

 何を言っているのかと聞く間もなかった。

 道の茂みから、四人の男が手に刃物を持って現れたのだ。

 見覚えのある男が二人いた。

 先程の茶店の客だ。

 野次馬の中で、後ろの方で話し掛けもせずに突っ立っていたのだ。

 通行人がざわざわと周りを取り囲んでいくなか、彼は脇差しを逆手に構えた。

「健さん! 君じゃ無理だ!」

「さがっていて。まさか、あの人たちの中にこういう人がいるとは思っていなかった。軽率だったよ」

 そして、すぐに男たちに言葉を向けた。

「お金を見て目の色を変えた、ということですか?」

 健の落ち着きとは逆に、男たちはすかさず短刀を構えた。

 武士であるはじめではなく、健が刀を持っていることで容易に奪えると判断したのだろう。

「か、金を出しやがれ!」

 開き直った恫喝だ。

 それに合わせて、健は片方の手で、先程の金を一枚取り出した。

「これですか?」

「よこせ!」

「差し上げる義理はないと思いますが?」

「おとなしく渡せ! そうすれば命までは取らねぇ」

 健は、一度小判をかざして見たが、すぐに男たちの足元に放った。

「まだありますが……それだけでいいのならもう帰ってください。それとも、今度は力付くで取り上げますか?」

 明らかに煽っている。

 男たちの貪欲な目が光った。

 はじめが声を張り上げた。

「健さん! 私に任せなさい」

 彼は、後ろ手にはじめを制した。

「大人数をどう処理するのか興味があったんだろう? そこで見物でもしていてくれ」

 言うが早いか、向かってきた二人のうち片方の、刃物を持った手首を脇差しで切りつけながら、もう一人の手首を掴んで捻りあげ倒した。

 足でその男を抑えた次の瞬間には脇差しをその場に置き、二人の刃物を両手で持つと、残りの二人に一度に投げつける。

 まるで計ったかのように彼らの腕にそれが刺さり、悲鳴をあげたのも聞こえないかのように、最後は押さえていた男の首筋に、置いた脇差しをかざした。

 その間、わずか一分経っていただろうか。

 健は、その場からほとんど動いていなかった。

「すみません。医者にはご自身で行ってください。そのお金があれば治療代にはなるでしょう。家まで来られてはこまります。引き返していただけますね?」

 首を動かすこともできなかった男は、近くで蹲っている男と、遠くで聞こえる二人の声に、蒼白になりながら小刻みに頷いた。

「残りの人たちの面倒もお願いします。それから……またこうして強盗紛いのことをされるのも困ります。次に会ったときに邪魔をするようならば、この程度のケガですむとは思わないでください。ご自身の命は……大事になさったほうがいいですよ」

 片手で軽々と男の体を引き上げて立たせると、健は脇差しを下ろしてあっさりと背を向けた。

 あまりにも無防備ではあったが、しかし何事もなくはじめの元に戻って振り返る。

 男たちはそれぞれ、這うように逃げ帰っていった。

 周囲の野次馬が落ち着いて行きすぎるまでは家に帰れないと考えたのか、健は林の入り口で木に寄りかかりながら腰を下ろした。

 脇差しもはじめに返す。

「申し訳なかったね。あなたに迷惑をかけた」

 そう言ったものの、声の中にはすまないという思いは含まれていないように聞き取れた。

 むしろ怒っているような感じだ。

 実際、彼は宿場の方に続く道の遠くを、難しい顔で見ている。

 はじめは、健が腰を下ろしている木に片腕を寄りかけて、見下ろした。

「志乃さんの稽古は君がつけたほうがよさそうじゃないか。何も私でなくとも……」

 逃げ帰っていく四人の姿が、はるかかなたに小さく見える。

 健はそれをずっと目で追っていたようだ。

 そのまま言った。

「彼らには今のことを黙っていてくれないか。特にミノルはうるさいから」

「なぜだ?」

 ようやく健がはじめを見上げた。

 その顔には、直前までの厳しい表情は微塵もなかった。

 茶店で見せた、無邪気で優しい微笑みだ。

「言ったはずだよ。オレは病気。ケガをするわけにはいかない体だからね」

「あ……ああ、そういえば……そうだったな」

 あまりにも当たり前に動いているから失念していた。

 しかし、だとしたらどうして自分から相手を挑発したのだろう。

 健はあっさりと答えた。

「こんなところまでしつこくついてきたということは、力で言うことをきかせようとしていたんだろう? 家までつけられても困るからね」

「いつから気づいていた?」

 はっきり言えばはじめは、健が声をかけるまで気づかなかったのだ。

 健はまた宿場町のほうを睨むように目を細めた。

「店の中」

「そんなところからか?」

「厳密に言えば……お金を出したあとの気配……かな。オレには金の価値なんてわからなかった。それでも金に執着する人の悪意はわかるよ。いつ声をかけてくるのか待っていたんだけれど、家までつけられたら不法滞在が露見してしまう。こっちから仕掛けるしかなかったんだ」

「それにしても……よく気配がわかったな」

「仕事柄だね。それに歩いている人たちの表情や目線でも、ついてきているのはわかったし」

 話をしながらそこまで見ていたというのか。

 感心するばかりだ。

「それにしても鮮やかだったな」

「そう?」

 驚くことでも感心することでもないと言いたそうな返事だ。

 これが当然だとでも思っているのだろう。

「それに、どうして私が興味を持っているとわかったんだ?」

 今度は、またはじめを見上げて笑った。

「だって、そんな目をしていたじゃないか。……もしかして、オレが町並みのほうばかりに気を向けているとでも思っていたの?」

「……思っていた。事実、私の方など見ていなかったじゃないか」

「あなたが気がつかなかっただけだよ。あれだけあからさまに好奇心を向けられていてはね。期待に応えないわけにはいかないかな、って」

 それはつまり、実際にはじめの表情を見ていたわけではなく、気配を感じていたということではないか。

 実といい、健といいどうにも油断のならない男だ。

 健は何気ない様子で街道を見回した。

 どうやら先程足を止めていた野次馬はいなくなっているようだ。

 ようやく腰をあげ、服の埃を叩いて落とすと、ようやく林の中に入っていった。

「健さん。相手にケガをさせないんじゃなかったか? だから私に任せろといったのに」

 途端に、健の表情が曇った。

「他人の持ち物を奪おうとする人を許すほどオレは優しくないよ。あれはまっとうな仕事をしている人たちじゃなさそうだ。どうしてオレの方で遠慮をしなければならないかな? ……とは言ってもあなたに任せたら殺してしまったかもしれないだろう? 安易に金を見せたオレにも責任はあったからね。ケガだけで引き取ってもらうのが一番無難だろう?」

 そのために一枚渡したのだ。

 男たちに言っていたように、治療代として与えたつもりだった。

「あの手のものはしつこいぞ。なにやら言い聞かせていたが、それで諦める手合いではなかろう」

「だろうね。そのときは……きっちり代償をもらうよ」

 問題は明日だが、健はさほど懸念していなかった。

 相手は所詮チンピラだ。健の相手にもならない。

 暴力団との関わりすら持ったことがある彼にすれば、短刀を持っただけのたかがケンカ、という認識でしかないのだ。

 相手が何人集まろうが、所詮は欲を持った烏合の衆、チームワークがあるとも思っていなかった。

 ともかく、今日のことは内密だと念を押して、二人は家に戻った。





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