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宿場町の賑わいは、健が想像した以上に活気があった。
しかし、やはり二人の姿に周囲の視線が集まる。
それが、はじめにはどうも居心地が悪い。
ここは城下ではない。だから、まだましなのだがそれでも異国人に対する反感は、農民や町民よりむしろ、旅の途中の浪人や武士のほうが強いに違いない。
珍しいものを目にしているという好奇心と、緊張した雰囲気が、あちらこちらから二人に向いていた。
「もっと堂々としていたほうがいいと思うな」
耳元に機械音が響いた。
はじめは辺りを見回して小声で答える。
「私がこれでは会話にならんだろう?」
「大丈夫だよ。なに?」
「いや……。不貞なものがいたら否応なしに襲ってくる可能性があるからな。私が今使えるのは脇差しだけだ。君を庇っては腕も鈍る」
「庇う必要はないよ。自分の身は守れるから」
武器の一つも持っていないのに? という問いかけに、健は微笑んだ。
「相手にケガをさせるわけにもいかないからね。押さえるだけならば何も必要がないし」
ある意味、底抜けに楽観的な言葉だな、とはじめは嘆息した。
確かにいざとなれば健は強い。
だが、もし大人数だったらどうなのだろう。
ふと、そう思う。
相手を一人押さえつけても、次の攻撃がないとは言えないのだ。
“見てみたいものだが……”
わずかな好奇心を心に覗かせている横で、健はあからさまな好奇の目を、道の両側に並ぶ店に向けていた。
宿屋が多い。
その他は食事どころ、油商、両替商、古着屋、古道具屋、など。
はじめは、子供のようにあちらこちらを向いている健に、ため息とともに安堵していた。
少なくとも気分転換にはなるのか、落ち込んでいるようには見えない。
夕べ、何があったかを知らないはじめにすれば、部屋にこもっていたあとの彼の消沈ぶりを見るよりは、今の彼のほうが接しやすいのだ。
しばらく歩いて、はじめはひとつの店を指差した。
「あれだよ」
店のところには、小さな看板で『研ぎ』とだけ書かれたものがぶら下がっていた。
二人でのれんをくぐる。
「いらっしゃい……まし……」
健の姿に、語尾が情けなく消えた。
明らかな狼狽が見られ、目が、はじめと彼の間を泳ぐ。
「あの……」
「すまないが、これを研いでくれ」
この際、ぶっきらぼうなほうがかえって効果的だと、はじめは声も低く言った。
差し出された刀を両手で受け取りながらも、男は健のほうをチラチラと見ている。
「どうした?」
との問いに、我に返って刀を見下ろした男は、
「しょ、少々お待ちを」
と、慌てて奥に引っ込んだ。
そこをぼんやりと見つめながらはじめが苦笑する。
「多分、あれは弟子でも下の方だろうな」
こんな、江戸から離れた研師にも、弟子はいるものだ。
しばらく待っていたが、かなり時間がかかった。
ようやく人が出てきたとき、その男の背後には先程の弟子が、俯きながらついてきた。
袖に襷をかけた男は、大事そうにはじめの刀を持っていたが、さすが職人なのか、健の姿に多少目の色を変えただけではじめに向き直った。
「お客様、少々お伺いしますが、このお品はどちらでお買い求めになりました?」
やはり健の言ったとおりだ。
目が疑っている。
健は、はじめの袖を軽く引いた。
「申し訳ないが、もう少しゆっくりしゃべってくれ……? この人は……? ああ、そういうことか」
健が英語で言った言葉に、はじめは一人で納得した。
なるほど、そのやり方ならはじめが日本語を話しても構わない。
彼は、健の言ったことをそのまま続けた。
「この人は聞き取れても喋れない。私の説明でいいか?」
「は、はい」
はじめは、研師が言ったことを、わざとゆっくり繰り返した。
そうやれば通じるのだと言わんばかりにだ。
健が、それに対して逆に、早口で話す。
はじめが通訳をするという形で伝えた。
「祖国の土産物屋でこれを買ったそうだ。日本に来たのでついでに研いでほしい、と言っている」
「お、お判りになるのですか? その言葉……」
一瞬、たじろぐ。
そこまで考えていなかったはじめに、健が耳打ちをした。
「わ、判らなければ同行しないだろう」
「そう、ですか……」
強引に押しきったようなものだが、一応、納得はしたらしい。
ただ、刀本体に多少の疑問があったという。
「銘を見たんですが、まったく心当たりがないんですよ」
鍔の部分が異様に派手だから、茎の部分を見たという。
健にわかってもらうためか、できるだけゆっくりした口調だった。
健がまたなにか話した。
「土産物屋の話では、それを売りに来たものがいたそうだ。聞くと、せっかく買ったのにまったく斬れず、腹を立てて手放した……らしい。どうせ、大した代物ではないのだろう?」
「なるほど。そう言われればそうかもしれません。土産物なら刃を入れてなくとも納得できます。最初は献上品かとも思ったんですが、それにしては出来が悪い」
健が途端に笑いだした。
何事かと目を向いた二人に、また口を開く。
「……その、土産物でも研げるのか、と聞いているが?」
「はい。ご要望であれば。お時間は……?」
それを聞いて、健が困ったように言った。
「あまり時間がない。一日でできるか?」
研師は思案していたが、わかりましたと頭を下げた。
「それでは明日、同じ刻限にお待ちしています」
「頼む」
と一言のはじめの傍らで、健は深々と頭を下げて声を出した。
「あ……えっと……お手数をお掛けしますが、よろしくお願いいたします。上等な……? 品物ではないにしろ、可能な限り出来のよいものにしてください……とのことだ」
丁寧な言葉遣いと、顔をあげたときに見えた優しい笑顔に、研師は気をよくして胸を叩いた。
「お預かりします」
もう一度会釈をして、二人は店を出た。
少し行き過ぎてから、はじめが脱力したように肩を落とす。
「なんとか……なった……」
「明日もあるよ」
「そ、そうだったな。それにしても……言葉がわかるのかと聞かれたときには肝が冷えた」
「大丈夫だと言っただろう」
「……」
そりゃ、君はそうだろうと苦笑するしかない。
自然に歩きながら、はじめが息をついた。
「君は……よほど肝が据わっているか、稀代の策士か、だな」
「大袈裟だよ」
「詐欺だろうが。顔色も変えずによくもあれだけの作り話を言えたものだ」
健はまあね、と笑った。
「普段、彼らと付き合っているからね。ミノルやマモルは他人と口をきこうともしない。その場を取り繕うのに慣れてしまったよ」
なるほど、そう言われれば納得してしまう。
確かにな、と何度か頷いた彼は、だが、ふと首をかしげた。
「さっき……何がおかしくて笑ったのだ?」
言われて、また思い出したのか健が笑いだす。
「おかしいよ。だってあれはオレたちの時代ではわりと有名な人の作品らしいから。なのに出来が悪いで片付けられてしまったんだからさ。形無しだよね」
「そう言われれば……そうか」
恐らくは材料か、時間の関係で出来が悪くなってしまったのかもしれないが、それにしても笑うしかない。
「ところではじめさん」
足を止めて、健が辺りを見回した。




