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 健は、庭に追いやられてしまっていた。

 というのも、何もすることがないと志乃が愚痴を言ったのがきっかけになり、絵里と彼、それに夕子が一階の掃除を始めてしまったからだ。

 毎日掃除をしていながら、今以上にどこを掃除するというのだろう。

 だが……。

 恐らく志乃たちは、体を動かすことで、護を心配している気持ちを落ち着かせようとしている。

 命自体に危険はないとわかっているが、やはりまったく気にしていないわけではないのだ。

 木の根本に寄りかかり、健は中の様子を眺めている。

 静かだ。

 僅かな風に、枯れはじめた木々の葉が、乾いた音をさせているくらいだった。

 しばらくして、庭に降りてきたのは志乃だった。

 両手で、不器用そうにトレイを持って近づいてくる。

「ヒマそうだねぇ」

 持ってきたのはコーヒーだった。

 ミルクが入っている。

 それを健の右脇に置いて、志乃は座ることなく言った。

「座ったら?」

「い~や。まだ力仕事があるからな」

 健が、軽く首をすくめてカップを取り上げる。

 だが、口にすることなく空を見上げた。

 彼が寄りかかっている木に片肘をついた志乃もまた、それに合わせて振り仰いだ。

 やはり、微かな風の音がするだけだ。

「静かだなぁ。……あっちじゃ、こんなところは望めないからな」

「オレのいたところはこんな感じだったよ」

 北海道のことだ。

 志乃が笑った。

「知ってるよ。ミノルを追ってそこまで行ったからな」

「そうなんだ……」

と言いかけて、健は眉を寄せると、空から志乃に視線を移した。

「……いつ?」

 その問いかけに、やはり志乃も不審そうに健を見下ろす。

「いつ? ……そりゃ、あいつがホッカイドウに行ったときしかないじゃないか。単独行動かと思ったんだけどな。行き先が、あんたの育ったところだって聞いたから追っかけてった」

「聞いた? 誰に?」

 志乃は、あからさまに息をついて、その場に腰を下ろした。

「鈍いねぇ。うちの組織に決まってるでしょ。あんたが混乱させた情報網を使えば、それくらいは簡単だったの」

 健は目を丸くして、それから恥ずかしそうに俯きながら、

「ごめん、シノ。知らなかったよ。ミノルの目のケガは君だったわけか」

「それも知らなかったわけ? ミノルはあんたに言ってなかったの?」

と問いかけたものの、志乃はすぐに首を振った。

「……言うわけないか。言ってりゃ、あんたが放っておくわけないもんな。躍起になって犯人探ししたんじゃない?」

「……しないよ。聞いていたとしてもね」

 横顔がどこか寂しげに健は言った。

 そんな彼の姿に、志乃は思い出したことがあった。

 かつて、隆宏が言っていたことがある。

 メンバーの命は、恨みを持つもののためにあるのだ、と。

 ただ、軽はずみな仇討ちには応じるつもりはないのだ。

 本気で挑んでくるものならば健は逃げないし、手を貸すだろう。

 だから、メンバーは志乃を受け入れた。

 もう、跡形もなく恨みが消えてしまったというのに、変わらず接してくれる。

 本気だった憎しみが、本気の実への愛情に変わったことを、健は優しく見守ってくれているから。

 フッと、志乃は二階を見上げた。

「なんではじめは降りてこないのかな?」

 健が、カップに口をつけて笑った。

「マモルが心配なんだよ」

「そりゃ俺だって同じだよ。あんたもじゃないのか? なのに俺たちは邪魔で、あいつならいいのかよ?」

 ますます、健が面白そうに笑う。

「忘れた? ミノルの気まぐれは今始まったことじゃないよ」

 その言葉に、妙に納得して志乃は立ち上がった。

 何度か腕を回して、気合いを入れる。

「よっしゃ。もう一頑張りだ」

「そんなに汚れているものかな?」

「食器棚の裏まで磨くつもりみたいだぜ」

「どうしてそこまで……」

「ヒマだからさ」

「……オレも同じなんだけれど……」

 志乃は、腰に手を当てて、彼を見下ろした。

「あんたがいると、かえって手間がかかるって聞いたぞ。あんた、ハウスクリーニング部で結構有名なんだ」

「ゆ、有名? どうして?」

「あんたが本部に来たときの部屋の様子は今でも語り草なんだと」

 それを聞いた途端、健は顔を赤くして頭を抱えた。

 本部に来た初日の自室に届いていた、大きな三つの段ボールに入っていた私物を、彼は片付けられずに適当なところに置いていたのだ。

 後日、ハウスクリーニングのチーフである石原から、勝手に片付けたと伝えられたときも大層恥ずかしい思いをした。

「あ、あれは……」

「ま、別にいいんじゃない? そんなことを吹聴してまわる連中じゃないし、バカにしてるわけでもないんだし。むしろ親しみやすいって言ってた」

「……ふ、吹聴しないっていうけれど、君は聞いたんだろう?」

「まあな。結構遊びに行ってるからいろいろ聞いてるよ。でも、あいつらも俺にしか言ってないはずさ」

「どうして君に?」

「そりゃ、あんたらと一緒にいるからじゃない。あんたが整理整頓できないのも知ってるから、話を聞いたときも驚かなかったぜ」

「そ……そう……」

「とにかく、あんたはそこで休んでろよ」

 強要された『休み』に、健は諦めたらしく頷いた。

 家の中に入っていく志乃の後ろ姿が、リビングの奥に消えるまで見送っていた健は、苦笑混じりにコーヒーに口をつけて、また空を見上げた。

 本当に静かだ。

 青空の中の、いくつかの雲がゆっくりと流れていく。

 時おり、なにか鳥の声が遠くに響くが、それ以外は、風が揺する葉音だけが彼の耳を掠めるだけだった。



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