20
食事のあと、護の様子を見に行くだけだったのに、何故かはじめがついてきた。
相変わらず呼吸が苦しそうだ。
それでも、寝られているらしい。
二人がはいってきても反応はなかった。
実がまず、体温計を取り出し、熱を計る。
「……下がらないな」
はじめが覗き込むと、見たことのないものが表示してある。
「なんと書いてあるんだ?」
「……相当熱が高い、ということさ」
説明するのが面倒だという口調だった。
「こんなものでわかるのか……」
普段から当たり前に使っているものに感心されて、実は思わず笑った。
しかし、すぐに護を覗き込んで、今度は冷却シートを額と、首の後ろに貼ってやる。
「それは?」
また、聞かれた。
実は無言でもう一枚、シートを剥がすと、軽く叩きつけるようにはじめの額に貼る。
「……?」
「熱を下げるもの」
はじめが、感触を確かめるように目線を上に向けた。
「……なるほど。そう言われれば冷たいな」
なんとものんびりとした感想だが、はじめはすぐにベッドを見下ろし、息をついた。
「相当苦しそうだが……本当に大丈夫なのか?」
じつのところ、斬られたケガが原因で死んだ人間を、はじめはつい最近目にしているのだ。
実が声を潜めた。
「心配か?」
「……無関心というわけにはいかないだろう?」
まして、彼は健と約束までしたのだ。
今、死なれては元も子もない。
「大丈夫だ。これくらいならな」
前にも言ったが、熱が下がるまでなにもできないのだ。
それに、護から伝わる感覚も、さほど強いものでもない。
実は、夕方にまた様子を見にくればいい、と、持ってきたものを取り上げた。
……が。
「実さん、なにか言っているぞ」
と、はじめが護の口元に耳を近づけた。
切れ切れに聞こえたのはうわ言だ。
「た、すけて? ……と言っているようだが?」
護にしては珍しい言葉だ。
実の表情が、不謹慎だとわかっていながら綻んだ。
「もう少しだ。我慢しろ」
優しく護の髪をかき分けて言った。
途端に、護の両腕が実の手を振り払った。
「バ、バカ。動かすな!」
しかし、痛みで声をあげながらも、護はまるで、なにかから逃げるように振り回している。
実の中に強い感情が流れてきたため、思わず自分の腕を抑えたが、それでも護の左腕を掴んだ。
「落ち着け!」
「触るな! ……オレに、触るなっ!」
尋常な暴れ方ではなかった。
恐怖心、嫌悪感……。
なぜ、いきなり思い出した?
「マモル! 目を覚ませ!」
「嫌だ! 触るな!」
ともすれば弾き飛ばされそうなほどの力だ。
それを抑えようと必死になっている実の様子も、どこかおかしい。
彼だけでは抑えきれない。
はじめは、咄嗟に護の足を押さえ込んだ。
「一体、……どうしたんだ」
その呟きに、ようやく実は、はじめの存在に気がついた。
そこにいたのはわかっていたが、暴れ始めた原因だと思い当たったのだ。
「おまえの気配に反応しているんだ。このままでは傷が開く。……出ていてくれ」
「し、しかし……君の様子も……」
見ていてわかるほど、左腕を庇いながら護を抑えているのだ。
そのうえ、必死に我慢をしているように顔が歪んでいる。
実は、噛み締めるように言った。
「出ていけ!」
そうまで言われては従うしかない。
はじめは、実を気にしながらも一気に力を抜いて足を抑えていた手を離すと部屋を出た。
その足で階段を駆け降りる。
乱暴にリビングのドアを開けると、そこには健と志乃が話し込んでいた。
「健さん、護さんが暴れているんだが」
「え? どうして?」
「わからない。いきなりだった。それで……実さんが抑えているが、もしかしたらさっきの組み手で腕を痛めていたかもしれん」
健たちは顔を見合わせたものの、
「もしかして……マモルは腕を動かしていなかった?」
と、まるで見透かしたように尋ねた。
「それは、こう……」
はじめが、護と同じように大きく手を動かす。
「ひどく動かしていたが」
「ミノルのほうはそのせいだよ。それにしても……」
考え込んでしまった健に、志乃が腰を上げる。
「俺が抑えてくるよ」
と言ったが、健がそれを止めた。
「いや、君は待っていてくれ」
健には思い当たることがあったのだ。
彼が、はじめとともに戻る。
二階に上がりながらの話によると、実に、自分がいるからだといわれたそうだ。
健はドアをノックして、返事も待たずに開けた。
なるほど、かなり暴れている。
それを、実が体ごとで押さえつけていた。
「ミノル、手伝おうか?」
「ダメだ。入ってくるな」
「けれど、その腕ではきつくないか?」
「構うな。暗示をかける。邪魔なんだ」
「そう」
あっさり引き下がってドアを閉めた健に、はじめが問い詰めたのは自然なことだった。
「いいのかね? それに……暗示とはなんだ?」
健は、一度閉じたドアを振り返ったものの、すぐに階段を降りて、だが、その途中で足を止めた。
壁に寄りかかり、上の段にいるはじめを見上げる。
「オレからは説明しづらいな。ただ言えるとしたら、マモルには覚えていてはいけないことがあるんだ。その記憶を封じ込めるために暗示をかけるんだよ」
「覚えていてはいけないこと?」
言い回しが微妙にややこしい。
ふと、健の顔が逸れた。
「人の記憶って、厄介らしいんだ。……忘れたほうがいい、と言える程度ではすまない過去を持っているんだよ。ミノルに任せるしかないんだ」
「だが、実さんの腕は……」
それには、健は苦笑するしかなかった。
「腕だけじゃないよ。……他人の感情が入り込むと言ったよね。今、かなり混乱しているよ。マモルも、どうして思い出してしまったのか……」
小さく息をついて、健は寄りかかっていた壁から離れた。
「かわいそうだけれど、ミノルにしか対処できないし、邪魔をするわけにはいかないんだ」
つまり、リビングで待っているしかないのだ。




