17
そこには、膝を折った護が窓にしがみつき、青ざめた顔を向けていた。
夕べのように腕を吊っていたわけではなく、ケガをしている左手には、やはり銃が握られていた。
「マモル!」
急いで駆け寄る。
「ダメじゃないか、起きてきては……」
「……」
何か言いたげに、健の腕を弱々しく掴む。
その目は、力がないながらもはじめに向けられていた。
「……トレーニングをしていたんだよ」
争っているように見えたのかもしれないと思って説明したのだが、護は、力なく健を押し退けると立ち上がった。
一歩、外に踏み出して、また足を崩す。
「マ……」
「ダメ……だ」
冷や汗が流れていながら無理に立ち上がろうとする彼を、健が支えた。
「何がしたいんだよ?」
「あなたは……ダメだ……。……オレが……」
「バカなことを言うな。ほら。部屋に戻るよ」
支えている体がかなり熱い。
まだ熱があるというのに、どうして起きてきたのやら。
気力だけで動けるわけがない。
意識が朦朧としている彼の腕を、自分の肩に回そうとした健から、はじめはさりげなく回り込み、さっさと背負ってしまった。
「護さん、君では役不足だよ。迷惑だ。……健さん、部屋はどこなんだ?」
「こっちに」
窓際に落ちていた銃を取り上げて部屋に案内する。
彼の部屋には、小型のクローゼットとベッド、それにサイドテーブルしか置いていなかった。
健たちが初めて会ったころのような、殺風景な部屋だ。
その頃は、健には想像もしなかった理由があった。
今のこの部屋は、どうせ長居する予定のない家だから、という理由らしい。
元々、物にすら執着のない彼らしい考え方だ。
ベッドに寝かせる。
息づかいが早く苦しそうだが、まったく意識がないわけではなく、護はうっすらと目を開けた。
「大丈夫か?」
はじめの横からの健の問いかけに、はっきりしない意識で微かに頷く。
「すまない……ミノル」
その、声にならないほどの小さな囁きに、健は苦笑した。
やはり間違えるのか……。
以前、護自身も言っていた。
実際の声はそれほど似ているわけではないのだが、志乃も今までに何度か、健と実の声を聞き違えていたのだ。
いずれも、寝起きのときや通信のときだというから、耳に曖昧に入るときに似てくるらしい。
ともかく、自分がここにいても何ができるわけでもない。
間違えられたついでだと、彼は実を呼びに行った。
サイドテーブルの上には、中の氷が溶けて水ばかりになった氷嚢が置いてあった。
それにタオル。
はじめは、氷のうを珍しげに取り上げた。
水が入っているということは、これで熱を下げていたのだろうと、勝手に解釈して護の頭に乗せる。
どうも、頭元にフックがあった意味すら理解できずにいるようだ。
「なぜ、ここまで無茶をするんだ……護さん」
呼び掛けていたわけではない。
単なる独り言だ。
しばらくすると、実がトレイを持ってはいってきた。
機嫌が悪いのが一目でわかる。
彼は黙って薬液と注射器を取り上げると、護の右腕にスプレーを吹き掛けて注射をした。
「ミ……」
「喋るんじゃない。起きるなと言ったはずだぞ。何がほしかったんだ?」
喋るなといった側から尋ねる実を、憮然と見つめたはじめだが、返事がないにも関わらず、
「今、持ってこさせるからな」
と、注射器をトレイに戻した彼に驚いた。
サイドテーブルの上、タオルの陰になったところに、なにやら小さな箱が置いてある。
そのスイッチを押して、実は話しかけた。
「エリ、スポーツドリンクを持ってきてくれ」
「……どうしてわかったんだ……」
「え?」
護の額に乗っていた氷のうとタオルをトレイに乗せ、実ははじめの呟きに振り返った。
「何が?」
「……何がほしかったのか、どうしてわかったのかと思ってな」
「どうして……? こんなにはっきり……」
言いかけて、目を泳がせたもののすぐに、
「そんなことか」
と、クスッと笑った。
ノーセレクトであるメンバーから見れば、今さら驚くゆな能力ではないという意識があったのだが、はじめがノーマルであることを忘れていた。
説明をするようなことでもない。
だから、
「大したことじゃないさ」
関心も持たずに答えただけだった。
納得できたような、できないような……はじめは曖昧に頷いた。
「それで大丈夫なのか?」
「自業自得だ。放っておけばいい」
「……本当に薄情だな」
実は、面倒そうに息をついた。
「あのな。ケガのせいで熱が出ているだけなんだ。安静にしていれば自然に熱は下がる。それまではオレだって何ができるわけじゃないんだよ。もっとも……」
そのとき、ノックと共にドアが開き、絵里が入ってきた。
「冷やしてあるものか?」
「常温よ。冷えていたほうがよかった?」
「いや、これでいい」
彼女は護を見下ろして、呆れたようにまた、実に向いた。
「言葉は正確にして。これで、なの? これが、なの?」
妥協するのと、希望のものとでは差があるのだ。
妥協ならば冷えたものを持ってくるつもりだった彼女は、実がさっさと取り上げてしまったため、彼の額を軽く叩いた。
「どっちなのよ?」
「これが、だよ。冷えていたらマモルにはきついからな」
二人とも、口を閉ざして見つめあってる。
というより、絵里のほうがなにかを待っているような感じだ。
そんな彼女を見下ろしていた実が、小さく首を振った。
「エリ、今さら言わせるな。君だって聞きたくはないだろう?」
彼女はそれでも待っていたが、やはり諦めたらしい。
「どうもそのようね。期待したあたしのほうが悪かったわ。……でも、マモルだけに留めておけるの?」
「やるしかないだろう?」
「言っておくけれど、あたしたちまで巻き込まないでよね」
彼は、苦笑混じりに言い返した。
「君のほうでなんとかしてくれ」
「……あたしがマモルに敵うと思わないでよ。……まあ、仕方がない。……いいわ。しばらくは近づかないようにするから」
「そうだな。そのほうがいい」
やはり今回もダメだったか。
一度でもいいから感謝を言葉にしてほしかったのだが、今の実は、本心どころか、メンバーにすら無関心な護の感情のほうを受け入れている。
気持ちの伴わない言葉など、聞くだけ無駄だ。
絵里はそれきり、はじめに目配せをして部屋を出かかった。
「あ……絵……」
彼女の後ろ姿に、言葉にならない声をかけたのははじめだ。
絵里が振り返る。
「なあに?」
はじめが、ベッドとドア付近と、距離の離れている二人を交互に見比べる。
小さな舌打ちとともに、実が言った。
「はじめ、大した話じゃない。気にするな」
それに対して、絵里がすぐに言い返した。
「言っている側から覗くんじゃないわよ。マモルだけにしてと言ったでしょう、ミノル」
返事は、軽く首を竦める仕草だけだった。
恐らく、彼らにしか理解できないことなのだろう。
柄にもなく気にしてしまったことに、はじめは自分で呆れながら彼女を見送った。




