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健たちメンバーの部屋は広く、窓は部屋のほぼ一面を占めている。
バルコニーがあるわけではないが、天井から腰辺りまでのそこは、日差しを取り入れるのに充分な広さがあった。
本館に面した健、実、隆宏と高志の部屋のそれは二重窓になっていて、間にスクリーンが挟まっている。
当然、開くようにはできていない。
他のメンバーの部屋は住宅街に向いているので、窓は開くがその代わりにスクリーンはなく、個人で気に入ったカーテンやブラインドが遮光に役立っていた。
健の部屋のスクリーンは、彼の故郷の北海道を思い出させる一面の牧草地だ。
なだらかに、奥に行くほど競り上がる草原には、ちらほらと白い花が見える。
青い空と、そこに同化している白い雲は、春を思わせる薄いベールのようだった。
ドアの横にあるスイッチでそのスクリーンを下ろしたのは実だ。
昼間の日差しを遮るつもりだったようだが、かえって景色の緑を鮮やかに通し、部屋を染めた。
とはいえ、ひどく目につくほどではなく、精神的に落ち着く色だ。
ドアに面した壁に横付けしてあるベッドに腰を下ろしていた健の隣に実が戻る。
ソファには四人が座るスペースしかなく、そこには隆宏と絵里が並び、対面には高志と夕子が占拠していた。
「試作の検査をしようと思ってね」
と、部屋の主である健が切り出したが、それならばなにもここで話さなくてもよさそうなものだ。
いつもなら三階のリビングか、ラウンジにいることが多いからなのだが、どうやらわざわざここを指定した理由があったらしい。
目配せをすると、窓際の机にいた護が、引き出しから小箱を取り出した。
すべて色が違うそれは、それぞれメンバーのイメージカラーになっているため、彼は誰のものかを迷うことなく立ち上がると、まず、白い箱を健に渡した。
赤が実、青が隆宏、緑を高志に、オレンジを絵里に渡し、ピンク色の箱を夕子に差し出した彼は、最後に黄色の箱を志乃に渡した。
志乃にすれば、それは少々不満のある色であった。
個人的には青が好きなのだ。
しかし、ノーセレクトの中でノーマルの居候の身では贅沢も言えない。
どうせなら黄色ではなくゴールドのほうがまだマシだ、と思いながら箱の表面を流し見ている。
それぞれが箱を開けるのを確認して、志乃は渋々と蓋を開けた。
「あ、ゴールド」
まるで、それは自分の不満をわかっているメンバーが気を使ったかのような、イメージ通りの色の指輪だった。
「こんな形にしたのね」
早速取り出して左手の薬指にはめたのは絵里だ。
結婚指輪に重ねるようにして手をかざす。
だが、これには苦笑するしかなかった。
ファッションよりも機能を重視しなければならなかったとはいえ、そこに彼らのイメージカラーまで条件に含めては、お世辞にも人に見せたいと思えない色と形なのだ。
ひと月ほど前に、護がメンバーの指のサイズを測っていた意味がこれでわかったわけだが、彼女はすぐに箱に戻すと健に言った。
「作ってから言いたくはないんだけれど……どうせならペンダントにしてほしかったわ」
「オレも予想外だったよ」
「あら、あんたのリクエストじゃなかったの?」
健は、自分の箱を開けようともせずに手の中で転がした。
「条件をつけたんだけれど……その結果がこれなんだよね」
この場合、彼の条件の付け方が悪かったと言える。
メンバーは、今でさえ通信手段として普段からブレスレットをはめている。
似合う、似合わないに関わらず、他人が装飾することに無頓着な健だが、自分に関しては、そのようなことは避けたかったのだ。
なるべく目立たないものでいつも身に付けていられるもの、という条件をつけられては、制作する側は指輪くらいしか思い付かなかったのだろう。
護が指のサイズをはかり回っていたときから嫌な予感はしていたのだ。
だが、そのときにはもう、文句をいうには遅すぎた。
更に今、絵里が指摘したからペンダントというアクセサリーもあったのか、と思い付くほど鈍い健には、作り直すという発想はおろか、提案すらできるほどの勇気もなかった。
「我慢……するしかないよな」
高志も、自分の箱を見下ろして呟いた。
彼自身にはアクセサリーの抵抗はないのだが、絵里が苦笑したとおり、いかんせん、デザインが悪すぎる。
ただ、夕子が彼らの様子を見回していたものの、最後の護を見上げてポツリと聞いた。
「指にはめていなければならないものでしょうか?」
声は彼の方を向いていたが、質問自体は健に向けられていたようで、すぐにそちらを振り返る。
思いがけない問いかけに健は、
「そういうことはないけれど、これだけ小さいものだとはめていなければ無くしてしまうよ?」
と、ため息混じりに返した。
どうやら全員が、健と同様に不評のようだ。
夕子すら、はめることに抵抗しているような質問をするのだと思ったのだが、どうやらそうではなかったらしい。
彼女は、健にわかるように護を指し示した。
メンバーの視線が集まる中、護は自分の服の襟に指を差し込み、ゆっくりと抜いて見せたのだ。
そこには、指に引っ掛かってゴールドの鎖があった。
その中心には、黒い指輪が下がっている。
「あっ、おまえ、いつのまに」
一番近くにいた高志が腰を浮かせた。
自分だけがそういう工夫をしていたのか、という愚痴をいいかける。
護は、微かな笑みを口元に浮かばせて引き出しを開けると、何も言わずにその中から長細い箱を出して高志に渡した。
さっそく開けてみると、護のものと同じ鎖が入っていた。
次々と引き出しから取り出し、手を伸ばす形で絵里に渡していく。
それを健や実、隆宏と夕子に行き渡らせて、彼は引き出しを閉じた。
「あら? シノの分は?」
彼のものを受け取ろうとした絵里は、閉じられた引き出しから護に視線を移して問いかけた。
護の視線は、志乃に向いている。
「俺はこのままで構わないよ。……っていうか、このほうがいい」
彼だけは、ゴールドという色が指輪として違和感のないものだったからだろう。
男がはめていてもおかしくないアクセサリーだ。
むしろ、服で隠すのはもったいないと言った。
相変わらず、護は志乃の心境をよく理解している。
志乃が健から、リーダー代理を任された頃、護はそのフォローを志乃から頼まれたと言った。
そのためには、彼を理解することを自ら決意していたらしく、今では阿吽の呼吸もかなり自然なものになっているようだ。
それにしても、と、本当に健は苦笑するしかなかっただろう。
護すら服の下に隠すほど不評だったとは。
もっとも今さらには違いない。
行き渡った鎖に満足しているメンバーに、彼は自分の分を脇において言った。
「地下の設備は正常だ。だから、この指輪がシンクロするかをテストしたいんだ。それで……一ヶ所、行ってみたいところがあってね。おまえたちがどうするかを聞きたいんだ。マモルには付き合ってもらうんだけれど、無理強いはしないから」
「場所によるわね、どこなの?」
いつの時代なのか、と聞かないのが絵里らしい。
もっとも、それも当然かもしれない。
健たちの間で、歴史上の人物などの話など、したことがない。
誰かに会いに行く、よりもどこかを見たい、のほうが彼らには自然だし、指輪の機能テストと限定している時点で、それしか聞きようがなかったためもあった。
だから健が、
「幕末」
と時代を限定したとき、彼女は、
「あら?」
思わず、隣の隆宏を見返した。
「ずいぶん危ないところに行くね」
隆宏が言葉を引き継ぐ。
たった一言で大半を察してしまう彼らの間では、健にはテストの他に目的があると確信できたようだ。
「どちら側に接触するの?」
先読みした彼に、健は指を下に向けた。
「やっぱりね。君らしいよ」
「それって、どっちなんだ?」
黙って聞いていた高志が問いかける。
右手と左手で、上と下を指しながらの質問だ。
漠然とした感覚しかわからないからでもあるが、更にそれ以上に首をかしげたのが志乃だった。
「タカヒロ、バクマツって、どこ?」
と、そこから尋ねてきた。