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レット16 国家と乙女

「今日もまた艦隊が到着したらしいぜ」

「いよいよ開戦か? さっさと遠くに逃げた方がいいんじゃねえか?」

「逃げるっつったってよ――」


 日暮れ後の『阿呆どもの胃袋亭』は、客で随分とにぎわっていた。

 一日の仕事を終えた人々が集い、次々と酒が消費されてゆく。

 気心の知れた連中とテーブルを囲んで騒ぐ者、賭けに興じる者もいれば、店の片隅のテーブルの、そのまた隅でローブを深く被ったままちびちびと酒を舐めている客もいる。 

 カウンターの中でリナシェイクの手伝いをしていたレットは、皿洗いが一段落したところでひとつため息を吐いた。


「休憩してきていいぜ」

「じゃあ、ちょっとだけ」


 甕から水をすくって数口飲んで、レットは『阿呆どもの胃袋亭』の裏口から外に出た。

 吹き抜ける夜風が頬に気持ちいい。

 放置されている木箱に腰を下ろして、レットは空を見上げる。

 橙色の大きな月が、ぽかりと浮いている。


 頭の中には、今日の昼ミアから聞いた話が消化できないままぐるぐると渦巻いていた。それはレットが知らなかった、衝撃的な物語だった。


  ※※※


 イルナの寝顔を見ながら、長い話になると前置きをして、ミアは語り始めた。


 現在エウラルト大陸に国家はエウラルト王国しか存在していない。

 けれど三百三十三年より前、この大陸の五分の四はトリヴァース帝国の領土だった。しかし戦争の結果、戦場となったその地は草木の生えぬ不毛の大地となり、トリヴァース帝国はこの大陸における領土を放棄、エウラルト王国が大陸を占有することになった。

 だが三百三十三年が経った現在でも旧トリヴァース帝国領に植物は育たないままだ。


 そしてエウラルト王国と旧トリヴァース帝国領との境に、ニール村のあるラフル山脈はある。

 かつてトリヴァース帝国領であったその山脈を奪い取るためにエウラルト王国が引き起こした戦い、それが三百三十三年前の大戦だったのだとミアは告げた。


 そして真視の乙女を手に入れたエウラルト国王は、乙女を後宮に囲い、男衆に後宮まで銀水を運ばせ、乙女の能力を利用することでエウラルト王国を繁栄させてきたのだと。


 乙女たちがニール村へと戻ることができたのは、先王の時代。

 今よりわずか三十年ほど前のことなのだという。

 当時の王妃マリーの提言により後宮が廃されたのだ。


 国は繁栄し他大陸との国際情勢に大きな問題はなかったということもあり、国王が真視の能力に頼る機会は減った。

 一時期は数名ほどまでに減少した乙女の数も、ゆるやかながら増加の傾向にある。

 だが、後宮を出た乙女たちは、今度は村に閉じ込められることになる。


 真視の乙女の能力がエウラルト国王の財産であることは変わらず、勝手にその能力を消費することは許されていないからだ。

 そして能力を使い果たしたあとも、国家の機密保持のため村から出ることは禁止される。


 そして真視の乙女のことを知っているのはごく限られた人だけであり、七年前のあの日、レットの父トーリオ・イリコルアは間違いなく国に関係する未来を知るためにニール村を訪れた。

 そしてその時未来を視たのはミアであったのだと、彼女は語った。


 さすがに、視た内容までは教えてくれはしなかったが。

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