レット13 五十三番地へたどり着く方法
レットとしては、疑うなという方が無理なことだった。
「偽物って、なにするわけ? 俺に似てる?」
「いや、似てない。だからおまえを知ってる奴は騙されないんだけどさ、知らない奴の中には騙された奴もいたな」
「騙すって、どうやって?」
「だからほら『俺はイリコルア家の息子だ、金はあとで払うから』って言って、前金だけ置いてあれこれ持って行くんだって。残りの金がいつまで経っても届かないからイリコルア商会に問い合わせるとそんなことは知らない、っていうオチ」
「それは……」
「ああ、騙される方も悪い。けど上等な服を着て、商売の話が上手くて、そいつと一緒に一度でも酒を呑めばみんなそいつを信じちまうくらい厄介な奴だったんだ」
それを聞いて、レットは複雑な気持ちになる。
確かに、ホークは行方不明で、ほとんどの人が死んだものと思っているから、現在、イリコルア家の息子といえばレットのことになるだろう。
しかし、本物よりもよほど商人らしいというのはどういうことだろうか。
「だった、ってことは、今はもういないってことなの?」
いつの間にかレットのすぐ傍まで来ていたイルナが首を傾げながら訊くと、ヒュムが「そう、そうなんだよ」と露台の上に身を乗り出した。
「なにがそうなんだよ?」
「そいつを捕らえて、役人に突き出したのがあのアーキュナスなんだ」
「アーキュナス?」
レットとイルナの声がぴたりと重なる。
「え、おまえら、もしかしてアーキュナスを知らないのか?」
ふたりは互いに顔を見合わせてからヒュムのほうへと向き直ると、揃ってうなずいた。
そんなふたりを、ヒュムが驚きの表情で見る。
「うっわ、うっわ……。なに、マジで知らないのか? うわ……」
「うわ……って言われても……。なに? 人の名前?」
「違うって。えーと、なんていうんだっけ、ああいうの」
「俺に訊かれても……」
「すげー集団なんだよ」
「だから、どうすごいんだよ」
「だからほら……正義のためなら命を賭すのも辞さないっていう――」
「おお、それはすごい……」
「――地下組織」
レットが感嘆した直後にヒュムの口から飛び出した単語に、レットは自分の耳を疑った。
「……え? もう一度言ってほしいんだけど……」
「正義のためなら命を賭すのも辞さない、地下組織」
「そ……それって、どうなんだ?」
レットは瞬きを繰り返し、首を捻った。
『正義』と『地下組織』というふたつの単語が、いまいち不釣合いな気がする。
「アーキュナスは、正義のためなら悪事に手を染めることも躊躇わない」
「それはダメだろ」
「それはダメでしょ」
レットとイルナが同時に突っ込む。
「ダメじゃないって。アーキュナスは弱いヤツの味方だから、権力に屈しないんだ。役人を敵に回してでも、自分たちの信念を守る為なら行動を起こすんだぞ」
「へ、へぇ……」
目を輝かせながら熱く語るヒュムを前に少々引きながら、レットは弱々しく相槌を打つ。
よくはわからないが、どうやらこの辺りにそういう集団が出没しているのだということだけはわかった。
「困ってるところを助けられたってヤツがもう何人もいるんだぞ」
「そ、それはよかったよ、うん。まあ、俺の偽物も捕まってなによりだ。そ、それじゃ、俺たち急ぐから……。元気でな!」
熱い語りに付き合う時間は、残念ながらない。
イルナに目配せして、レットはヒュムに簡単な挨拶をすると背を向けた。
「あ、おい!」
「な、なんだよ?」
ヒュムに呼び止められたレットは、まだアーキュナスについて語り足りないのかと思いながら渋々振り返った。
「なんか用だったんじゃないのか?」
ヒュムに問われ、レットは「あ」と声を漏らした。
ヒュムに声をかけたのは、顔なじみに挨拶をしたかったというのもあるけれど、それだけが理由ではなかったことを思い出したのだ。
「あのさ、五十三番地の占い師に会いたいんだけど、どこにいるか知らない?」
レットの問いを聞いたヒュムは数度瞬きしたかと思うと、にかっと笑った。
「……おまえ、ついてるぞ、レット」
「な、なにが?」
「この通りが古くからあるってのは知ってるだろ? 実は、随分前の区画整理の際にちょっとした手違いがあったらしくて、もう何十年も前から五十から五十五番地までは欠番なんだ」
「番地が欠番?」
「役人もこんな細い裏通りまではなかなか手がまわらないらしいな。だから、五十三番地はない――ことになっている」
「――ことになっているってことは、そうじゃないってことだよな?」
ヒュムがもったいぶった動きでゆっくりと頷く。
「五十三番地へ行くための方法はふたつある。ひとつは紹介状を入手すること、そしてもうひとつは見張りを納得させるだけの理由があること」
「見張り?」
「つまり、俺たちこの通りの住人のことさ」
ヒュムがどこか誇らしげに胸を張って告げた。




