三話
子供と言うのはやたらめったら物を拾う。大の大人からすればゴミみたいなものであろうとも、子供からすれば其れは宝物なのだ。
ワインのコルクも、綺麗に光る石っころも地を這う虫も、子供からすれば億千万の価値が有る。
わたしもそうであった。ポケットに色々な宝物を詰め込んで、母親に怒られたものだ。
だから子供の頃の私は腹巻に色々物を詰め込んだのだ。其処はわたしにとって秘密のポケットだった。
なぜこんなことを考えたかというと理由は目前の男にある。
翌々日、御日柄にも恵まれ、絶好のデート日和になった。二人+αで大通りを歩いき、色々なお店を冷やかしていたのだ。
その流れで服飾品店を訪れて、アルバート(仮)が子供向け腹巻を見つけて言い出した。
「これ似会いそう」と。
ちなみに王都では今、腹巻がブームだ。
女の子がお腹を冷やすのは体に悪いからという理由で大臣の娘が愛用していることから上流階級に広まったのだ。
それをトレンディドラマでも取り上げられたんだっけか。恋のおまじないで丹田の傍に好きな人の写真でも仕込むと恋が成就するとかそういうの。
一概に腹巻と言っても、オリハルコンの編み込まれた着心地最悪の最硬の腹巻、所々にスリットの入った防温性無しのファッション腹巻、臍出し衣装用の見せ腹巻、ちょっとした刺激で血糊の流れるドッキリ腹巻と多種多様だ。子供向けのも大人向けのもある。
全く失礼しちゃう。わたしはこんな子供用では無く、ちゃんとした淑女用の物を使っているのだから。
と云う事を熱弁していると、ふとアルバート(仮)の生暖かい眼差しに気が付く。
むずかゆくなってメイドの差し出した薄手の夏用腹巻を一枚買った。
そういえばアルバート(仮)は服とかどうしているのだろうか。入るサイズが無いからやはり特注なのだろうか、専門店の特大サイズなのか、それともまさかの手作りか。ついでにそのサイズは幾つか。
そう尋ねると予想外の答えが帰って来た。
「ケインズ裁縫店のオーダーメイドだ」
ケインズ裁縫店は王家御用達である。つまり、ものすごく高価であるのだ。しかも一見さんお断りだし、オーダーメイド何てよっぽどのことで。確かお家一軒建つぐらいに高額だったはず。
大丈夫かしら、山菜取りの時、泥団子投合しちゃったわよ、わたし。
「大丈夫だ。泥や水と言った汚れから、火球や水槍、風鎌といった魔法も弾く」
おお、其れは凄い。でも何故わざわざケインズ裁縫店なのか。家柄も最上級と云う訳でも無く、金持ちと言っても大富豪と云う訳では無いノグス家だったらもっと安値の所が有るだろうに。そう聞くと。
「全力で運動しても破れない様に幾つも魔法を付加してあるからな。其れが出来るケインズ裁縫店でないと駄目なのだ。でないと一々破ってしまうから、どうしても値が張る。だったら高額だが長らく使える方がお得だろう。コネも有ったし」
あ、そうですか、塵積ね。魔法関連の専門知識をわたしは持ち合わせていないが。ぐいぐいとアルバートの服の袖を引っ張る。これがわたしのお家と同額かぁ。
「紹介するか」
「要らないわよ」
紹介されても払うお金ないし。資金が有ったとして買うつもりは無い。だって今高価な服を買ったとしても成長によって着られなくなってしまうし。
今は小柄なわたしがいずれ大きくなった暁に買う心積もりなのだがわざわざ高価な服じゃなくてもいい。
それにわたしの手持ちじゃとても手の届かない値段である。思わず溜息を吐いた。
お昼は公園で食べる。お店で食べるのでもいいのだけれど折角なので作ったのだ。そう、これはわたしの手作りで在る。と言う事をメイドが説明すると。
「手作りかぁ!」
驚くアルバート(仮)に一言言いたい。一人暮らししていれば誰だって身に着くだろう。
王都では飲食店のバイトだってしたことが有るのだし。レシピ通りに作れば誰だってそこそこな物は作れるだろう。
すごく美味しい訳でも不味い訳でも無いお弁当をパクパク食べた。
食やすめでわたしの王都での生活を話す。やれ親友が如何に馬鹿な事をするのかだとか、学園の教師のカツラ疑惑についてだとか、わたしのバイト事情だとか。
と視界の端で公園の中心部の大樹に子供達が集まって何かを投げていた。
どういう事か聞き耳を立てるとどうやら球技をしていたら一人が暴投。結果ボールが木の枝の上に乗っかってしまったよう。
「少しいいか」
わたしにそういうとアルバートは大樹に近付く。とそれにひょいひょいと登ってあっと言う間にボールの引っかかっていた箇所に辿り付き、ボールを掴んで地に飛び降りた。
淀みなく行われた其の行為はわたしからすれば見慣れたものだが子供からすれば驚くべきことの様で。
ボールを受け取った子供は、手元のボールと大樹、アルバート(仮)を交互に見て。
「すげぇ」「どうやったの」「ぱないぱない」
アルバート(仮)はあっと言う間に子ども達の中に溶け込んだ。
纏わりつかれて何処か困った顔のアルバート(仮)だが嫌がっているわけではなさそうだ。それなら無理に引き離す必要も無い。
思わず子供に怖くないかと尋ねる。どう取り尽くってもこのアルバート(仮)は厳つい。
「そうでもない」「あったかい」「コリコリしてる」「たっかーい」
そう、あとそこの子供、鳩尾は急所だからゴリゴリしちゃ駄目よ。
そうしてもみくちゃになって立ち尽くすアルバートにチビッ子たちはしがみ付いて離れない。
それはまるで新手のアスレチックじみていて、自らの内に秘めた子供心がむくむくと鎌首を擡げる。ちょっとはしたないが子供たちの様にアルバートの背中に飛び掛かって。揺らぎもせずにアルバートはわたしを受け止め、顔も見ないで一言。
「君は重いな」
「は!」
「あ」
わたしは重くない、太ってなんかない。そりゃあ幼子と比べたら重い事に間違いはないが。だが婦女子にその言葉は厳禁だろう。
わたしではなく学生服が重いだけである。
諸々の鬱憤込めて蹴っ飛ばす、が駄目。まるで大樹の幹のように揺らがない。ダメージはまるで無い。だから舌打ちと共に逃亡した。子どもに纏わりつかれている以上、すぐには追ってはこられまい。
重くなんかないもん。
小柄でスマート((笑))な体型を生かして公園を飛び出し、行商人たちの間を擦りぬけて、路地裏に辿り着くころにはアルバート(仮)はすっかりわたしを見失っていたのか追いかけて来ていない。
当然カっとなって逃げだした訳だが、少しすれば怒りも収まる。割と理不尽に怒った自覚はある訳で。
それでも今現在も逃げ続けているのには半分くらい鬼ごっこを楽しむ心が有るのは否定しない。今頃あいつはどうしているのだろうか、オロオロしているのだろうかとほくそ笑む。
路地裏で荒い息をしてニマニマ笑っている今のわたしは不審だろう。
一息ついてそろそろ合流しようと歩を向けたわたしに。
「君がメアリちゃんか、聞いていたのとは随分違うけれども」
妖しいピエロが声を掛けて来た。先ほどまでの自分の事は棚に上げあからさまな不審人物に思わず距離を取ってじろっと見つめる。
「君にお願いが有ってね、僕について来てほしいんだ」
あ、変質者さんでしたか。しかもなんか名前知られてるし、うわぁやだなぁ。逃げ出したい気持ちを必死に抑え一つ問う。
「あの、其れって多分わたしでは無いです。わたしフィアーの方ですよ」
「知ってるさ、君がメアリ=フィアーちゃん、『血みどろメアリ』のお友達のね」
何故こんなことを言うかというと、わたしと同名のメアリがいるからだ。
と言うのも少し前の世代に有名なメアリ王女がいらっしゃってその方の名を頂いたのだ。だから私たちの世代にもたくさんのメアリがいる。だからメアリには『太っちょ』だったり『でっかい』だったり愛称が付く。そのうちの一人に大臣の娘メアリ=グローリエ、通称『血みどろメアリ』がいて、彼女とは親しい関係にある。親友といっても過言では無い。
そしてわたしはよく彼女と誤認されるのだ。髪の色だとか目の色が同じだからだ。
てっきりそれで間違えられたのだと思ったのだが違う様で。
「君は豊かじゃないほうの『鉄板メアリ』でしょ。怪我したくないよね。」
キレちまったわ!
ちなみによく豊かな方と豊かじゃない方と言い換えられるのだが。何がとは決して言うまい。
わたしが何度襲撃されてきたと思っているのか。目を見たら邪悪かどうかわかる。わたしを塵のような目で見ているピエロがろくな人間である筈が無い。
そんなやからに大人しくついていったところでお察しである。かといってわたしに戦闘能力など無い。
だから脱兎のごとく逃亡した。具体的にはピエロが怪我と言った時点で後方にダッシュしていた。
幼少期は野山を掛け吊り回ったこの健脚を見せてやらぁ。
増えた。ピエロが五人に増えた。
「「「「「めんどくさいなぁ、大人しくついて来れば痛い目遭わないで済んだのに」」」」」
嘘つけ、大人しくついて言っても絶対痛い目見たわ。
一人だけなら確実に二人だったら余裕をもって逃げ切れたのだが、五人となると流石に辛い。
数分ほどで追い詰められた。路地裏の袋小路で逃げ出す事など出来やしない。
ピエロの一人が懐からナイフを取り出してペロッと舐める。そうやって獲物の前で舌舐め擦りしていた、気色悪い。今のわたしは俎上の魚で、まさしく絶体絶命と言ったところか。
ただし今のわたしにはとって強い婚約者がいるのだ。
「すまん、間に合わなかったか」
「いや、ベストタイミングよ」
アルバートは空から降って来た、その少し後にメイドも。え?ちょっとおかしくはないかって?具体的には空から降ってきたって所?
逆に言うけど何でそれが可笑しいと思うのでしょうか。常人素手で岩なんて砕けません。砕けるって事はそいつが人間じゃないって事。じゃあ空を飛んでも可笑しくないじゃない(錯乱)。
ともかく、どうやったのかとかそれって私を背負ったまま出来るのかとか、色々聞きたいことはあるのだがそれ以前に言わねばならないことが有る。
「その、なに、えっと。さっきは悪かったな。不用意な発言で君を傷つけた」
「ごめんなさい、どう考えても悪いのわたしだから。ごめんなさい」
痛い、良心が痛い。子どもに紛れて飛び掛かって、子供に比べて重いと言われて怒って失踪、散々逃げ回って心配をかけた訳で。本当に心の奥底から申し訳ないです。申し訳御座いません。
「随分余裕ありそうじゃん、君たち。男の方にはメッセンジャーにでもなって貰おうかな。恋人を守れなかったらどう云う顔を見せるんだろうね」
「メッセージとして切り取った髪を送り付ける話だったじゃん」
「指だぞ、両手両足計二十本あるんだ」
「肉ダルマ君は此処で挽肉君に変えちゃおうぜ。メアリちゃんには手を出しちゃ駄目なんでしょ」
「女の方も生きて居れば良いんじゃなかったか」
「遊ぶのならメイドのほうにしろ」
ピエロも凄いのかもしれないけれども、大地を砕くアルバート(仮)よりは劣るだろうと彼を見る。
わたしと後からやって来たメイドを守る様に立つアルバート(仮)には何処か迷いが見られた。
何を躊躇っているのだろうかと考えてあっと察しが付く。
わかる、わかるわよ。周囲の被害について考えているのよね。全力を出して物を壊すのを気にしているのよね。
「全力でやってやりなさい、アルバート。どうせろくでもない奴等だわ」
「被害に関してはコネで如何にでも出来るわよ。いざとなったらわたしが責任とるから大丈夫よ」
「よく分からないけれど、小細工なんて使わない真正面から相手を打ち砕くのがあんたの持ち味でしょうが。相手がどうとか何人いるとか関係ないでしょ。全員ぶちのめしてしまえ、本当によく分からないけど」
「お嬢様、貴方という人は本当に」
なにやら感動しているメイドを置いておいて婚約者を真正面から見つめる。アルの顔にもはや迷いなど無い。
あのピエロは嫌いだ。気色悪いし不気味だし、言動からして叩きのめされても文句は言えないであろう。なにより人のコンプレックスを論って笑うなんて許せない、地獄に落ちてしまえ。
こくりとアルが頷いて、そしてその眼にも負えない速さで拳は振るわれた。
唯其れだけでピエロたちは崩れ落ちていた。相変わらず瞬きしているうちに全てが終わっていた。
「此処までだとは思ってなかったわ」
裏路地を道連れにして。
何処か薄暗かった其処は今では陽射しの入る風通しの良い空間に変わっていて。苔むした煉瓦は粉々に砕け去り、石路はひっくり返っていた。
「これは酷い」
わたしは思わずそう呟いた。