シーン数不明。タイトル『クライマックス』
ネタバレもネタバレの、書き直しのためにクライマックスから先に書いてます。
「行ってこいよ。『GO!』だ」
アキラはそう言って、僕の背中を叩いた。
意外と強いアキラの力によろけてしまった僕は、それでもそのまま走り出す。
迷いはなくなったわけじゃない。たぶん、このまま走り続けることを後悔してしまう日もあるだろう。
でも、僕は今、叫びたい。
「樹!」
アキラが後ろで叫んでいる。
「歌うのは好きか?」
そんな今さらなことを。と僕は思いながらも、叫び返さずにいられるわけがない。
「愛してるぜ!」
振り返ると、親指を立てて笑うアキラがいた。
そうだ、僕は愛してる。
僕自身が歌うことも、アキラの歌も、小向のことも。
愛してる。そう叫びたい。
その言葉自体は、誰かの借りものだって、今叫びたい気持ちは紛れもなく、僕自身の気持ちだから。
クソうるさい息が、絶え間なく口から漏れる。息なんてもうとっくにきれている。死ぬほど苦しい。というか、死にそう。
なのに、休もうだなんて思えなかった。たとえこの瞬間に心臓が止まってしまったとしても、きっと僕の足は動き続けるだろう。僕の口は彼女へ叫び続けるだろう。僕の手は彼女を求め続けるだろう。
つまりは、僕は無敵だ。
頭がくらくらしてきた。なのに、不思議な力がどこからか湧いてきているのを感じる。
ポケットから音楽プレイヤーを取り出して、君へのラブソングにどれがいいのか考え出す。
いや、選ぶ必要なんてない。
僕が君を想って歌う歌。そのすべてが君へのラブソングなんだ。
音楽プレイヤーの一番最初の曲を選択する。
お気に入りの一番上のその歌は、『ファイティングバード』だった。
その場所に君はいた。
僕を見て目を大きく開いている。
そしてその目が、僕を責めるように怒った時の君のそれに変わる。
「どうして来たんだよ!」
相変わらずの男口調の小向の言葉に、僕は思わず安心して笑みを浮かべる。
心臓が痛いくらいにうるさいのは、さっきまで走っていたからか、それともこれから君へ歌うことに緊張しているからか。
小向の眉がさらに釣りあがるのを見ながら、僕は必死に息を整える。
「俺のことなんて放っておけよ!」
放っておけるわけないだろう!
そう叫びたい気持ちはしかし、肺に空気が足りなくて出てこなかった。
でも、それでいい。
言葉だけじゃ足りない。もっとそれ以上に僕は彼女に自分の気持ちを伝えたい。
だから、MCを入れるくらいなら僕は歌おう。
音楽プレイヤーからイヤホンを引き抜く。マイクとベースが欲しい。ないものは仕方ないんだろうけど、そうすればもっと君へ、この気持ちを伝えられるのに。
まだ整ってない息で歌う歌は、とても不恰好で、自分でも笑ってしまいたくなるくらいに下手くそな歌。
でも、その詩にメロディに込められた気持ちは借りものでも、紛れもなく僕の気持ちだ。
一曲目が終わって、次の曲へ移ろうとしたところで、小向が叫んだ。
「バカじゃねえの!」
僕の気持ちは届かなかった。とは全く思わなかった。
伝わっているはずだ。
たしかに僕は、君への言葉を自分で考えられるほど、器用じゃないんだろう。歌詞なんてどっかで聞いた言葉の継ぎはぎにしかできないし、作曲なんてしようと思ったことすらない。
でも、僕にはこの歌がある。
こんなに苦しんだ。こんなに悲しんだ。こんなに嬉しいんだ。君を想うことは。
僕が君へ向ける感情。その全てを僕は歌おう。
二曲目が終わる。
君は俯いたままだ。
三曲目が終わる。
君は俯いたままだ。
四曲目も、五曲目も終わる。
君は俯いたままだ。
それでも歌い続ける。
君は俯いたままだ。
歌ってやるとも。
君は俯いたままだ。
喉が枯れてきた。
君は俯いたままだ。
声が出なくなり始めた時、嫌な想像が頭をよぎる。
君は俯いたままだ。
もう二度と歌えなくなるのではないか。
君は俯いたままだ。
僕は歌いながら笑った。
君は俯いたままだ。
でも歌うことをやめたくない。
君は俯いたままだ。
だって、こんなにも、君を想って歌うことが愛おしいのだから。
涙が地面にこぼれる。
僕の両目から、そして君の両目からも。
歌に君の声が混じる。
僕の枯れかけた声と、君の下手くそな声。
もう、言葉も、ましてやスキンシップなんて僕らの間にはいらない。
ただ、歌があればいい。
たとえ僕らが借りものだとしても構わない。
だって、今歌ってる歌は紛れもなく僕らの歌だ。
重要なシーンから先に書いていくつもりです。