シーン6
短いです。
その瞬間、伸ばした手が叩き落とされた。
顔を上げると、緩奈が微笑んでいた。
そしてさらに、緩奈の足が上がっていく。
――見えた。
そう思った瞬間、腹に衝撃。
蹴りだ。しかもパッと見た感じだと、空手をやっていたとか言っていた同級生がやっていた蹴りによく似ている。というか、それよりも鋭く、綺麗だったような気がする。そして白だった。
いつも人の顔色を窺うようにしていた緩奈の突発的な行動に僕が驚いていると、緩奈は叩き落された音楽プレイヤーを止めて、音楽準備室のほうへ歩いて行った。
なんだか、鳥嶋さんといい、緩奈といい、最近女性にギャップを感じることが多いな。なんて考えていると、その音楽準備室から、緩奈はすぐに戻ってきた。両手にドラムスで使うシンバルを持って。
その緩奈は僕を見て、微笑みを顔に浮かべた。
先ほどの蹴りを思い出して、僕は思わず腰が引ける。
「樹くん」
「はい!」
「手伝ってくれる?」
嫌だなんて言えるわけがなかった。
そうして緩奈に言われて、ドラムスをセットしていると、彼女は言った。
「私は残るつもりだから」
「え?」
意外……とまではいかないまでも、彼女は辞めると言ったメンバーに誘われて軽音部に入ったみたいなことを自己紹介のときに言っていたから、彼らが辞めるなら彼女もやめるんだと僕はてっきり思っていた。
「だって、ドラムは面白いもん」
「いや、それにしたってだいぶ練習厳しいし……」
というか、僕が厳しくしてたんだけど。
「あれくらいで厳しいって言っていたら、武道とかできないよ?」
と緩奈はちょっとずれたことを言う。
いや、武道と一緒にされても困るような気がするけど、というか、やっぱりさっきの蹴りは武道の技かなんかなのか……通りでまだ痛いわけだ。
「樹くんがあんまり情けないから、思わず手が出ちゃった」
てへぺろ、とわざわざ声に出して緩奈は言う。可愛く言っているが、やってることは普通に暴力なんだけど。
「というか、僕はもうや」めると言おうとして、目の前を風が吹き抜けた。
「まだ泣き言言うようだったら、今度は回し蹴りかな?」
「いやいや、もう言わない」
緩奈の繰り出す素振りならぬ素蹴りに、僕は慌てて言った。どう見ても足の先が僕の頭を狙っている。
でもスカートで蹴りなんか出すものだから、白いものがちらちらと見えてしまっていた。
「見たんだから、その分働いてよね?」
わかっていたなら、やめておいてくれればいいのに。そう思いながらも逆らうことなんてできずに僕は思いドラムを音楽室まで運ぶ。
「じゃあいつもみたいに練習しよう!」
「お、おう……」
運び終わったドラムセットに座って、緩奈は僕に言う。
そして彼女が叩きはじめたそれは、明らかにファイティングバードの「強がり」でしかなくて、僕は慌てて同じように弾き始めた。
「歌はー?」
相変わらず、初心者とは思えないドラムの腕な緩奈は、叩きながらも僕に野次を飛ばしてきた。
「わかってるよ!」
途中からだけど「強がり」のその歌詞を、僕は叫ぶ。
もう強がるのをやめる。そう一時でも決めてしまった僕にとって、その歌詞は共感できるものじゃなくなってしまっていて、恥ずかしに自然と声が小さくなる。
「樹くん!」
そんな僕に、緩奈は叫んだ。
「私の笑顔のために強がって?」
それは言葉だけなら告白なのだけど、いつもの彼女の微笑みが違う意味に見えてきた僕にとっては、その笑顔が自分が気持ちよくドラムを叩く事に聞こえてくるのだから不思議だ。
「あーもうっ!」
僕は思わず叫ぶ。やけくそだった。
強がるしかない。君が脅すから。
アキラみたいにかっこいい理由なんかじゃなくなったけど、僕は意外にほっとしていた。
僕はまだ、「強がり」続けられるんだ
十月二十六日執筆分はこれで終了。また明日書こう。