シーン1
やっぱり現代ものが一番書いてて好きです。
大きなあくびが出た。
涙が出そうになった目元を手の平で拭う。
まだ夕方だって言うのに、すごく眠かった。
「あんたねぇ……」
そんな僕の様子を見て、姉さんが呆れた様子で呟く。
「しょうがないじゃん。全く興味がないんだから」
姉さんにどうしてもと言われて着いてきたけど、すぐ目の前にある小さなライブハウスというところは、アングラな雰囲気を醸し出していた。
そんな外観に少しわくわくするが、それ以上にそこで行われるライブに僕は興味が全くと言っていいほどない。だから眠くなるのも、ある程度は仕方がないだろう。
「大体、なんで僕なのさ。音楽に興味がないのは知っているでしょう?」
「だからこの機会に、音楽にも興味を持ってもらいたいから誘ってるんじゃん」
ちなみに自分の分のチケット代は自腹だ。そこまで勧めたいならそういうのは払ってくれるもんじゃないのだろうか。
「ドリンク代は持ってあげるんだから、それで勘弁しなさい」
「そのドリンク代ってよくわからないんだけど……」
「チケット代とは別に、ワンドリンクは頼まなきゃいけないのよ」
そういうものなの。と言って姉さんは歩き出す。僕は慌てて後を追いかけた。別にはぐれたって何か問題が起こるわけじゃないけど、アウェイな場所であるここでは、たとえ姉さんとはいえ身近な人がいたほうが心強い。
受付で取り置き? していたチケット代と、それとは別にドリンク代も払って中に入る。狭い待合室みたいな場所にたくさんの人がいる状況は、通学のときの満員電車を思い出して少しうんざりするが、姐さんはそんな人ごみの中をすいすいと前のほうに進んでいってしまう。
「ちょっと待ってよ!」
置いてかれてはたまらないと声を上げるが、姉さんはふと立ち止まったかと思うと、
「絶対すごいから、楽しんで。特にアキラって人のファイティングバードがおすすめだから」
そう言って、なんか中学生の考えたようなバンド名を告げて、またすいすいと人ごみの中を泳ぐように進んでいってしまった。
姉さんはだいぶ人ごみに慣れているんだろう。当然、慣れていない僕はそんな姉さんについていけずに取り残される。
うわ、完全に置いてけぼり……。
自分から誘っておいて、あまりにもな仕打ちに帰ってしまおうかとも思ったが、チケット代で払った二千五百円を思い出して踏みとどまった。せめて一曲でも聞いていかなければもったいない。
ちなみにドリンク代は五百円だったから合わせて三千円のうち六分の一しか姉さんは奢ってくれなかったということになる。ドケチだ。
とりあえず周りを見渡すと、ドリンクを売っている場所らしきものを見つけた。
並んでいる人が受付で貰ったドリンクチケットを渡してドリンクを頼んでいる。
そうか、あそこで飲み物をもらうのか。
大きく『ドリンク』と書かれたチケットをポケットから出す。もう払ったんだから、飲まないと損だよな。うん。
そうしてチケットと引き換えで貰ったジンジャーエールを飲みつつ、立ち止まっても邪魔にならない端のほうでバンド名と曲が書いたチラシを眺める。
もうチケット代も払ったんだし、ある程度は楽しめるように努力しないと損だ。
そうしてチラシを見ていくと、姉さんの言っていたファイティングバードとかいうバンドは最後みたいだ。最後は一番上手いバンドがやることが多いって、これも姉さんから聞いたことがある。
「少しは、期待してもいいのかもしれないな……」
興味を持とうとそんな言葉を呟いてみるが、言ったとたんにあくびが出た。
やっぱり眠いな。音楽でうるさいだろうけど、どこかに座って寝ていようかな。
そんな風に思っていた自分が、恥ずかしくなる光景が目の前に広がっていた。
「すげえ……」
思わずそんな声が漏れる。
生の音ってこんなにすごいんだ。
ドラムの音が空気を震わせて、ギターの音に心を奪われる。その陰で目立たないけど支えるようなベースの音は心を燃やすようだ。
「すげえよ、これ」
考えてみれば今まで、音楽といえば姉さんの部屋から漏れ聞こえてきたものや、どこかのお店で流れているものだとか、そう言うものしか聞いたことがなかった。
そうか、これが生の音。
あまりの衝撃にフラフラと、いつの間にか最前列のほうに足が進んでいた。
そこで僕は見た。アキラを。
入れ替わりで出てきたその青年は、ギターを手にマイクスタンドの前に立った。
「待たせたな!」
そう、一言マイクの前で叫ぶと、辺り一面から歓声が上がる。
今日聞いた中で一番大きいのではないかと思うほどのその歓声に、僕が首をかしげていると、徐々に収まっていくそれと入れ替わりになるかのようにドラムが鳴る。
「いきなり飛ばしていく行くぜ!
ファイティングバード!」
タイトルとバンド名が一緒?
そんな疑問を持ったのも一瞬で、アキラがギターを鳴らした瞬間、そんなことを考えている余裕がなくなった。
おしくらまんじゅうのように周りの人が飛びあがりながら体をぶつけあっている。先ほどまで参加するつもりなんか毛ほどもなかったそれの一員に、僕もなっていた。
アキラの歌が始まる。
理不尽な世界に抗う一羽の鳥。
その鳥は全世界の希望をその背に抱えてなお笑う。
俺ならできるんだ。なら俺がやるしかないよな。
そう、俺がやらなきゃ誰がやる。
このくだらない世界をぶち壊す!
ヒーロー。そんな言葉が頭に浮かんだ。
アキラはヒーローだった。
その姿はカリスマとでも言うべき頼もしさで満ち溢れていて、この人なら……という希望を抱かせる。
やがて曲が終わって、上がる歓声の中で、僕も全身の力を込めて叫んでいた。
「いつき……樹?」
肩を叩かれて振り返ると、姉さんが僕の肩を揺さぶっていた。
「姉さん……」
「まさかモッシュに巻き込まれたの?
うわぁ、端っこのほうにいなきゃ駄目じゃん。すっごい汗だく……」
モッシュと言うのが何かわからないが、一つだけ言いたいことがあった。
「姉さん……」
「なに? さっきからぼうっとしているけど……もしかして、頭とか打った?」
「……ライブって最高かも」
姉さんは、変な顔して言った。
「やっぱり頭打ったでしょ」
Birds 三羽の鳥が当初のタイトルでしたが、第三章であるこちらから先に書き始めてしまったため、単体で投稿します。
第一章は「Rock on」第二章は「君のために歌う」です。
よろしければそちらのほうもご覧ください。
現在、一つにまとめないのは、加筆するか、そのままにするかで迷っているため、結論が出たらまとめます。