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盗賊と砦2


「それで?そんな酒場の主人が何の用?」


「国境のあちら側にある砦だけど、今日、事情があって中の人たちが戦闘不能になる予定だから強奪する権利をあげようと思ってね。初回サービスで無料よ。どうかしら?お仲間って訳じゃないんでしょ?あれの中にしばらくの食糧や武器が保存されてるのもそちらの物にして良いのよ?ねえ、どうかしら良い女の誘いよ?受けて下さるのが男の誠意ってもんなんじゃないのかしら?えぇっと、ロディルさん?」


 驚いた顔をする周囲の男たちの中で、男はマザーを睨みつけ、地面に落ちているもう一つの金貨を拾い上げる。


「・・・・良く喋る『情報屋』だな。何処で俺の名を?」


「それを答えても何の損得にもならないじゃない。ふふっ、色男が台無しね。で?どうかしら?無料サービス、受けて下さる気になった?あ、身元についてはちゃんとスチュワート領に問い合わせればちゃんとしてるって分かるわよ?」


 スチュワート領の中で何年か酒場を経営し、娘たちの成長もあり王都へと居を移し、酒場をまた始める。

 これがエディッドから出された『身元』という名の報酬だった。

 早馬を出していたのできっと夜が明ける頃には、酒場の跡地と近隣住民たちへの記憶が作られている筈だ。

 少しばかり頭領の男、ロディルは手にした金貨を眺めながら、はあっと息を吐いた。


「信用が足りねぇな、それに砦が戦闘不能になるってのはどういう事だ?」


 マザーは手にした金貨を投げ放つ。それは弧を描きながら落ち、器用にロディルが掴み取るのを見るとマザーは目を細めた。


「信用、お金で買えないかしら?これから長いお付き合いになるのよ?ついでにちょっとお願いもあるのよね。貴方たちって慎重派なタイプの盗賊じゃない?もしかしてだけど王都に獲物を売りに行くのにちゃんと顔が利くようにしてる人間を担当にしてるんじゃないかなって思ったのよね。どうかしら?砦でうちの娘たちが待っているから拾って一緒に王都まで連れて行って欲しいんだけど」


「・・・本当に良く喋る情報屋だな」


 手櫛で髪を整えてロディルは黄色の瞳で、周囲の男たちを見回すと、くいっと顎を動かした。マザーを注意しながらも彼らはゆっくりと剣を下し、鞘へと戻す。


「どうしてだ?」


 マザーの言葉に乗ったのだと男たちは急ぎ足で、洞穴へと走り出す。その背中を眺めながら、ロディルはそんな事を呟きながらポケットから粗雑に巻かれた煙草を取り出し口に咥えた。


「何がかしら?」


 呟きにマザーは微笑みながら返し、ポーチからそっと装飾の綺麗なライターを取り出した。

 カチャンと銀の蓋を開け、ジッと音を立て炎が芯から立ち上るとオイルの匂いが鼻を掠める。

 粗雑な煙草には使わせるのが勿体ないほどの物であり、人間だ。

 そんな事を一瞬思い、火が点いた煙草を咥えながら、我ながら馬鹿らしい、とくくっと喉を鳴らす。

 チャッと小気味良い音を立てて蓋が閉まった。


「スチュワート領から出てんだろ?普通に王都には入れるはずだ」


「ああ、だって私みたいな可憐な乙女と三人の可愛い可愛い娘たちが歩きで王都まで来てるのって違和感しか無いじゃないの」


 ヒールの所為で大柄なロディルよりも背の高いマザーを軽く見上げ、彼は今度こそ楽しそうに笑みを浮かべた。

 マザーが手にした金貨を投げ放った瞬間に、ロディルへと送られてきた殺気、畏怖を与えんとするその気迫。

 可憐なんぞ、良く言ったもんだ。

 隣にいるマザーの瑞々しい花の香りを若干忌々しく思いながら、紫煙を吐き出した。


「詳細は?それくらい教えろ」


「ああ、うちの娘たちが頑張ってくれてるだけよ?荷馬車はあるから人だけ貸してくれるかしら。あと朝食分のご飯は欲しいわねー」


「酒場はいつできるんだ?花くらい贈ってやるぞ」


「そうね、大体二ヶ月後くらいかしら。大部屋作って待ってあげるわよ、王都に入れる人たちで来てくれたら色々とサービスしてあげる」


 ぱちりと片目を瞑り、長い睫毛が楽しげに閉じられる。

 マザーはポーチにライターを仕舞うと、鈍い色の指先ほどの笛を取り出して吹いた。

 音もない、それはざざざ、と吹いた風に揺られて流れる。



 荷馬車の中で片膝を立て座っていたスヴィトラーナは、俯き閉じていた瞳を開き、顔を上げる。


「アンジェ、リン。マザーから知らせが来たぞ」


 荷馬車に繋がれていた馬は目的地に着いた時に、リークにより取り外され、彼が微妙な顔をしながらも乗り、その場から去って行った。

 残された荷馬車の中でアンジェラは鈴玉にこちらの大陸の文字を教えながら。スヴィトラーナは待機の姿勢で待っていた。

 彼女たちの母からの知らせを。


「アンジェ、目標の位置は把握しているか?」


「私を誰だと思って?そんな事を聞くの?筋肉女」


 ひゅば、と空気を裂きスヴィトラーナの右手が彼女を捉え、そしてその拳を相対するように差し出されたナイフにより金属音が鳴り響く、鈴玉は苦虫を噛んだような表情をしながら喧嘩をする姉たちを眺めて溜め息を吐いた。


「ほぉら、早くしないとマーマが来ちゃうよー」


 試験管のような小さな棒状のガラス瓶を腰のベルトへと差し、ポーチには色とりどりの玉と、小さな弓を背負った鈴玉は二人の姉に軽口をききながら荷馬車のそばにある木へとするすると昇った。

 その軽い身体は枝のギリギリまでを走り、隣の木へと移る。

 残された二人は顔を見合わせて拳とナイフを下げた。


「スヴィ、行きますわよ」


「言われなくとも」


 アンジェラはナイフを太腿に取り付けたベルトへと仕舞い、木と木の間か軽快に飛び移る妹の背中を追いかけるように走り出す。そして、スヴィトラーナも両方の手に嵌めたガントレットの内側の黒革を手に馴染ませるようにぎゅっと握り、金の髪を持った『どちらが妹なのか姉なのか』でいつも喧嘩をする家族の後ろを追う。


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