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マザーと三人の娘

 しばらく音も無く時が進んだ。

 金髪の少女が横の黒髪の少女と「あの方、どういたしまして?」「お兄さん、困ってるんだよー」と小声で会話しているのが耳に入る。

 そうだよ、困っているんだよ、と思いながらアレクシスは後ろにいるリークと同じような誤魔化し笑いを浮かべた。

 否、それしか出来なかった。

 コンコンと、その静寂をドアのノック音が打ち消す。


「私だ、入るよ」


 こちらの返答も待たずに入って来たのは白髪混じりではあるがアレクシスと同じ眼の色を持った優しげな中年の男性だった。

 その顔を見て、若干安心感を抱きながらアレクシスは立ち上がり席を譲る。

 ひらひらと目の前の彼は手を振って、笑みを深めた。


「エディッド様、お久しぶりねえ。奥方様が亡くなったとは聞いていたけど」


「マザー、お久しぶり・・・君は相変わらず、だね。すまん、アレクシス。人払いを頼む、リークはこのままで」


 父親の背後に控えるようにしていたアレクシスはリークへと目配せをする。ぱんっと一つ、リークが手を叩くと忍んでいた諜報部員たちの気配が消えた。

 普通の人間、多少腕の立つ武芸人にも、分からない程の隠密レベルの高い彼らの存在を認識していた彼女たちは本当に何者なのだろうか。


「鈴玉、表の眠らせて」


 マザーと呼ばれた彼の一声に、傍にいた黒髪の少女が一つ頷くと、軽快な足取りで扉を軽く開け、いつの間に用意していたのか手にした小瓶から香水のようなものを吹きつけるのが見える。

 ガチャガチャと鎧の音が響いた。


「マーマ、三十分ね」


 ぽてぽてと歩き、再びソファへと腰掛け、ニコニコと笑みを浮かべる姿は小動物のようで愛敬があるが言っている事は物騒である。

 三十分、きっかり眠らせたという事なのだろう。


「さて、色々と話したい事があるが・・・まずはお互いに初対面の人間ばかりだし、自己紹介からはじめようか。私はエディッド・スチュワート、この国の宰相だよ。はじめまして、君たちの母上とは帝国に大使として派遣されていた時に世話になってる・・・それで後ろにいるのが」


「息子のアレクシス・スチュワートです。諜報部の部隊長をしております」


「同じく諜報部、副部隊長のリーク・ブランシェです」


 アレクシスとリークの名を聞き、彼はゆっくりと頷いた後に、片目を瞑る。


「私はマザー。酒場の主人よ、年齢に関しては『乙女の秘密』ね」


「酒場の主人・・・?」


 思いも寄らぬ言葉に父親をちらりと見ると苦笑混じりに頷き、口を開いた。


「取り扱うのは美味しいお酒と色んな国の料理、それと、「秘密の小部屋と、情報と、ピカピカの金貨次第で何でも御提供」」


 途中から被るように、マザーが発した声にエディッドとマザーは目を合わせて笑い出す。

 そろそろ頭痛までしてきた、と思いながらアレクシスは溜息を吐いた。


「ほら、貴方たちもおじ様にご挨拶なさい?」


 カラカラと笑いながら、マザーはちらりと金髪の少女へと目をやる。

 彼女は立ち上がると、左の手を優しく胸元に宛て、にっこりと微笑みながら右手でスカートの裾を軽く持ち上げた。


「はじめてお目にかかりますわ。私の事はアンジェラとお呼びくださいませ。どうぞ、よろしくお願い致します、十六から十八歳だと思われます」


 その隣の白銀髪の少女は眉間に皺を寄せながら、ソファから立ち上がりビシっと両足を揃え、左胸に握った右手を添える。


「スヴィトラーナだ、よろしくお願い申し上げる。十六から十八歳だ」


 黒髪の少女は笑みを浮かべたまま、ひょいっとソファから立つと、ぺこりとお辞儀をして両方の手のひらを合わせた。


「おー、私は鈴玉、リンユーだよ。一番年少?多分十六?」


 人種の違う三人の娘はそれぞれに挨拶をし、再び座る。


「正確な年齢が分からないから見た目で大体なのよねー。アンジェラは帝国人、スヴィトラーナは北の山脈の民族の出身、鈴玉は東の移動民族の出身なの」


 そう言いながらマザーは愛おしげに三人の娘たちを細くした紫の瞳で見つめる。

 一つ、エディッドが咳払いをし、その顔から笑みを消した。


「で、本題だ。マザー、何だってこちらに亡命を?」


「友達が殺されたのを私のせいにしたのよ?しかもうちの娘たちは咎人の娘という事で奴隷にってあからさま過ぎるでしょ?だから、見放してやったわ」


 腕を組み、眉をひそませるマザーの姿は、そこまで酷く怒っているようには見えない。


「・・・ああ、マーシュが、帝国の王弟の嫡男が暗殺された件はこちらにも知らせは入っている。それと貴族院のトップが数名殺された件もね、こちらは君が?」


「友達の仇くらい取らなきゃ、女が廃るわ」


 そう言いながら、首飾りに嵌る透明な水晶のような石を撫でる。

 成る程。酷く怒って、恨みは晴らしてきたからか。

 二人の発言の妙な差はあるし、マザーとその娘たちがどれ程の実力の持ち主なのかは分からないが、どうにかして事実を受け止める。

 マザーはテーブルに置かれたハンカチをそっとエディッドへと差し出した。


「さあ、これは私がエディッド様を助けた証。あの時の報酬を要求しに来たわ」


 花が咲くような笑顔を見せ、マザーは頬の横で両手を合わせる。


「報酬か、ピカピカの金貨は?」


「通貨が違うことを考慮して宝石にして持ち込んだから、良い商人を」


「情報は?」


「宗教だけ教えてね?私みたいな乙女には生きずらい世の中かしら?」


「秘密の小部屋は?」


「酒場の主人は酒場をやるしか無いわよ。良い大工を紹介して、それと家と土地も紹介をお願いね。それと、私たちの身元とか作ってくれると嬉しいかしら」


 ふぅ、とエディッドが息を吐く。


「それは、骨が折れるな。要求が報酬を上回っているぞ」


「やーねぇ、ケチな男はモテないわよ?んー・・・そしたら、一つだけお願い事を聞いてあげるわ。今現在、私たちで出来る事だけになるから何をするかは限られているけど。どう?良い話だと思うけど?私、知ってるのよ。隣国からちょっかいかけられてるんでしょ?」


 クルクルと指先で空へ円を描きながら言ったマザーの言葉にアレクシスとリークは思わず、眼を見張った。何しろ、この国の中でも機密な話であったし、今の所は良い隣人関係を装っている筈であった。

 かぎ針のような形をした大陸の、その鉤爪の部分にあるハイデバル国は隣の大陸と一番に近く、その海流はモンスターもおらず独自の物流が成り立っている。

 隣の大陸はこの大陸と違いモンスターがいない。その海流とこの国の港はその恩恵を唯一、この大陸の中で受けていると言っても良い。

 それに目をつけはじめたのが隣国のヴィントリー王国だった。

 最初の頃は良好な関係だったが、今の代の王になりそれが変わり始めた、元将軍という事もあり政治軍事にも強く、あの手この手でこちらに介入をしてくる。

 心因性の胃痛持ちであるスチュワート家の血族たちはその対処に追われ、しまいには常に胃薬を常備している状態だ。

 隣の大陸にある帝国にそんな情報が流れているとしたらと考える、とアレクシスは思わずキリキリ言い出した胃の辺りに手を添えた。


「何で知ってるのかって?そんなの帝国に密書が来てたからに決まってるじゃない!上に渡る前に燃やし尽くしてやったら途中から来なくなったから安心しなさいな!一応、多少なりとも貿易関係にあったから帝国にお伺いを立ててたみたいよ。あの国はそれどころじゃないって言うのに」


「ああ、そこまででお願いだ、マザー。うちの息子が使い物にならなくなる。アレクシス、酷い顔になっているところで悪いが地図を持ってるだろう?出しなさい」


「あ、は、はい」


 アレクシスから四つ折りになった地図を受け取りエディットはそれをテーブルに広げ、ある一点を指す。


「マザー、この赤い線が国境なんだがな。樹海のこの位置、一応はあちらの領域に一つの砦がある。あちらさんが何を考えているかは分からんが、この砦に多くの武装した人間と、武器や食糧が運び込まれているそうだ。あれ何なんだ?って聞いたら盗賊の拠点で、今現在、長期交戦中でありこちらの国の事なので手出しは無用と来たもんだ」


「へえ、随分と怪しいわね」


 くあっと、マザーの隣に座る鈴玉が欠伸をした。

 咎めるような視線をアンジェラが流し、おお、こわいこわいと呟き、小さな肩をすくめる。


「だが、確かにこちらの国に今の所は被害は出てない。それとこの城にあちらさんの姫様と使者が滞在しているんだよ。もしこちらが武装した軍を送ろうとしたならば妙な方向に話を持って行かれてしまう可能性が無きにしも非ず」


「てゆーか、それでしょ。どう考えても」


「だよな。そこでだよ、マザー。盗賊が支配する砦が、盗賊によって襲われるのは良くある事だと思わないかい?」


「そうね、それは良くある事ね」


 ぞくりと背筋に寒気が走ったのを感じ、アレクシスはそっと対面に座るマザーと娘たちをちらりと見た。

 何も、何も表面上は変わりはしない。

 ただその顔に浮かび上がった微笑みは、彼らには血縁関係は無いというのに非常に良く似通った笑みだった。


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