二日酔いにはキツい訪問者1
久々に夜勤の無い夜を悠々と自室で希少価値のある蒸留酒を飲んでいたのが悪かったのだろうか、と諜報部隊の部隊長であるアレクシス・スチュワートはそんな事を思いながら部下の報告を受けていた。
普段、城勤めの女性陣に好評な薄いミルクティーの色の髪と緑の瞳を持った優しげな見目をした彼は似つかわしくない怪訝な表情を浮かべる。
「亡命者とか・・・ありえんだろ・・・」
思わず漏らした言葉に報告していた部下の口が止まる。
木製の落ち着いたデザインの机と棚には整然と資料と書類が納められ、愛用のガラスペンを思わずクルクルと器用に指先で回しながら、深緑の色をした詰襟の軍服に、同じ色のケープを羽織り階級を示す肩章には金の刺繍が施されたそれを身に纏う彼は目の前の部下を半眼で見返した。
「そう言われましても・・・しかし帝国の軍人という風には見えませんでしたし若い女を三人も連れているので諜報員という雰囲気でも無いので・・・」
四国に別れた大陸の中、カージス帝国は軍事力により他の国を圧倒し、その地位を高く確立していた。
それに反発したのが、グレン共和国とレイズ王国だった。二つの国は同盟を結び、カージス帝国には無い水場を舞台にした軍事力で圧倒的な差のある帝国と対等な戦をしている。
残ったリーネグルド国は、カージス帝国の背後で震えるお嬢さん。ひたすらに属国として帝国の目の色を伺っては媚びを売り、時にはお零れに預かる。
そして此処、ハイデバル国はその四国と海を隔てた隣の大陸にあった。特別な許可を貰った商会同士だけが大きな貨物船で多少の交易をしている。
それだけの、海を挟んだ国というだけの関係性だ。
確かに昨日、ユグルフト商会という隣の大陸では全土に支社がある商会が交易の為に来ていたと思うが。
「商会の船で入港したのか?人を運ぶのは禁じていた筈だが…」
「『騙されてた!してやられたわー!責任は儂にあるからのー!』とあの商会長が申していましたが、多分嘘だと思われますが」
「リークはあの爺の物真似がどんどん上手くなってるな。というか商会長本人が乗っていたのか・・・それはその場にいた人間では何も出来ないな・・・男一人に若い女が三人とは・・・亡命と言うからには貴族とかか?」
「あっ、いえ・・・何と申しますか・・・」
歯切れの悪いリークの言葉にピタリと回していたペンを止めた。
同じ軍服を着た白金の髪を持った小柄な彼は、手元の報告書から視線を外し天井を見上げる。
「身なりは豪華というか綺麗ですが、男・・・うん、男だよなぁ・・・」
「まぁ、いい。それで?元凶らしき父う・・・いや、宰相には?」
「先ほど、他の者を知らせに行かせましたが丁度、国王と謁見していましたので少しばかり時間がかかるかもしれません」
アレクシスは机の上に置かれた刺繍入りのハンカチに視線を落とし、ため息を吐いた。諜報部の一員でもある港の警備の責任者から父の名と共に提示されたそれは一般兵士の視界に入る事はなく諜報部へと届けられた。
カタバミの葉を模った実家の紋章が施され、その続きには父親の名が入っている。その下手・・・いや、癖のある刺繍は確実に昨年、病で亡くなった母のものである。
それを帝国の人間が何故持っているのか。
そして何故、亡命して来たのか。
「とりあえず、いつもの応接室に案内させたんだろう?様子を見に行こう」
執務室を出る。
白い大理石の床に赤の絨毯が敷かれ、日の光を取り込んだ廊下は明るい。
扉の両端に立っている騎士たちが、アレクシスの姿に背を正す。
すっと手を掲げる事で答え、絨毯の上を歩き出した。
「あーっと、まだあれ続いてるんですか?」
コソリと小声で前を歩くアレクシスにリークが話しかけると、彼は嘲笑混じりに笑みを浮かべる。
「名目上は護衛だが、誰と接点があるのかは監視されているんだろうな。諜報部など憎まれ役だ、正しきには疑心の目で見られ、悪しきには疎まれる。面倒な事だ」
「そういう世知辛い話をアレク様を慕うお嬢様方に聞かせないで下さいよ、色々と夢が壊れます」
そう言って肩を竦めるリークにアレクシスは思わず、目を細める。
宰相の息子であるアレクシスの直属として城へと入った頃から一緒にいるが同じ歳の割に背が低く、美少年という風体の割りに任務となると女、子供の顔さえも躊躇無く殴る彼には何も言われたくないものだ、と本気で思った。