【友葉学園】いつも見ているだけだった
「あ、あの! 私と付き合ってくださいっ!」
廊下の真ん中で急に告白の言葉が大声で鳴り響いた。たまたま横を通っていた俺や廊下を歩いていた生徒たちもどうなるのかと結果を楽しみに止まって待っている。だが帰ってきた答えはこうだった。
「は? 笑わせんな。誰がお前みたいな奴と連みたがるんだよ」
ふむ、いくらイケメンでも断り方ってものがあるだろう、それでは嫌われるばかりでもしこの先好きな人が出来ようものなら噂のせいで断られたりしちゃうぞ。
でも……
「やっぱ告白なんて上手くいかないよなー」
そう呟いて俺、稲瀬薫はブーイングをまき散らす奴らの中を横切って教室まで進んでいた。その時俺の目の前から生徒会長こと、二条院栞が歩いてきた。
俺は顔が赤くなり目線を下に逸らす、そして心の準備をして話しかけようと顔を上げた時、もうそこには二条院はいなかった。
「あ~……まあいい、次だ次だ!」
謎の決心をして問題を遠まわしにする。何を隠そう俺はあの生徒会長が好きなのだが上がり症なのか目の前にいると顔を見るのもダメになってしまい今のところ一言も話しかけられずにいる。それに俺は、ある大きなコンプレックスを持っていてそれのせいで普通の人としゃべるのも関わることも一苦労してしまっている。
「あ、薫! これ見てくれよ、新しいゲーム買ったんだ」
「お、おうよかったな」
「薫もやってみないか、すげえ楽しいぞ」
俺にとってこういうことが一番困るんだ。人の物には簡単に触れない。
「いや、最近はちょっと勉強に集中してるからいいよ」
「そうか、やりたいときはいつでも言ってくれよ!」
そう言ってあいつはクラスの端っこの方にいる男子の集団の中に入っていった。その後予鈴が鳴り授業が始まる。今日も生徒が当てられる時だけ寝たふりをしてやり過ごさないと言えないな。
また別の日の昼。俺は教室を出て屋上に行き(誰もいないと思って)誰からも見えない影で飯を食っていた。大体はいつもこうだ、できるだけ弁当箱とかを見られたくない。あと意外と俺も一人でいられる時間は好きなんだ、誰にも気を使わなくていいから助かる。
そう思ってちょっと急いで食い過ぎたと思いちょっと休憩がてら寝ながら外を見ていると屋上のドアが開く音がした。俺は隠れて様子を見る。こんなところに来るやつは少ない、よっぽど友達のいない奴か、失恋をしてこの世を去ろうとする奴か……
入ってきたのはこの前告白していた女だ。屋上の柵を乗り越え少し前に進む、完全に落ちる気満々じゃあないか!?
「お……!」
止めようと静止の声を出そうとするが喉が詰まる。俺なんかが助けられるのだろうか? と考える。俺みたいなただ廊下で見ていただけの奴の言葉で思いとどまるわけなんかない。誰かは言ってきてくれと願いながら俺はまた影の中に入っていった。
また、見ているだけだ。
女も勇気が出ないのかずっと立ちすくんでいる、その時今日二度目の来客が来た。頼む、あいつを止めてくれよ! と願うと見えたのはあの時振った男だった。
なんでお前なんだよ!! と叫んでしまいそうになった、このタイミングであいつなんかだったら後押しするだけだ。だがそいつは意外なことを言った。
「おいっ!! 何してんだやめろ!!」
暴言で振った女に対して自殺を思いとどまらせるような言葉、急にどうしたんだと思うと思うと男が女を引っ張り上げて会話をしていた。聞き耳を立てているとこんな会話だった。
「センパイ。やっぱそうだったんですね」
「……なんのことだ」
「……センパイ。普段からこうして悪態ついてるのって理由があるんですよね」
「っ……」
もしかしてあいつって、いい奴だったのか。こんな見てるだけで何もできなかった俺なんかよりも何倍もいい奴だったんじゃないか。後悔していると話が進んでいて女の友達が屋上から出てきて女をつれて行ったところだった。
「俺も、行こうかな」ともった時扉から音も立てず二条院が入ってきた。
俺は驚いてまた影に入る。このタイミングでなんで来たのか、ていうか二条院はあの男とどんな関係なんだ!?
男も二条院に対して驚きを隠せておらず二人で屋上から降りていくのを俺はゆっくりと眺めていた。
そして大きく後悔する、またずっと見ているだけでなにもできずどうしようもできなかった。自分への怒りと膨らみ過ぎた後悔が腕を勝手に動かし屋上の柵を殴る。すると柵はどれだけ脆いのかというほどに簡単に外れてグラウンドの真ん中まで飛んで行って落ちた。
あーやってしまった、これで三回目だ。
学校内でこれまでに二回ありえない器物破損が行われていた。一つは玄関のロッカーがすべて同じ方向に曲がっているということ、もう一つは教師の乗ってきた車(大きめの八人乗り)が逆さまにされていたということがあった。一つ目は人数を集めればできるかもしれないが二つ目はかなり専用の道具などを使わないとできない。だけど今のところその犯人はどこにも見つかってないという。
―なぜなら犯人は一人しかいなくて道具も何も使っていないのだから。
すべて元凶は俺、これが俺のコンプレックスであり異常な部分でもある。身長176㎝の平均的な身長に対し、体重は108㎏。だが体は肥満体ではなく引き締まっていて細身な方だ。つまり尋常ではないほどの細く強い筋肉が体中にある。
端から殴ったロッカーが勢いが弱まらずすべて折れ曲がるほどに強く、蹴り上げた車が空中で三回転して逆さまになって落ちる程に強靭な筋肉が俺には生まれつき備わっていた。
この筋力は悠々と物を破壊するから人の者は触れないし自分の物も気をつけていないとすぐに壊れてしまう。弁当箱も見られたくないのは箸や箱が全て合金でできているからだ。
教室に戻るとさっきの柵がすでに問題になっていて屋上はしばらく立ち入り禁止という話になっていた。これからどこで飯を食えばいいんだろう。
次の日の昼、しょうがなく俺は購買にいき飯を買って食堂で食べた。ここなら人が多いしちゃんと気をつけていれば俺の秘密はばれないから大丈夫だ。だけどどうも飯が喉を通らない状況に今陥っている。
――なぜなら目の前に二条院がいるからだ。
なんでこんなあまり人が来ない壁際の席に、しかも俺の目の前じゃないか……と考えていると二条院が俺の方へきて話しかけてきた。
「稲瀬薫くん、だったわね。ちょっと生徒会室に来てもらおうかしら」
「え? いや、あの……はい」
まともな返事もできず言われるがまま俺は生徒会室に行くことになった。ものすごく情けない俺を殴りたい気分だ……
「さて、単刀直入に聞くけど」
「な、なんですか?」
まともに顔も見れないけどどうにか目を逸らして返事をする。これじゃ悪いことをして呼び出された不良みたいだ。
「屋上の柵を壊したのはあなたでしょう?」
「へ?」
完全に不意を突かれて上手く反応できなかった。
「な、なんでですか?」
目が泳いでるだろうけど一応聞いてみる。もしかしたら見ていたのかもしれないけどなんでかは気になる。
「あなたにしかできないからよ、身長は平均的でも体重は異常に重いのに肥満体ではない。つまり信じがたいほどの細い筋肉質ということ、これほど規格外の体なら柵を殴るだか蹴るだかして壊すこともできるでしょ」
「ば……ばれてましたか」
「当たり前、私の肩書を知らないのかしら? 学園内の全てを掌握する知の魔王よ」
そりゃばれてるわけだ、どれだけ俺が自分のプロフィールを隠し通そうとしても全部情報が回ってるわけだ。
「まあみんなにはばらさないけどこれからは気をつけてよね、それじゃ」
「弁償とかはしなくていいんですか?」
これは一応聞いてみる。
「弁償させるとばれちゃうでしょ、あなたは脳みそまで筋肉なのかしら」
うっ、確かに頭は良い方ではないけどそこまで言われるとは……でもそんなところも含めて俺は二条院のことが好きなんだ。今は怒られてるから言えないけどいつかチャンスがあるはずだ、ここで会話が出来たのは一歩前に進んだ感じだ。
「失礼しました」
その日の放課後、屋上に忍び込んで俺が壊してしまった柵の方に近づいて罪悪感を感じる、たぶん弁償するのは犯人が解らない限り学校だ。名乗り出たら俺の秘密がばれるし名乗り出れない、無駄なところが真面目な性分だからか一層罪悪感が大きい。
ずっとここにいて誰かに見られても危ないからそろそろ降りようかと思って最後に屋上から見える夕日を見ているとかなり遠くで女性が集団の男に囲まれて路地裏につれて行かれるのが見えた。
――つれて行かれていたのは二条院だ……
助けないと、そう思うが足が動かない。なぜ動かないのかはわかっている、恐いんだ、俺は。相手が全員プロレスラーでも俺は勝てる、全員が凶器を持っていても負けることはないだろう。
それが恐かった。必要以上に傷つけるかもしれない、酷ければ殺してしまうかもしれない、制御できない力に振り回される毎日を思い出してそう思う。
でも!
自分の顔を思いっきり殴って気を確かに持つ。好きな奴が連れていかれた時追いかけて助けることもできない男になんかなりたくない。
屋上から飛び降りてベランダを足場にしてグラウンドに落ちる。全力で走ってさっきの場所まで30秒だ、実際は5分くらいかかる距離だったけど家の屋根の上やビルの屋上を足場にして路地裏の上の空中まで来た。下では二条院とチンピラが口論をしている。そのど真ん中に俺は落下していった。
「だ、誰だテメェは!?」
「いや、通りすがりの高校生だよ」
気絶させるくらいの力で腹を殴る、殺さないように、大きな怪我をさせないようにできるだけ弱くしているから一発じゃダメかもしれないけど一発殴っただけで壁に叩きつける程の威力だったら牽制になるだろう。
「テメェなにしてくれとんじゃぁぁぁ!!」
一人がナイフを出して俺の腹を刺してきた。チンピラ全員がニヤリとして二条院が口を開いたままヤバそうな顔をしているけどまったく問題ない。
『ナイフ程度の刃物』なんか通らない。
少しだけ違でているけどそれでもついた傷はカッターでなぞった程度だ。ナイフを取り上げて折って捨てる。
「ば、化物ぉ!」
ナイフを盗られたチンピラが逃げ出した。それに続くように全員が路地から出て逃げていく、初めてこんなに滑稽な瞬間をみた。いつも俺が滑稽だったからかな?
「大丈夫だったか?」
「あなたは服の下に鉄板でも入れてるの?」
「鉄板くらい硬い筋肉なら入ってるよ」
自嘲気味に苦笑いしながら答える、あっちが冗談を言ってきた感じ大丈夫そうだ。でもさすがに俺の方は疲れてる、いくらなんでもここまでダッシュは疲れた。
目の前がフラフラして尻餅をつく。すると二条院は駆け寄ってきてくれた。
「あなたは大丈夫じゃないのね」
「大丈夫じゃないよ、それに今以上近づかれたらもう無理かも」
「そうね、薫くんは私が好きだもの」
「ブッ!!」
また不意を突かれて次は灰が飛び出すほど息を吹いてしまう。なんだ、そんなところまで情報が回ってるのか!?
「なんで知ってるって顔ね、そんなもの私を前にしたあなたを見ていたらすぐわかるわよ。顔……真っ赤だよ?」
「ばれてるのか、じゃあもう言っちゃったほうがいいかな? 俺は二条院の方が好きだ」
「ありがとう、嬉しいわ。でも私は守ってあげないといけない人がいるの」
あいつか、大体察しが付くな。でも諦めきれない俺はもうちょっと押してみようと思う。
「今日みたいな感じかわからないけど、君を守りたいんだ」
守ってあげたい、この力はそのためにあるのだと俺は信じている。力を持っている人間はなにかを守るために持っているのだと、小学校のころの先生が教えてくれた。
「そうね、今日は守ってもらえたわ。でも私は守る立場の人間だもの、守られてばかりではいけないの……そうだ! 明日の放課後食堂に来てみなさいよ。あの冷酷な男の意外な一面が見られるからね」
「あいつが意外なところを、でもあいつは苦手だよ。見てて恐いんだ」
「いいえ、あなたは心も強くなったから、前のあなたみたいに勇気が出ずに心を引きこもらせていたあの子がしっかりと自分を表現できるようになったの、きっと楽しく話せると思うわ」
「そうか、じゃあまた明日……」
「あ、あと! 守ってくれたことは嬉しかったから、他に大事な人が出来た時に絶対守ってあげなさいよ」
その時の二条院の顔は赤かった、それを見るために振り返った俺の視界は涙でぼやけていたけど、その記憶が何年と経った今でもしっかりと残っている。
「しっかり守ってるよ、二条院……」
どんなことがあっても守りきると誓った俺の『新しい家族』は、今日も元気に暮らしてる。