02
さて、だ
私は今無事にセイルティ領に着くことができた。途中、馬車がガタガタと揺れることがあり舌を噛みそうになってしまったが無事に噛むことなく到着できた……のだが、ここからが本題と言うやつだ。
今この場に私の親族達がたくさん集まっているのだがな、なんとセイルティ領三男になぜか告白されている。私、見た目は女だけど中身は男なんだが、そういう趣味はないのだが?その三男は私と同じく齢5歳となる、餓鬼に興味はないんだすまんな、餓鬼じゃなくても相手にしないが……そこでふと考える、これ、どっちと結婚したらいいんだ?女?男?どっちも複雑だ、男と結婚するのがこの場合正しいのだろうが、中身は男だ、やめてくれ。女と結婚したら女同士だぞ?え、なにそれ怖い…。まぁ、どうせ結婚できるまで生きていられるかわからん身だからいいか。
「ネクロアーシュよ、お前がどうしてもっていうんだったら夫婦にならんこともないぞ?」
「……ははは、セイルティ領の三男坊は面白いジョークを言ってくれるんだね?」
「……うふふ、本当ですわぁ、私面白すぎて笑みがこぼれてしまいましたわぁ。面白いジョークですこと」
凄いな、目が笑ってない。三男ウザいな……お姉様とお兄様が三男、ことエドゥワールの横にぴったりくっついている。母も父もにこやかにそれを眺めカルワナイト家もアハトール家も微笑ましげにこちらを眺めてる、ふざけるなよ。
エドゥワールの事はお兄様とお姉様に任せるとして、私はどうしようか?このままなすがままもつまらないからなぁ…。
考えていてもしょうがないし、あたりを見回せばカラフルだ。あたりまえと言ったらあたりまえなんだけど……そのなか一人、離れたところで座って本を読みながら紅茶を飲んでいる女の人、というか少女。歳にして10代前半ぐらいであろう彼女は静かに、優雅にいた。
「なんだ我が妻よ、あの女が気になるのか?あの女はやめておけあの女はこの家系の出来損ないだからな」
「そうですわ、クロ……あの女はいただけませんわ」
「あの女はね、カルワナイト家の御嬢さんで……闇子なんだよ」
「闇子……」
まずお兄様とお姉様の口から「あの女」みたいな発言が出てきたのにも戸惑ったけど、エドゥワール、お前の妻じゃねぇよ。
闇子、闇子とは呪われし子供のことだ。この世界には魔物と魔族がいる。知性や理性がある方が魔族で見境なしに人を襲うのが魔物。まあ説明は苦手なので支離滅裂になるかもしれないが……とりあえず、私が知っている知識をまとめよう。
魔物は下級、中級、上級、悪級といて、下級になればなるほど倒しやすくなる。逆に上級になれば倒しにくくなる。そんな魔物の中でも悪級というのは、下級であれなんであれ、死の間際に忌まわしい呪いをかける。
それが『闇子の契り』と呼ばれるものである。近くにいる女性に憑りつき、その女性から生まれる子供を闇子にする。闇子はとある条件下で呪いを拡散させ、死に至る。と言うものだ。条件と言うのは殺されることだ。
自殺、病以外の方法で死んでしまった場合、闇子は呪いを拡散させ死ぬ。女性を近づけさせなければよいのでは、という研究者もいたが闇子の呪いは男性にも掛かる。その男性を媒介とし、女性を見つけると闇子をさらに増やすのだ。
とにかく、闇子は何もしないで放っておかれるのが一番幸せなのだ。悪い場合は自分から死にたくなるように、させられる場合がある。考えたくもない方法だが。
しかし、闇子を実物で見るのは初めてだ、生前……前世でも闇子を見てみたいとは常々思っていたが機会に恵まれずに見ることなく生涯を終えてしまった。クソ男め…、しかしまさか親族の中に闇子がいるとは思わなかった。
闇子は忌避されることが多いのでここにはいないと思っていたけれど……。しかし彼女はカルワナイト家のご息女なのか、通りで上品だ、だが、彼女が一人と言うことは母親は殺されてしまったのか。
闇子を生んだ母親はさらに闇子を生み続ける、なにもしなくても子供ができる。困るなぁ…、子供ができるまで30分の空白ができる。その間母親を殺せなければまた闇子が増えてしまう。だから母親は殺されるワケだ。
「へぇ…お名前は何と言うのかしら?」
「はぁ!?おい、何を考えているんだ、アイツはな、闇子で…」
とにもかくにも詳しくお話を伺いたい、好奇心に勝るものはなし!エドゥワールがなんか言ってるし、お兄様とお姉様がなんかぽかんとしてるけど構うものか、行け!めったにない機会だ!
カルワナイト家の当主……闇子、名前がわからないからこう呼ぶが、闇子の父が柔らかく微笑んでいて、母親が忌々しげにこちらを睨んだのは見なかったこととしよう。私は彼女の近く、テーブルの傍まで行く。
「こんにちは」
「……こんにちは」
彼女の声はとても綺麗だった。大きくないが確かにとおる声、芯がしっかりとして腹から声を出している感じ、そして涼やかで女性の声の代表を名乗ってもおかしくないくらいの、そんな声、そしてこちらを見つめるその黄色の双眸はお姉様の瞳よりも格段に美しかった。ごめんね、お姉様。
思わずこちらが固まってしまうほどの美貌、はらり、と肩から垂れる晴天の日の真っ青な空のような髪の毛……陶磁器のように白い、透き通った肌に薄く色づいた頬、少し戸惑いがちに微笑む口の形はそれはもう、素晴らしかった。一つの芸術作品を見ているようだった。すげぇ、綺麗だ。前世だったら惚れてた。
固まっている私に彼女は眉尻を下げて何か言いたそうにする。でもそんな彼女を遮るようにして私は呟いた。
「綺麗……」
シン、と静まり返る室内。全員の視線がこちらに集まる、彼女は気まずそうに身動ぎするが、その動作もどこか乙女らしくて感動した。何この人、女神を名乗ってもおかしくないです。闇子とか関係なくお近づきになりたい……こんな人が友人だったら、周りに自慢しまくるんだろうな。
ガシャン、と静かだった部屋に荒々しい音が響く。そちらを振り返るとカルワナイト家のご夫人がわなわなと震えていた。私は彼女に集中したいので静かにしてほしいのですが。夫人のそれを皮切りに、全員がざわざわと騒ぎ始める、夫人の肩を主人が抱いて宥めている。カルワナイト家の他の子供たちがこちらに冷たい視線を送ってくる。お兄様とお姉様が放心している。エドゥワールがアホみたいな顔をしている。母と父が面白そうにこちらを眺めている。アハトール家の人達が私をおかしいものを見るかのような目で見てくる、それぞれ様々な反応をしているが私は目の前の彼女の方が気になった。
「私、ネクロアーシュ・シュミントンと申します、お名前を窺ってもよろしいですか?」
「……スヴェトラーナ・カルワナイト、です。ラーナとお呼びくださいませ」
戸惑いがちに答える彼女の名前を聞いてテンションが跳ね上がった。ラーナお姉さんだね!
「そ、それではラーナお姉さん、私と遊んでくださいませ!」
今度こそ、全員が天を仰いだ瞬間だった。