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クランクイン ver.B

分かってても、最初から意識していた。






顔がタイプの彼がいるカフェバーにまた足繁く通えるようになり、名前も呼び合えるくらいにもなった頃。


その夜の私は、ちょっとだけ荒れていた。



「陽介くーん、カシスオレンジもらっていい?」

「いいけど珍しいね」

「そう?」

「日和ちゃん、ここ来て飲んでるとこあんま見ないから」

「まーね。今日は彼氏にフられた一ヶ月記念ですから。…とか言いつつただのお酒飲む口実なんだけど」



一ヶ月前。私は一年付き合っていた彼氏とお別れした。

理由はとってもカンタン。ズボラ症が祟ってしまったのと、浮気をされたのと。


彼氏が別れ話をする時に満を辞して連れて来たのは、私とは正反対の、彼氏に対して可愛くなるための努力を惜しまないような、それこそ女の子女の子した女の子だった。

まあ自然体で居すぎた私も悪かったけど、ちゃんと彼氏のことは好きだった。でも浮気しておいて散々に私を詰ってくるのを見たらそれも一気に冷めた。ので私は別れることに対して抵抗もなかったし、悲しくもなかった。


ただ…彼氏の新しい彼女に私の魔性の女センサーが反応していたから、懐を食いつぶされてしまえ、ざまあ見ろ、くらいは思ったかもしれない。



「え、日和ちゃん彼氏いたの?」

「陽介くんもそういうこと言うんだ。…そんなに私、男っ気ないかな?」

「そういう意味じゃ…うん、とりあえずはい、カシスオレンジ」

「ありがとー」



受け取ったグラスの中身を一口。あんまり強くないから、これぐらいが丁度いい。


その日はたまたまお客が少なくて、彼はずっと管を巻く私の相手をしてくれていた。完璧な相槌を打つ彼に機嫌を良くした私は、そのままグラスを三杯ほど空けて。



「一ヶ月経ったってのに、女友達はみーんな男運ないとか見る目ないとか散々からかってくるんだよ…もー、信じらんない」

「気にしなくてもいいでしょ。人の噂も七十五日って言うじゃん」

「早よ過ぎろー…七十五日…!……これでもムカついてんだよばかやろー」



いくらお別れに抵抗はなかったとしても、一応好きだった相手だ。それを馬鹿にしてからかわれるのは、好きになった相手のことを馬鹿にされてるみたいで嫌になる。冷めてもそこだけは認めたくない。浮気されたのは許さないけど、少なくとも私の前ではちゃんといい彼氏だったんだから。

純粋に私のセンスがないのを馬鹿にされるのも腹立つけど、図星だから返す言葉もない。それもまた地味にショックなんだけどな。好きで引っかかったり引っかからなかったりしてるわけじゃないんだもの。


世知辛い世の中だ。むしろ何か憑いてるのかもしれない。今度お祓い行こうかな。とりとめもないことをため息と一緒に吐き出して、カウンターへ伏せる。あーやばい。お酒も手伝ってちょっと泣きそうだ。



「日和ちゃんはいい女だよね」

「んー…?」

「俺なら別れた相手のことなんか、貶されたってなんとも思えないと思うけど。勝手に他の女に目移りして、別れるために全部自分のことを棚に上げて日和ちゃんを詰るような男でも、日和ちゃんはそれでもいい男だったって庇えるほど優しくて心が広いんだ。よっぽどのいい女じゃないか」



むしろ、彼氏の見る目がなかっただけなんじゃないの。


彼のちょっとだけ不機嫌そうな声色が、伏せた頭上から優しく降って来る。この人は今どんな顔をしてるんだろう。気になるのに顔が上がらない。…上げられない。



「日和ちゃんが自然体で居れるくらい気を許してたってことを、どうして気付けなかったんだろうね。そうするためにどれだけの勇気と相手への信頼が必要なのか、知らなかったのかな。…本当に勿体無いよ。その彼氏」



ホントに、こいつは。



「陽介くん」

「ん?」

「分かったからもういいです」



───勘弁してくれ。惚れるから。


酒入れて弱ってるところをこんだけフォローされて、あまつさえ勿体無いとかいい女呼ばわりなんかされたら。ただでさえあんたは私の好みな顔をしてるんだから尚更だ。



「日和ちゃん?」

「…なんでもない。陽介くんがそう言ってくれたから、なんかもうどうでも良くなっちゃった」



あれだけ長いこと管を巻いていた嫌なことも、全部全部払拭されてしまった。もうなんでもいい。

投げやりになったわけじゃないけど、ここに一人だけ理解者がいてくれてるからいいや。誰から何を言われてもへこたれる必要は元からないんだしね。


ようやく顔を上げる。突っ伏したままの私を心配してたのか、彼の目はまっすぐこっちを見ていた。



「今日はこの辺で帰ろうかな。陽介くんに話し聞いてもらってスッキリしたし」

「そ、そう?」

「?…大丈夫だよ。別に機嫌損ねたとかじゃなくて、ホントにいい気分で飲ませてもらえたから」

「ならいいんだけど」



彼はホッと胸を撫で下ろす。色々見てきてわかったけど、彼は変なところだけ気にしすぎる節があるみたい。ちょっと変わってる。


お会計をしてもらって、お土産にケーキを買って。彼に見送られながらほろ酔い気分で外へ出る。少し冷たい夜風も今は心地いいだけだった。




***




「弱ってる時にガツンとやられるとグラッとくるよね。多分あの時が一番効いたなぁ」

「そうだったの?ずっと顔伏せてたから変だなーとは思ってたけど」

「陽介のそういうところはホントにタチが悪いです。心臓にも悪いです」

「そう言われても自覚してないから治せません」

「知ってます」

「でもそこで引っかかってるのに自覚するのが遅い辺り、なんというか」

「鈍いって言いたいんでしょ」

「よくお分かりで」

「そう都合良く好みの男が降ってくるわけないと思ってたから、無意識に弾いてたのかもね」

「降ってきたじゃん」

「そう。だから私は果報者だなーって思うわけ」


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