名付け親
北斗が妖魔の王とほぼ互角に素手で戦っている。
「親父。本気出せよ」
月見が側で見て呟く。
「さすがに体に鞭を打つのはどうかと思ってな」
「北斗も本気だしていいんだぞ?」
『体固くなってるからほぐしてるの』
「ほう。まだ本気じゃないのか」
「ん?」
北斗がいつの間にか側にいたイクアを見る。
「おい。なんか召喚されたぞ?おい。こ、妖魔の王よ。魔術師はいるのか?」
「そういえば四男が捕まえているあの男、ハヤマという魔術師にどのようなことすれば魔力が復活するのか三女が調べていたような」
『はぁ?死ぬよ?最悪』
「やっぱりそうなのか。とりあえず四男止めてこい。実験した魔術師がいると言えば止まるだろ」
近くにいた妖魔に声をかける。
「ふにゃああああ」
北斗の真横に巨大な虎模様の猫が落ちてくる。
『おぉ。トラヤンだ』
「貴様ぁあ!」
猫が牙を剥き、北斗に口を向ける。だが北斗は遠慮なく殴って微笑む。
『殺されたいとしか思えないんだけど?トラヤン?伏せ』
べたりと猫が伏せて、しかしすぐに我に返ったのか離れて叫ぶ。
「貴様の詞が失ったのは宣告承知!貴様を殺してこの恐怖から逃れてくれよう」
『あー。俺はまだ死にたくない。まだ彼女作ってないから。美人の彼女作るんだ』
「ちょ!それ死亡フラグ」
秋の言葉など気にせず北斗は続ける。
『それでね、美人の彼女とキスするまで死ねないし。それから!』
「貴様を噛み砕く!」
北斗が持ち手のあるベルを取り出して鳴らす。
横に降るよう鳴らせばベルに釘付けの猫の体も一緒に動く。
『運動じゃあああああ』
ベルを上から振り落とせば、ベルが当たったように猫の頭が落ちる。
北斗のテンションが上がり始めた姿に月見は思う。
(とりあえず犠牲になってもらって落ち着いたところを取り押さえるか)
秋と空は魔術を使えと囃し立てる。
『使っていい?』
妖魔の王に許可をとる北斗は頷く妖魔の王を肯定と判断する。
「いいのか?」
「一度生で見たいと思っていたんで」
「この間の戦いで見ただろ」
「ホートの魔術はほとんど見えていない」
月見はそれで背中を見せたまま戦っていたなーと思い出す。
アトロールがエンリィを担いで降りてくる。
「なんだ?物見遊山なら上にいた方が」
「いや。詞の魔術師がどんな戦いするのかなって間近で見たくなるじゃないですか」
エンリィを下ろしながら言う。
「有名なのか?」
妖魔の王と月見が見てくる。
「有名ですって。天照の弟子であり、史上最高、最悪、最強で恐れられる、至高の魔術師とまで言われてんすから。まさかあんな悪童とは思いませんでしたけど」
「悪童?」
「こいつ北斗にいじられているから」
「俺のスーツの上着返せ!このがき!」
アトロールが握り拳を作って叫ぶ。
「なるほど。そういえばお前の香りは確かに戦闘のとは違うな」
「そうなんすか?」
アトロールが自信を見る。
「あぁ。魔力の臭いと人の臭いが混じった香り。そういう意味では魔術師に近い香りだな」
「まぁ。今生きている人生の大半が魔術師と過ごしているんでしゃーないと思いますけど」
「そういうものじゃないんだがな」
そう会話している間にも北斗は猫の攻撃を避けている。
「にゃあああ!」
猫の方がそろそろ機嫌が悪くなってきたらしく無意味に腕を振り回している。
『さて、そろそろやるか。避雷針』
ナイフを猫の胴体に投げると北斗の手に電流が走る。
『電光!』
上に上がった雷はしばらくすると地上に落下。そして猫の胴体にあったナイフへと落ちる。
「に、ぎゃああああ」
『動物虐待とか言うなよ。空。これは悪魔なんだから』
猫は煙を上げて倒れており北斗はナイフを取りながら猫に触ると消えていく。
「いや、動物虐待って言うかもう、殺害」
『殺せるかああ!悪魔を人の手で殺せるか!お前やってみろよ!殺せるなら百万ぐらいくれてやる!あいつら切っても切っても一瞬で治すんだぞ!』
「あ、そう」
『全く。元の世界に返すのだってしんどいのに。イクアで試すか?あぁ?』
「落ち着け。情緒不安定なのは知っているから落ち着け」
秋は冷酷に宥めると空を見る。
「つかお前イクア?っていうの?どういう関係?」
「?」
北斗が首を捻る。
『幼馴染み?友達?あぁ。主従関係もそう』
「まぁ、俺はこいつの家の守り神みたいなものだ」
イクアが北斗の足元に現れる。
「へぇ」
「もう一匹いるんだけどな。そっちは黒い。イクアって言うのは北斗にもらった名前だ。代々主人が変わるたびに名前も変えているし」
「何故にイクア?」
「んー」
北斗が思い出そうと頭を捻る。
「イクアってことは人の発音は、イハクかな」
「そうなのか?あぁ、そういえばホートはどちらの言葉も喋るな。発音が違うだけだが」
ぽんっと思い出したように北斗が右手の平を左手の拳で殴る。
『喋る獣だったからてっきり妖魔だと思ってイクアにしたんだ、本当はケイクアだったんだけど。最初の文字が聞こえなかったらしい』
「発音が違うんだ」
「そうだな。秋と空だって、親父、この二人の名前は?」
月見が秋と空を示せば洋間の王は首を捻る。
「ん?アキィとセアか?」
「空!」
「秋は惜しい!」
「とまぁ、違うんだな。ホートも人から聞けば北斗になるんだ。トーゼア家の二つ名は基本的に発音違いみたいだな」
「ふぅん」
「そっか、だからさっきから北斗、北斗って言っているのか不思議だったんだよな」
うんうんと満足そうな空に秋は北斗を見る。
「そうなのか?」
『多分そう。ただ、俺の名前はお祖父様が付けたって思い出した』
「へぇ、北斗おじいちゃんいるんだ」
「うんん、この人→」
ホワイトボードを見せて妖魔の王を示す北斗。
「「え!」」
全員が叫び、北斗は妖魔の王を見る。
『間違ってる?』
「いや、合ってる。ミナールはおじさん。お前はお祖父様と俺のことを呼んでいた。おじさんでもおじいさんでもどっちでも俺はどうでもいい。人間相手だと」
「あー。じゃあ俺はおじさんって呼ぶな」
「俺ならじいさんだな」
アトロールと月見が言い合う。
「お前ら妖魔は妖魔王と呼べ。人の王ではないし名前がないからそう呼ばせている。アキィとセアは好きな敬称で呼んでいい」
妖魔の王の発言に全員が納得する。




