トーゼア
北斗と名乗った少年が自分の腕を掴み、ナイフを壁に突き立てている。
「あぁ」
階段が抜けたのだと思いだし、少年を見る。
「北斗!無事か!北斗」
「親父様!」
「北斗!」
「ちょ、親父様を心配してやれ」
「親父なんてどうでもいい!北斗!」
下を見れば、まだ底の見えない闇が広がる。
「っ!」
体が揺れ、少年の姿を見ればナイフが下がってきている。
「上った方が早いか」
「北斗!返事してくれ!」
「当山は喋れないだろ!月見さん、落ち着いてください!」
「今からそっちに行くぞ!親父なんて捨て置けよ!」
「来るな、親不幸者の馬鹿め」
馬鹿息子に返事を返して一度目の壁への蹴りで少年の体を抱えて、二度目の蹴りで再び空へと上がる。途中途中で左右の壁を蹴って上へ登り続ける。そして数回繰り返すことで息子たちの顔が見える。
「退け!」
長男が慌てて顔を引っ込め、他の妖魔も離れていく気配に、安心して天井を蹴破って飛び出す。
「おー」
腕に抱えた少年が感嘆の声を上げ、手を叩く。地面に着地をしてから隣に下ろせば満足そうな笑みで見てくる。この勢いだともう一度と言ってきそうな雰囲気である。
「北斗。よかった!」
しかし次男が少年に抱きつくため、少年もまた次男にすり寄る。
あいつ重かった。などとホワイトボードに書かれた気がしないでもないが。
だた自分もそうだが妖魔は人の大人でも支えないほど体重が重い場合もあるため何も言わない。
今は消費した体力を座って回復する。
普段ならへでもないのに何故か大量に消費してしまい息が上がっていないのは幸いである。
何か仕掛けられていたのだろ。帰ったら新しいジムの用具が必須になりそうだと考える。
長男が不安そうに見てくると思ったら何時の間にか少年も覗き込んでくる。
「なんだ?」
「甘いもの好き?」
「嫌いじゃない」
その返答に肩掛け鞄の中を探り、大量のチョコを手一杯に渡してくる。
「助けてくれてありがと」
とりあえず一粒だけ受け取っておくことにする。
「頂くがチョコか」
「?」
首を捻った少年になんでもないと先程の穴を見る。
「お前はチョコ好きか?」
「まぁまぁ好き、アンコは嫌い。出されたら食べるけど」
「ほー」
「食べないと怒る」
「あれか?」
月見を示すが北斗は左右に首を振る。
「師と殺してしまった親」
その文字に背筋に寒気が走り、どういうことかを聞く前に戦闘の妖魔が首根っこをつかんで引きずり、離れたところで袖をめくって擦り傷を消毒している。
「チョコは思い出深い」
ぽつりと呟けば全員が見つめてくる。
「ところでバレンタインは知っているか?」
「え?親父、それを聞いてどうする。もう兄弟増やさなくて良い」
次男が落ちていたナイフを拾って少年へと渡す。
「違う。昔これと同じチョコを渡した男がいる。それの名はミナール。トーゼア・ミナール。妖魔と人の名を持った、俺が好きな人だ」
長男が額に手を当ててくる。
「熱はない。それとあれは、肉親でもある」
「まじ!」
「俺の弟と人との間に結婚してできた子孫だ。トーゼアは人の王の肉親でもあり、我らが同盟を組んだ理由だ。トーゼアのようなものがいるのだから、と」
「あんたが人の城に忍び込んだと聞いたが」
「そうだ。その時にはトーゼアは居なくなった。殺され、戦争に巻き込まれ、手を尽くして、人の王にトーゼアを探し出すために同盟を組んだ。それが数百年にも及ぶ影で戦ってきたものたちの戦いの終わり」
「じゃあ親父が折れたのか」
「元々同盟を組もうと前の王には言っていた。だが聞きやしないから唯一王族でまともな現代王に頼んだにすぎん。話し合ってあれを玉座から下ろしてようやく終わったかと思ったら、戦闘と魔術の虐殺だ」
「あれはあんたらが仕組んだことだろ?」
アトロールが怒りを隠して笑いながら聞く。
「違う。と、言っておこう。だが止めることはできなかった。おかげでトーゼアの手がかりは途絶えた」
「トーゼアってそんなに大事なのか?」
月見がしがみついて先に行きたそうな北斗の頭を撫でて止める。
「俺は大事だ。弟が自分の息子より可愛い」
「ブラコンなのね」
前にテレビで見た女優が呟けば歯を見せて笑う。
「病気を患っていた。あれは人の女と結婚して、父に追い出され、そして十数年後に亡くなった。そこから産まれた子供を可愛いと思って何が悪い。何よりミナールは俺との会話を進んで行った面白い人間だ。お前ら馬鹿息子より可愛いと思って何が悪い。人の子は脆くはかなくされど美しい。そう言ったのはミナールだけだ。トーゼア家がほしいと言ったら王の座もやる」
「俺なんのために」
「だが、あれは王に興味がない。あるのは自己の探究心のみ」
「で?親父はミナールってやつを探しに来たのか?」
「違う。トーゼアには現在二人の血筋しかいないからその二人を探している」
そう言うと立ち上がり、落ち着かない北斗の頭を乱暴に撫でる。
「さ、休憩は終わりだ。行くぞ」
「自由すぎるだろ!」
次男の言葉など耳にも入れない。
北斗は撫でられた部分触っている。




