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始発列車~出発進行!

汽車トレイン……魔女ステディ、ですか?」


黒煙をたなびかせ、大地レールを踏みしめながら汽車は走る。シュッシュと白い蒸気を吐きながら田畑を突っ切ると、まるで波のように緑が揺れた。その黒い車体に、雄々しい走りは緑の海を泳ぐ鯨のようだ。

その先頭車両、機関車の運転席内で、新米の機関助士は首をかしげて機関士に尋ねた。


「ああ、新入りとはいえお前も機関士だ。このあたりのことも知っとかねぇとな」


かかか、と豪快に熟年の機関士が笑いながら説明を続けた。


「このあたりではな、わざわざ列車を追いかけて飛ぶ、変わったチビスケがいるもんでな――」


彼曰く、いつの間にかやってきては、いつの間にか去ってゆく気まぐれ屋で、客や機関士関係無しに話しかけては、あろうことか商売を始めるちゃっかりした子……とのこと。

その話を聞いて機関助士は呆れたようにため息をついた。


「なんというか、切符トークンケチってまで客商売って……いい根性してるって言うかなんと言うか」

「かかか、まぁそう言う……なっと、慣れれば可愛いもんさ。お客も面白い話し相手ができて大うけだ。ほれ、お前も手を休めねぇで石炭くべろや」


機関士に尻を叩かれ、慌てて助士は窯に石炭をくべ始めた。

――そんな時。


「うおわ」


突然の横風に機関助士は顔をしかめ、目を瞑った。その瞬間、助士の帽子は飛ばされ、気がついた時には外にさらわれて、手の届かない後方にまで行ってしまった。


「ったく!何やってん――」


機関士が声を荒げると、助士はびくりと体を硬直させて頭を抱えた。また怒られると思いながら体を震わせて拳骨に備えるが、待てども待てども降ってこない。そっと片目を開けると身を乗り出したままの機関士が外に向かって「おーい、こっちだ!」と手を振っていた。


「お、お前。今日は運がいいな」


ニヤニヤと機関士は笑いながら「外見てみろ」と指を差した。

わけのわからないまま助士は身を乗り出すと、急に陰で覆われ、


「はい」


と、上から優しく何かを被せられた。

ゆっくりと上を確かめると、杖にまたがった人影。逆光と服装で顔がよく見えなかったが、徐々に降りてくるたびにはっきりと顔立ちがわかってきた。


「――っ!?」


思わず息をのんだ。少女がローブをたくし上げて素顔をさらした、ただそれだけで助士は絶句した。

幼いながらも整った顔立ちに、人懐っこそうな柔和な表情。瞳は青い光をたたえて、まるで空を映したようだった。その紅く艶やかな髪は風になびかれ炎のように波を打つ。年は8、9歳くらいだろうか、幼い風貌にもかかわらずその少女は口に手を当てて上品に微笑んだ。


「帽子の件は……あなた、新入りさんですね?それでは、初回サービスでタダにしますね♪」


弾むような声で、黒いローブの少女は助士の鼻にちょんと触れるといたずらっぽい笑みを浮かべて、客車の方に向かっていった。

助士は呆けた表情のままその様子を見送ることしかできなかった。


「おい」


不意に、助士の瞼の裏に火花が走り、頭には鈍い痛みを感じた。助士はハッと気がついたように機関士の方に慌てて振り向くと、機関士は面白いものを見たという表情で助士を見ていた。


「なっさけない顔しやがって、なーに見蕩れてやがる」

「なっ!?みみ、みとれてなんて!!?」

「かかか、その割にはおめえさんの顔にでっかい「ホ」の字が書かれてらぁ。」


言われて反論できなかった助士は、これ以上機関士に赤くなった顔を見られないように、顔を伏せて黙々と石炭を窯にくべる作業に移った。


「ま、でもあいつを狙うのはちと難しいかもな」


独り言のように機関士は呟いて窓の外――今は客車でおしゃべりをしている魔女に目を向けた。

……呟いた時、ぴくりと反応した助士の様子を見逃さずに。

こちらに聞き耳を立てていることを確認した機関士は、窓から身を乗り出して魔女に向かって叫び出した。


「おおーーーーい、ちびすけぇぇぇーーー!!!おめぇのファンが、また、増えたぞぉぉぉーーーー!!!」


身を乗り出していたとはいえ、狭い運転席の中で機関士の大きな声が響き渡り、思わず助士は耳をふさいだ。

耳鳴りが収まるまでの間、もう少し声を押さえてほしいと思いながら、助士はさっきの言葉を思い出していた。


(もう少し押さえろっての。ただでさえ響くってのに……ん?って、さっき)


ふとあることに気がつき、助士はその違和感を機関士に尋ねることにした。


「あの、親方。女の子に『チビスケ』はないでしょう」

「ん?ああ、いいんだよ、あいつは『チビスケ』で」

「『チビスケ』って……男の子じゃあるまいし。親方もデリカシーないというか……」

「かっ!チビスケに「ホ」の字のお前にゃ言われたくねぇよ、この『チビコン』!」

「な!?『チビコン』とはなんですか、『チビコン』って」

「ばっきゃろぉ!んなもん『チビスケ・コンプレックス』に決まってんだろぉ!それともあれか?おめぇは子供なら何でも行けちまうアレか?」

「んな!?そんなわけないでしょう?だいたい――」


運転席の中での二人の口論はどんどん激しくなる。普段からこの中は熱いのに、二人の言い争いも相まって汗だくになりながら舌戦を繰り広げていた。中の温度が上がるのに比例して二人の声もさらに大きくなり、運転席の中では二人の声がやかましく響く。


「ホの字ホの字って、だいたい僕にそんな趣味はありませんし、第一無賃乗車すれすれのケチケチした人間に御利益なんてあるわけないですし、客相手に商売するなんてずうずうしいにもほどがあります!!そんな迷惑極まりない人間なんてとっととお帰り願いたいものです!!!」


ぴしゃりと助士は言い切ると機関士はあっけに取られた様にぽかんと口をあけて頬をぽりぽりと掻いた。


「……なぁ」

「何ですか、親方」


助士はつっけんどんに返しながら黙々と石炭を入れる作業を始めた。石炭の山に荒々しくシャベルを突っ込む様を見る限り、相当怒っているようだった。


「まぁ、その……なんだ」

「何ですか親方?言いたいことがあるならはっきり言えって、親方も言ってたじゃ――」

「……あの、な。本人を目の前にして……よくそんなに言えるな……と思ってだな……」


そう言って気まずそうに機関士は助士の後ろを指さすと、助士はゆっくりと振り向く。

そこにはしょんぼりとした様子で助士を見つめる、幼い魔女の姿があった。


「あの……そんなに迷惑でしたか?」


魔女はそう言って潤んだ目で問いかけると、助士は凍りついたように動きが止まった。

運転席の中で、規則正しい蒸気の音だけが聞こえる。この中では真冬でも暑いくらいに熱が立ち込めているはずなのに、助士の顔は雪山に放り出されたかのように真っ青だった。


「ごめんなさい……ボクはただ、列車を追いかけるのが好きで、お客さんとしゃべるのが楽しみで……」


震える声で語る魔女はその小さな容姿も相まって、今にも消え入りそうなほど弱々しいものだった。

憎たらしく思っても相手は子供。今にも泣き出すしそうな魔女に、自分の大人げない態度で泣かせてしまったと、罪悪感に呑まれた助士はただ金魚のようにパクパクと口を動かすことしかできなかった。


「ごめんなさい。迷惑なようですから、ボクは……もう」


黒いフードをかぶって顔を伏せた瞬間、魔女の目からこぼれおちた涙を見て助士は慌てふためき、一気に魔女へと駆け寄った。


「ちょ、ちょちょちょちょ」


混乱してるためかうまく呂律が回らない。突然の助士の行動に驚いたのか、魔女は大きく目を見開いた。

はあはあと、息を落ち着かせて顔をあげて魔女を見ると助士は「うっ」と声を詰まらせたじろぐ。が、大きく息を吸って助士は一歩前に踏み込んだ。


「あ、あの!!」

「は、はい!?」


大きな声を出した助士に、魔女の体びくりと跳ねる。


「さささ、さっきのはそ、そのなんと言いますかその場の勢いというかついカッとなって言ってしまったというか……そう!列車が好きなら好きなだけ追いかけても――」


まくしたてるように言い訳を並び始める助士に今度は魔女がぽかんと口をあけてその様子を眺めていた。必死に取り繕う助士の裏で、機関士がいやらしい笑いを浮かべ、『あるもの』を指さすと……魔女も助士に気がつかれないように小さく笑った。

頭を抱えながら言い訳を考えてる助士に気がつかれないように魔女は近づくと、ゆっくりと『あるもの』に手を伸ばした。


「新入りさん♪」


弾むような声に反応した助士が顔をあげると、目の前いっぱいの魔女の顔。助士が顔を赤らめるか、驚くよりも早く、その顔はいたずらっぽい笑みを浮かべると、掴んだそれを「えいっ」と一声、一気に引っ張ると、


――『黒い鯨』は大きく蒸気の潮を吹き、雄々しく声を鳴らした。


連続した衝撃に頭が追い付かなくなったのか、助士は姿勢をピンと正し、目と口が大きく見開かれた状態で硬直した。

あがあがと何か声を発そうと努めている様子に耐えきれなくなったのか、助士の前後で大きな笑い声が響きわたる。


「かっはははははは!!ちびすけぇ、よくやった!!」


機関士が手首を聞かせたサムズアップに応えて、お腹を押さえて笑う魔女は人差し指と中指を立てて返した。


「あははは、親方がGoサインをくれたからですよ♪」


二人の笑い声の間で、少しだけ落ち着きを取り戻した助士は、助士の顔がボンっと、爆発したように一気に赤くして顔を手で覆った。


――ハメられた。


機関士は後ろの方で豪快に声を上げて笑い、前方の魔女はいたずらに成功した男の子が、嬉しくてたまらないと、全身で表す様に足もばたつかせてお腹を抱えて笑っていた。

そんな魔女の姿が憎らしく、文句の一つでも言ってやろうかと睨みつけるが、当の本人はこちらに気がついても特に悪びれもせずににっこりと微笑んだ。

トクンと、心臓が小さく跳ねる。小憎たらしいアンチクショウめ、どんな文句を言ってやろうかと考えていたが、その笑顔の前に並べていた言葉がすぅっと消えてゆくのを感じた。――ああ、参った、降参だ。この笑顔の前ではどんな言葉も意味をなさないと。

だから、


「は、はははははははは……!!」


自分も笑い返すことにした。思い切り、腹の中から笑い飛ばしてやれ、と。


「帽子、拾ってくれてありがとな」

「ふふ、本来ならお金を取るとこなのですが、一見さんと言うことでサービスしますね♪」

「はぁ……やっぱりずうずうしい」

「ふふ、何てったて『魔女』ですから」


二人して顔を合わせるとまるで合わせた様にぷっと噴き出した。


「縁があったらまた会いましょ~!」「もう二度と来るな『チビスケ』め」


その言葉と同時に魔女は列車から離れた。きっと違う列車へ移るのだろう。そしてさっきみたい列車にくっついて、人とおしゃべりしたり、からかったり、困らせたり……人を惑わせて無邪気に笑う、ずうずうしくもどこか憎めない魔女。そんな魔女はどんどん離れていって、気がつけばもうお目当ての列車を見つけたらしく、おもちゃを見つけた子供のように素早い動きで、文字通り「飛んでゆく」。

そんな騒がしいそよ風を、助士は機関士に殴られるまでずっと見届けるのであった。

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