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いちご†盗人  作者: 斉河
<第二部>
41/42

#An extra entertainment. Ⅲ(c)

 

 教会式が終われば、お決まりの流れで披露宴だ。

 俺はいわゆる業界人なのだが、しかし同業の招待客は仲間内以外にいない。

 結婚の事実を伏せているため、とかじゃあない。

 セリと籍を入れたのは未生が産まれるちょっと前。子供がいることも、そのときに公表済みだ。

 それで何故内々だけの宴にしたのかというと、ひとりでも呼べば『私も』と騒ぐ女がいるからなのだった。


――加恋。


 あいつは最近タチの悪いことに、兄貴に熱を上げている。それも、あちらから一方的に、じゃあなくて……。

 実をいうと、先に熱を上げていたのは兄貴のほう。

 なにやら昔、俺のところに尋ねてきた加恋と出くわし、一目惚れをしていたのだとか。(そういえば加恋も昔、ウチで兄貴を見かけたとか言っていたような気がする)


 本気で驚いた。

 だって、そのころまだ加恋は整形前で、今程整った容姿をしてはいなかったからだ。


 しかし兄貴は何の情報もなしに、加恋をそのときの彼女だと見抜いた。

 今も昔も変わらず綺麗だ、なんてぼんやり言っていた。

 で、それを噂で聞いた加恋が運命だかなんだか騒ぎ出して、……つまりほだされてしまったらしいのだった。

 あんな女が義姉になったら嫌だ。でも、それも時間の問題かなと、多少覚悟はしている。


「――おい董胡、ツラ貸せよ」


 セリがお色直しのために控え室へ戻ったので、俺はさりげなく通路の隅で電話を掛けた。


『あ? サプライズライブの打ち合わせなら昨日やっただろ』

「そっちじゃない。……わかってんだろ。わかってねえって言うなら今すぐ一発殴るぜ」

『口調が昔のおまえに戻りかけてるぞ。舞い上がっておかしなテンションになってんなよ』

「おかしいのは董胡だろ。桂木さんのこと、気付いてないならてめえの目は節穴どころか一個も嵌っていないのと同じだ」


 イミテーションならいっそ抉り出してやろうか、と言うと董胡は長く息を吐いた。


『……わかってる』


 でなければ困るが。本日、地味な服を着て隅っこにいる桂木さんは、セリの学友の中でも完全に浮いている。

 それはそうだ。ブーケトスにすら参加しないなんてどう考えたっておかしい。

 本当は、ここへ来るまで他人の恋路に首を突っ込むなんてするまいと思っていた。だが。

 そうも言えなくなった。


「セリが泣くのも笑うのも、てめェの行動如何なんだよ。このままの状態を続けるつもりなら、前歯ァ失うくらいの覚悟はしとけ」


 不甲斐ない親友の所為で、妻を悲しませておくわけにはいかない。今日は一点の曇りもない笑顔が見たいんだよ。

 董胡はもう一度『わかってる』同じことを短く言って息を吐いた。

 煙草の匂いが鼻をかすめる、錯覚。

 最近、吸う本数が増した。原因は彼の中の迷いにあるのだと、俺は思う。多分、決意まではあと一押しなんだ。


「夏肖ー!」


 呼ばれて振り返ると、セリがドアの隙間から顔を出していた。黄色っぽいドレスが、その下に垣間見える。

 慌てて電話を切った。昔の口調を聞かせるわけにはいかない。

 以前、桂木さんの元彼氏と一悶着あったときには、うっかり口を滑らせて怖がらせてしまったからね。


「どうした?」

「ね、未生はどうしてる? ちゃんと泣かないでいるかな」

「うん、心配ないよ。さっきチラッと見たけど理緒ちゃんと仲良く遊んでたし、奏汰くんもついてたし」

「そっか。……あのさ、このドレス、本当に大丈夫かな。思い切ってミニにしたのはいいけど、足、出過ぎじゃない? 傷跡はなんとか隠せてるけど」

「すごく可愛いよ。セリは何を着ても世界一似合う。見蕩れて一歩も動けなくなりそうだ」

「夏肖はいちいち褒めすぎなの! 意見が全然参考にならないっ」


 ぷいっとそっぽを向いたセリに、介添役の女性が「いい旦那さまじゃないですか」と使い古したような言葉でフォローを入れた。

 もっと言ってやってくれないかな。


 ***


 レモンイエローのミニドレスとフリルつきのヘッドドレスに装い直したセリは、小さくてふわふわしていて、まるで小鳥のようだ。

 連れ去りたい。三十分でいいからどこかに閉じ込めて独り占めしたい。

 ぐしゃぐしゃにして、めちゃくちゃにして、全身で可愛がってやりたい。

 と、言うのは当然叶わぬ願いで、俺達は時刻通り披露宴会場への入場を果たしたのだった。


「夏肖さん!」


 しかし、上司からの――つまり兄貴からの堅苦しい挨拶を聞き終えたところで、桂木さんが血相を変えて飛んで来た。

 何事かと思った。俺達は壇上にいるし、つまりどの席からも、……当然董胡からも丸見えになる状況だったからだ。


「すいません、あの、実は董胡さんがいなくなっちゃって」

「董胡が?」


 見れば、確かに董胡の席は空のまま、食事にも手を付けた様子がない。


「マネージャーさんの話では、緊急で何か買いに行ったとか……友人代表挨拶までには帰るってことらしいんッスけど、もうギリギリだし」

「何かって? 知ってるの、未知」

「知らないよ。持ち金じゃ足りないからって皆に借金して行ったっていうのは聞いたんだけど」

「借金……じゃあ煙草ってことはないんだね。それにしてもカードとか持ってなかったのかな」

「うん、あの人、恐ろしいほど現金主義だから」


 ふうん。

 セリは眉をひそめて深刻な顔をするけれど、俺は口の端で笑ってしまった。前歯は折り損ねそうだな。


「他の予定と順番を変えてもらうよ。安心して」


 言って、彼女の肩越しにカメラマンを呼ぶ。


「せっかくだから今のうちに、ふたりで沢山撮っておいたらいいじゃないか」

「夏肖、でも、あとから董胡が見たら……」

「大丈夫。多分、それは今日中に解決するから」


 ふたりは不思議そうに目を見合わせたけれど、レンズを向けられたら自然な笑顔を見せてくれた。

 感慨深かった。

 これまで、何度も泣かせてきたことを思うと。


 ***


 その後、俺達は友人代表挨拶を後回しにし、キャンドルサービスを行うことにした。

 ベタだし、恥ずかしいから嫌だとセリは直前まで逃げ腰だったが、親戚への挨拶を考えるとどうしても外せなくて、ほぼ無理矢理連れ回す格好になってしまって……。

 姿を消していた董胡が会場に飛び込んで来たのは、そのときだ。

 照明を落とした室内にバタンというけたたましい音が響き、正面のドアが両開きになる。

 両手を大きく広げ、背後に光を背負って立つそのシルエットは――まさに劇的だった。

 俺達の存在が霞むほどに。


「おい夏肖ッ、もう俺の挨拶は終わったか!?」


 しかも第一声がそれだ。


「……本人がいなかったんだから終わったわけがないだろ」

「そうか、よし、マイクはどこだ」

「は? 今、キャンドルサービスの真っ最中……」


 なんだけど。

 しかし止める間はなかった。董胡はさりげなくセリの友人の膝からナプキンを奪い、それで汗を拭いながら壇上へと向かう。

 そうして司会者から強引にマイクを奪取し、本当に挨拶を始めたのだ。


『――夏肖くんの悪友、永井董胡と申します。本日は誠におめでとうございます』


 あれだけデカい声で呼び捨てにした直後に“くん”をつけられても。空気を読もうよ、空気を。

 俺は唖然としているセリを引き寄せ、火をかまえたまま姿勢を正す。まあ、ここはひとまず見守ることにしようか。


『友人代表挨拶ということで、愉快な暴露話をいくつか用意して来たんですが、夏肖くんの意にそぐわないようなのでやめます』


 ポケットからこれみよがしにカンペを取り出すと、董胡はそれを先程のナプキンと一緒に丸めて、背後に投げ捨てた。

 そうしてマイクをスタンドから抜き、決意した顔で彼女の名を呼んだのだった。



『……未知、どこだ』


 

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