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碧眼  作者: 尾張太郎
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少年たちの日常

ヌルの一日は早い。朝陽が昇るよりも前、空がまだ濃紺に染まり、村の家々が眠りの中にあるころには床を出ると、水甕から柄杓で一口だけ水を飲み、短刀を腰に佩いて家を出るのが毎朝の日課だった。


盛夏はすでに過ぎており、昼間こそまだ暑さが残るものの、陽の昇らない早朝には肌を刺すような冷気が漂っていた。家を出た途端、薄着の隙間から入り込んできた冷たい空気にヌルは思わず眉をひそめたが、すぐに歩き始め、まだ人影もまばらな村の中を牛舎へ向かった。


ヌルの暮らす村はいわゆる開拓村で、何代か前の人々が森を切り拓き、少しずつ畑や牧草地を広げながら作り上げてきた小さな集落だった。家々も決して立派なものではなく、森から切り出した丸太を積み上げ、その隙間を泥で埋め、屋根には麦藁を厚く葺いただけの簡素な造りである。晴れた日にはそれなりに快適だったが、雨が何日も続けば壁も屋根も湿気を吸い込み、とりわけ麦藁の濃い匂いが家中に立ち込めるため、ヌルは雨の日になると窓を開けたくて仕方がなかった。


村の端に建つ牛舎へ着いて扉を開けると、それまで大人しくしていた牛たちが、ようやく餌の時間になったと分かったのか、一斉に低い鳴き声を上げ始めた。

「分かった、分かった」

ヌルはまだ眠気の残る顔でそう呟きながら柵を開け、牛たちを一頭ずつ牛舎の外へ出すと、その後ろについて村の門へ向かった。


森に囲まれたこの土地では、狼や熊といった野獣だけでなく、ゴブリンやコボルトなどの魔獣が姿を現すこともある。そのため村の周囲には環濠が掘られ、その内側を人の背丈ほどある木柵がぐるりと取り囲んでいた。もっとも、本格的な城壁とは比べるべくもない簡素なものであり、大型の魔物が本気で襲ってくればどれほど役に立つかは怪しかったが、狼やゴブリンのような相手なら十分な備えになっていた。


門を抜けたヌルは、朝露で革靴が濡れることも気にせず牛たちを連れて歩き、少し離れた牧草地へ向かった。そこは腰ほどの高さの柵で囲われた広い草地で、ヌルが入口を開けるや否や、牛たちは待っていたとばかりに中へ入り、朝露に濡れた青々とした牧草を食べ始める。最後の一頭まで入ったことを確かめたヌルは、指を折りながら何度か頭数を数え、逃げた牛がいないことを確認すると、大きな欠伸を一つしながら村へ戻っていった。


金色の髪に澄んだ碧眼を持つヌルは、十二歳にしては背が高く、同じ年頃の少年たちと並べば頭半分ほど抜きん出ていた。毎朝こうして牛の世話をし、家では薪や水を運び、時間さえあれば木剣を手にして身体を動かしているため、日に焼けた腕や肩にはすでに年齢に似合わない筋肉がつき始めている。顔立ちも整っており、村の少年たちの中へ混じっていても自然と目を引く容姿をしていたが、当の本人は自分の見た目にはほとんど関心がなく、朝起きて髪が跳ねていようが、頬に泥がついていようが、誰かに指摘されるまで気づかないことさえ珍しくなかった。


とりわけヌルが気になっていたのは、自分の暮らす村の外にどれほど大きな世界が広がっているのかということだった。村での暮らしが嫌いなわけではなく、家族も、幼いころから自分を知っている村人たちも、毎日のように歩き回っている森も好きだった。それでも村の外から旅商人がやって来れば、その荷馬車がどこから来たのかが気になり、遠くの山々や森の彼方を眺めれば、その向こうにはどんな町があり、どんな人々が暮らし、自分がまだ名前すら知らないどんなものが存在しているのだろうと、つい想像してしまうのだった。


家へ帰るころには空もかなり明るくなっており、家の中では父と母、それに兄がすでに食卓を囲んでヌルを待っていた。ヌルが自分の席へ腰を下ろすと、父は家族を見回してから両手を組み、いつもの祈りを唱えた。

「天の神々と地の神々に感謝します」

「感謝します」

残る三人が声をそろえて続け、それが終わるとようやく朝食が始まった。


食卓に並んでいるものは、いつもと大して変わらない。焼いてから何日か経ってすっかり硬くなった黒パンと、畑で採れた野菜を煮込んだ温かなスープである。ただし今日は珍しく、スープの中に細かく裂いた山鳥の燻製肉が入っていたため、普段より少しだけ豪華だった。


ヌルが硬い黒パンをスープへ浸しながら黙々と食べていると、向かいに座っていた父が尋ねてきた。

「ヌルは今日、どうするんだ?」

「ザックスと狩りに行ってくる」

「そうか。あまり奥まで行くなよ。気をつけてな」

「分かってる」

すると、その横でスープを飲んでいた兄が口元を緩めた。

「ということは、明日のスープに肉が入るかどうかはヌルにかかっているわけか」

「任せてよ」

ヌルが胸を張ると、兄は「期待してるぞ」と笑い、父も母もつられるように笑った。


朝食を食べ終えたヌルは弓と胡簶を背負い、狩りに必要な道具を確かめてから家を出た。村の門まで歩いていくと、そこにはすでにザックスが待っており、ヌルの姿を見つけるなり、いかにも待ちくたびれたと言わんばかりの顔をした。


ザックスは茶色い髪に、ヌルと同じ澄んだ碧眼を持つ少年だった。背には使い慣れた弓と胡簶を背負い、腰には獲物を仕留めたり解体したりするための狩猟用の短刀を差している。村で代々狩人を務めてきた家の長男であり、ヌルより一つ年上の十三歳になる。父親について幼いころから森へ入ってきたため、細身ながら身体はよく引き締まっており、とりわけ弓を引き続けてきた肩や背には、同じ年頃の少年よりもしっかりと筋肉がついていた。

「遅いぞ、ヌル」

「いつもどおりだろ」

「俺はずっと待ってた」

「お前が早く来すぎなんだよ」

そんなふうにいつもの軽口を叩き合いながら、二人は村の門を抜け、並んで森へ向かった。


村を離れ、畑や切り株の残る開拓地を越えた先には、それまでの明るい景色を拒むかのように深い森が広がっていた。天を覆わんばかりに枝葉を伸ばした木々が陽光を遮っているため、まだ朝だというのに森の中は薄暗く、湿った土の匂いが漂っている。しかし幼いころから何度も足を踏み入れてきた二人にとって、それは恐ろしい場所というよりも、むしろ慣れ親しんだ遊び場であり狩り場だった。


森へ入ると、自然とザックスが前へ出て、その数歩後ろをヌルが歩く形になった。森の歩き方や獲物の痕跡を見つける技術については、狩人の父親から幼いころより教え込まれてきたザックスの方が遥かに優れており、ヌルにはただの泥や折れた枝にしか見えないものからでも、どんな獣が、いつ、どちらへ向かったのかを読み取ることができた。


森へ入って一刻ほど経ったころ、先を歩いていたザックスが突然足を止め、その場へしゃがみ込んだ。

「これはまだ新しい足跡だ。猪だな」

ヌルも隣へしゃがみ、ザックスが指差している場所を覗き込んだが、そこにあるのは自分にはただの窪みにしか見えなかった。

「いつもすごいな。新しいかどうかなんて、どうやって分かるんだよ」

「足跡の中に落ち葉がほとんど入ってないし、縁も崩れてないだろ。形もくっきり残ってる」

「分かんないや」

「まったく……」

ザックスは苦笑しながら立ち上がると、背負っていた弓を手に取り、それから地面に生えていた草を何本か引き抜いて宙へ落とした。細い草は風に乗り、二人の背後へ流れていく。

「よし。俺たちが風下だ」

ヌルは大きく頷き、それから二人は声を潜め、足音を立てないよう慎重に猪の痕跡を追い始めた。

しばらく進むと、前方から水を掻き回すような、びちゃびちゃという音が聞こえてきた。二人は顔を見合わせ、さらに足音を殺しながら木々の隙間からそっと覗き込むと、その先にある小さな泥溜まりで、一頭の大きな猪が気持ちよさそうに泥浴びをしていた。


二人は言葉を交わすことなく、それぞれ胡簶から矢を一本抜いて弓につがえた。先に構えたのはヌルで、弦を耳元まできりきりと引き絞り、狙いを定めて指を離すと、放たれた矢は枝葉の間を抜けて猪の前肢の付け根、肩甲骨の辺りへ突き刺さった。


猪は甲高い悲鳴を上げると、痛みと驚きから猛然と駆け出した。しかも運の悪いことに、その進行方向にはヌルとザックスがいる。

「こっち来るぞ!」

ヌルが声を上げたときには、すでにザックスが弓を引き絞っていた。


迫ってくる猪を前にしても慌てる様子を見せず、ほんの一瞬だけ狙いを定めると弦から指を離す。放たれた矢はまるで吸い込まれるように猪の眉間へ突き刺さり、巨体は勢いのまま数歩進んだところで前脚から崩れ、地面へ倒れ込んだ。

「さすがだな、ザックス。本当にすごいや」

ヌルが素直に感心すると、ザックスは嬉しそうな顔を隠すように鼻の下を擦った。

「たまたまだよ」

「眉間に当てておいて、よく言うよ」

二人は笑いながら弓を背負い直し、倒れた猪へ近づいた。

「ここ最近で一番の大きさじゃないか?」

「そうだな。これなら村の子供たちも喜ぶよ」

「さて、やるか」

「おう」


この村には、獲物を解体する前に必ず行う古い習わしがあった。それは仕留めた獣の尾を切り取り、土の中へ埋めるというもので、尾を大地へ返すことで獣としての生を終え、再び命を授かるときには尾を持たぬもの、すなわち人として生まれ、今より幸せな生を送れるよう地の神々へ願うのである。


ザックスが短刀で猪の尾を切り取ると、ヌルは近くの柔らかな地面を掘り、そこへ尾を横たえて静かに土を戻した。それから二人は並んで両手を前へ差し出し、手のひらを大地へ向ける。この地方では天の神々へ祈るときには手のひらを空へ、地の神々へ祈るときには大地へ向けるのが古くからの作法だった。


二人は目を閉じ、幼いころから何度も唱えてきた祈りを声をそろえて口にした。

「地の神々よ、この尾とともに獣の命をお納めください。再び命を授かるとき、幸多き生を送れますように」


祈りを終えると二人は目を開き、そこからは慣れた手つきで解体の準備へ移った。猪の後肢を縄で固く結び、二人がかりで太い枝から吊るすと、首筋へ短刀で切り込みを入れて血を抜き、十分に放血するまでしばらく待つ。


やがてヌルが腹側の正中に沿って慎重に刃を入れ、二人で皮を剥いでいくと、次に腹を開いて内臓を取り出していった。

「苦玉、潰すなよ」

横から手元を覗き込んでいたザックスが言うと、ヌルはむっとした顔をした。

「潰さないよ」

「この前の鹿、潰しただろ」

「あれは鹿が動いたからで……」

「死んだ鹿がどうやって動くんだよ」

「動いたんだって」

ザックスが吹き出し、ヌルも少し遅れて笑った。


その後も二人は手を動かし続け、前肢を外し、胸部と腹部から肉を切り分け、最後に股関節を外して後肢を切り出していった。立派に伸びた牙も根元から丁寧に抜き取ると、ようやく一通りの作業が終わり、切り分けた肉や皮を背負子へ載せ、二人で分担して村まで運ぶことにした。


村の門をくぐった途端、獲物を持ち帰った二人の姿を見つけた子供たちが、家々の間からわらわらと集まってきた。

「今日はお肉だ!」

「ねえ、牙見せて!」

「どっちが仕留めたの?」

四方から際限なく浴びせられる声に、ヌルとザックスは顔を見合わせて笑った。

「夕飯は肉だな! それまでいい子にしてろよ!」

ザックスが少し兄貴ぶって大声で言うと、子供たちは「分かった!」と口々に答え、満足したのか、またそれぞれの家へ散っていった。


二人はそのまま獲物をザックスの家まで運んだ。ザックスの家は代々村の狩人を務めてきただけあって、肉を燻製にするための設備や皮を加工する道具などが揃っており、大きな獲物を仕留めた日には、村で分配するまでここで肉を保管するのがいつものことだった。


荷を下ろし終えると、ザックスは大きく伸びをしてからヌルへ手を上げた。

「今日はよかったな。また明日」

「おう。また明日な」

ヌルも手を上げて応え、そのまま家路についた。


翌日、ヌルは朝の仕事を終えると家の中で本を読んでいた。本というものは、この村では簡単に手に入る品ではない。羊皮紙は一頭の獣からわずかな枚数しか作ることができず、その一枚一枚へ人の手で文字を書き写さなければならないため、農民が気軽に買えるようなものではなかった。それにもかかわらず、ヌルの家には四冊もの本があった。どれも本好きの息子のために、父が何年もかけて旅商人へ頼み、少しずつ買い集めてくれたものだった。


そもそも村で文字を読み書きできる者自体が少なく、村長である父と兄、ヌル、それに年老いた司祭くらいしかいない。畑を耕し、家畜を育て、この小さな村の中だけで一生を送るのであれば、文字など読めなくても大して困ることはなかった。


それでも、ヌルは本が好きだった。頁をめくれば、自分が生まれてから一度も見たことのない土地や、遠い昔に生きた人々、森に生える草木の性質、神々にまつわる古い物語を知ることができる。自分の暮らしている小さな村の外にも果てしない世界があり、そこでは数え切れないほどの人間が生き、戦い、考え、その一部を文字として残している。その人間の叡智が小さな一冊の中へ凝縮されているように思えて、ヌルは本を開くたび胸が高鳴った。


家にある四冊は、薬草について記されたもの、各地に伝わる英雄の物語をまとめたもの、この地方と周辺地域の地理について書かれたもの、そして神々と世界の始まりについて記された神話の本だった。どの本も表紙の革は擦り切れ、羊皮紙の角は丸まり、何度も指で触れた場所は薄く黒ずんでいる。それほどまでにヌルは繰り返し読み込み、今ではどの頁に何が書かれているのか、おおよそ覚えてしまっていた。

その日もヌルが本へ顔を近づけ、何度読んだか分からない一節を夢中になって追っていると、開け放していた戸口の向こうから聞き慣れた声が飛んできた。

「よう。また本読んでるのか。それより剣の稽古しようぜ」

顔を上げると、ザックスが戸口からこちらを覗き込んでいた。

「うん、今行くよ」

ヌルは名残惜しそうに頁へ目を落としてから本を閉じ、二人はそれぞれ木剣を持って、村外れにある空き地へ向かった。


向かい合うと、二人はふざけることなく決闘の作法を取った。左手で木剣を身体の正中へ掲げ、右腕は肘を直角に曲げ、開いた手のひらを相手へ向ける。それは互いを敵ではなく、正々堂々と技を競う相手として認めるための、この地方に古くから伝わる作法だった。


構えを解くと同時に、先に動いたのはザックスだった。大きく踏み込みながら木剣を大上段から振り下ろすと、ヌルは身体をわずかに横へずらしてそれをかわし、その勢いのままザックスの脇腹を狙って木剣を横薙ぎに振るう。ザックスは咄嗟に肘を上げて木剣を立て、乾いた音を響かせながらヌルの一撃を受け止めると、すぐさま押し返して距離を取った。


そこからは互いに一歩も譲らなかった。木剣と木剣が何度もぶつかり合い、そのたびに乾いた音が空き地へ響く。ザックスが力で押せばヌルは受け流し、ヌルが素早く踏み込めばザックスは距離を取る。幼いころから何度となく繰り返してきた稽古だけに、互いがどのような攻撃を得意としているのかも分かっていた。


それでも最後には、ザックスが大きく踏み込んだ直後にわずかに姿勢を崩した隙をヌルが見逃さず、半歩踏み込んで木剣の切っ先をその喉元へぴたりと止めた。しばらく木剣の先を見つめていたザックスは、やがて諦めたように両手を上げた。

「降参だ。やっぱりヌルは強いな」

「いや、ザックスが弱いんだろ」

「言ったな」

ザックスがすぐさま木剣を構え直したため、ヌルは笑いながら後ろへ跳び、二人はもう一度向かい合った。


昨日と同じように森へ行き、獲物を追い、くだらないことで笑い合い、剣を交える。そんな日々がこれからも続いていくのだと、二人は疑ったことさえなかった。

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