教文館でひとやすみ
失恋した。
気づくと、彼氏とよく来た銀座に足を運んでしまった。泣きすぎて目が痛いし、視界もぼやける。休日の銀座はカップルも多く、余計に鼻の奥がツンとした。
「うん? 教文館?」
そんな時だ。本屋が目に入った。道路に面した本屋は今の時代珍しい。ショッピングモールの一角にある方が馴染みがある。
それにレトロな趣きがあるビルだ。おそらく明治か大正に作られたビル。これは気になる。
ふらっと入って新書でも買うか。そのつもりで一階から二階へ。二階は一般的な本屋だったが、三階に来て変な声が出そうになった。
「キ、キリスト教専門書店……?」
ずらりと並ぶ聖書。分厚い聖書はそれだけで堂々とした風格があるが、お祈りや讃美歌の本も並び、どう考えても普通の本屋じゃない。少し奥をのぞくと子供向けの聖書の絵本やチラシ、牧師や神父が書いた本も並び、そのマニアックさ、ディープさに目眩がしそうだ。
私、三十二歳まで生きてきた中、こんな書店は見たことがない。そもそもキリスト教にも馴染みがなく、歴史の教科書やテレビのニュース以外の知識しかない。どちらかといえば、カルトや戦争といった負のイメージもある。よくわからない不思議な世界。
どうやら不思議な世界に迷い込んでしまったらしい。銀座でも不思議な世界と繋がっていたようだ。果たして無事に帰って来れるだろうか。
そうは言ってもお客さんは普通だ。店員さんも優しそうだし、とって食われたりしないだろう。迷い込んだ不思議の国、ちょっと冒険しても悪くない。
聖書は全くわからないが、マザー・テレサはわかる。マザー・テレサの本やカレンダーなどは見ていると面白い。それに不思議な国にいると、失恋したことなんて忘れそう。もう鼻も目も痛くない。
こうして一通り三階を見て回った。次は四階に冒険だ。四階もさらに不思議な国だ。ここは書店ではなく、キリスト教関係のグッズがメインらしい。十字架のネックレスだけ売っているのかと思ったら、お菓子、文房具など色々売ってるみたいだ。
「へぇ……」
今の時期は修道院菓子のフェアもやっているらしい。長崎の銘菓クルスも売ってる。修道女のイラストがパッケージされた焼き菓子、これは会社でもらったことがる。
他は本当に見たことない修道院菓子ばかりだ。意外と北海道のトラピストクッキーは置いていなかったが、全国各地の修道院菓子が置いてあった。クッキー、ガレットだけでなく、ハーブティーも多彩だ。修道院で作られているというハーブティー、素朴な見た目でついつい手にとってしまう。
はっと気づくとクルス、ハーブティー、シロップ、そうめん、クッキー、ガレットなど色々買っていた。質素で素朴な見た目のクッキー、なんとも言えない魅力がある。マザー・テレサみたいなシスターが祈りをこめて手作りしているだろうか。想像も勝手に広がってしまう。キリスト教は特に関心もないのに、なぜだろう。
「え、カフェもあるんだ……」
レジで会計を終えると、カフェが併設されていることにも気づいた。CAFÉきょうぶんかんという店らしい。
そういえば失恋のショックで朝ごはんも食べずにきた。急にお腹が減って来てしまう。そうだ、せっかく不思議な国を冒険中だ。カフェも冒険してみよう。
こじんまりと落ち着いたカフェだ。銀座という都心にあるのが信じられないほど静か。窓辺の席に座ったが、ちょうど銀座の街を見下ろせる。人が小さいものだなぁ。
メニューも目移りした。ケーキセットにしたいところだけど、どれにしようか。一番目立つのは薔薇の形をしたケーキ。可愛い味もオレンジとアールグレイがあるらしい。
「薔薇のケーキのセットで」
注文して数分後、運ばれてきた。
「わぁ……」
思わず声が出てしまう。写真より遥かに可愛い。粉砂糖もまぶしてあってお化粧もしている。
コーヒーの匂いを感じながら、まずは一口。この薔薇の形、崩すのもったいないと思いつつ、口いっぱいにオレンジの風味が広がっていく。
「うん……」
これはおいしい。小さなケーキが。一口ずつ、ゆっくり食べて行こう。
ふと、窓の外から銀座の街を見下ろす。やっぱり人が小さく見えるなぁ。私も同じように小さいのか。だとしたら失恋だって、小さなことかもしれない。
「うん……」
長年付き合い、結婚も考えていたところアラサーになって振られるのは正直、きついけれど。不思議の国を冒険していたら、どうでも良くなってくるのも確かだ。こんな不思議な世界もあるんだもの。私の生きていた世界も小さくて狭いのかもしれないし?
薔薇のケーキも食べ終え、コーヒーも飲み干した。もう不思議な世界の冒険、終盤だ。最後にお会計をして帰ることにしようか。
「ありがとうございました」
店員さんにお釣りとレシートを受け取る。さて、これを財布にしまって帰るか。
「え?」
レシートをよく見ると、こう印刷されていた。
神の祝福がありますように。
May God Bless You
また、視界がぼやけて鼻の奥も痛くなってきた。失恋してしまったけれど、辛いことばっかりじゃないらしい。
ご覧いただきありがとうございます。
珍しく実在の場所を書きました。最後のレシートも実物を見ながら書いてます。
参考
銀座の老舗書店に併設された「CAFÉきょうぶんかん」で、ほっこりティータイム
https://co-trip.jp/article/588273




