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仮面勇装マスクド・ブレイブ ~異世界でヒーローやらされてます~  作者: 白峰レイ


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第7話「屋根のない宿」

街へ戻る道は、さっき来た時より長く感じた。


薬草の袋が重いせいじゃない。

俺の背中の“気配”が重い。


助けた少年は、俺の少し後ろを歩いていた。

一定の距離を保って、でも離れない。


……黙っているのに、やけに存在感がある。


(連れて帰ったら面倒だ)

(置いていったら後味が悪い)


どっちも最悪だ。


街の門が見えた頃、少年の腹が鳴った。


ぐぅ。


妙に、はっきり。


少年は気まずそうに腹を押さえて俯いた。

謝る代わりに、息を殺す。


俺は舌打ちした。


「……チッ」


ポケットに手を突っ込む。

夜用に取っておいたパンが、まだ残ってる。


(こんなガキ助けたところで……)


そう思ったのに、手は止まらなかった。


俺は振り返りもせず、パンを後ろへ放る。


「ほら」


少年が慌てて受け取った。


「え……?」


「食え。腹の音がうるせぇんだよ」


言ってから気づく。


(最悪の言い方)


少年はパンを両手で抱え、目を丸くした。


「……ありがとう……」


小さな声だった。

風に消えそうな声。


俺は聞こえなかったふりをして歩いた。



街に入って、少年を街の端まで送った。


夕方に近い空気の中、街の匂いが濃い。

薪の煙、油、汗、パン。


「家は?」


少年が目を逸らす。


「……ない」


即答。

ためらいがない。


俺は息を吐いた。


(やっぱりかよ)


「……今日は、とりあえず人がいるところにいろ。路地に入るな。分かったな」


少年は何度も頷いた。


「うん……!」


俺は踵を返した。


「じゃあな」


「……あっ、兄ちゃん!」


呼び止められて、俺は振り返りかけて、やめた。


振り返ったら、もう一段面倒になる気がしたから。


「何だ」


「……また、会える?」


(知らねぇよ)


喉まで出かけた答えを飲み込んだ。


代わりに、適当に言った。


「生きてりゃな」


少年は笑った。


「うん!」


——なんでそんなに笑えるんだよ。


俺はその場を離れた。



急いで森へ戻り、残りの薬草を掻き集めた。

さっきのゴブリンの死体のことは考えないようにした。


考えたら、吐きそうになる。


採取を終えて、ギルドへ。

依頼書をカウンターに置く。


受付の女が手際よく確認した。


「薬草、規定量。問題ありません。報酬はこちらです」


硬貨が、チャリン、と手に落ちる。


(よし……宿だ)


俺はそのまま、宿屋街へ向かった。


最初の宿。


「満室だ」


二つ目。


「今日は無理だね」


三つ目。


「金が足りない」


俺は、口の中が乾いていくのを感じた。


(……嘘だろ)


格安の宿は、全部埋まっていた。


日が落ちかけている。

今から別の街へ行こうにも、時間がない。

そもそも、何処にあるのかすら知らない。


俺は路地の角で立ち尽くした。


(詰み)


「あのガキを助けなきゃ、早く帰れて泊まれたかもしれねえのによ……」


口から、勝手に零れた。


「はぁ……」


壁にもたれて息を吐いた瞬間、現実が追い打ちをかけてきた。


ぐぅ〜。


……最悪のタイミングで、俺の腹が鳴った。


「……チッ」


自分で自分が情けない。


そのとき。


「——あっ、兄ちゃん!! やっと見つけた!」


振り向くと、少年が息を切らして立っていた。

俺を見つけた瞬間、顔がぱっと明るくなる。


少年は一拍遅れて、俺の顔を見る。


「……兄ちゃん、もしかして何も食べてないの?」


「ガキが気にすんな」


「気にするよ」


少年は言い切ってから、胸の辺りをもぞもぞ探った。

布の内側から、何かを取り出す。


「はい、これ」


差し出されたのは——パン。

俺がさっき渡したやつだ。


半分残っている。


「……おい。お前それ」


少年は当たり前みたいに言った。


「兄ちゃんのだし。俺は半分で十分だったから」


「十分なわけねぇだろ。あんなに腹鳴ってたんだぞ」


「鳴った。でも、平気」


「平気じゃねぇ」


少年は首を振る。


「平気だよ。兄ちゃんがくれたから」


その言い方が、妙に強かった。

否定しづらい強さ。


俺は一瞬だけ黙って、パンを受け取った。


半分のパンが、妙に重い。


「……はぁ。ありがとな」


少年はぱっと笑った。


「うん!」


俺は視線を逸らして、ぶっきらぼうに言った。


「……で、お前、名前は」


少年は嬉しそうに胸を張った。


「ロウ!」


「ロウ、ね」


「ロウだよ! 兄ちゃん!」


「兄ちゃんじゃねぇ。ユウヤだ」


ロウは首を傾げた。


「あれ? マスクド・ブレイブじゃないの?」


「その名で呼ぶな!! ユウヤだ!」


俺は即座に切り返してから、ロウを睨む。


「……お前、なんでそれ知ってんだよ」


「だってゴブリンと闘ってたとき、言ってたじゃん」


ぐうの音も出なかった。


「で、ユウヤ兄ちゃん、泊まるとこないんでしょ?」


「……」


ロウは胸を張った。


「じゃあ、こっち!」


「待て待て待て」


俺は止めようとした。


「お前んち無いんだろ。どこ行く気だ」


ロウは平然と言った。


「寝床!」


最悪の単語が出た。


「……寝床って何だよ」


「同じ子たちがいるとこ。今日だけなら、泊まっていいって言ってくれると思う」


(ストリートチルドレンの集落かよ)


俺は一瞬、本気で逃げようとした。

でも、このまま一人で夜を迎えたら、俺が死ぬ。


……選択肢がない。


「……一泊だけだぞ」


ロウは嬉しそうに頷いた。


「うん!」



案内されたのは、崩れかけた倉庫の裏だった。


板と布で風を避けただけの空間。

でも、火の気配がある。

人の気配がある。


何より、夜の“気配”が薄い。


ロウが中へ声を投げた。


「みんな! ユウヤ兄ちゃんだよ! 今日助けてくれた!」


数人の子供が顔を出す。

警戒の目。値踏みの目。

でも、ロウがやけに興奮しているせいで、空気が少しだけ緩む。


年上っぽい子が、疑うように聞いた。


「助けたって……何を?」


ロウは俺の腕を掴んで、胸を張った。


「森でゴブリンに襲われたんだよ! でもユウヤ兄ちゃんが——」


(やめろ)


嫌な予感がした。


ロウは予感を軽々と超えていく。


「いきなり『変身』してさ!!」


周りの子がざわっとする。


「変身?」

「魔法?」


ロウは完全に気持ちよくなっていた。


「腰のベルトが光ってね! それで——闇を払い光を照ら──」


「うぉい!! やめろ!!」


俺は反射でロウの口を塞ぎかけて、ギリギリで止めた。

この場でそれをやったら俺が完全に悪者になる。


代わりに、ロウの肩を揺さぶる。


「それは言うなぁ!! 絶対言うな!!」


ロウはきょとんとする。


「え、なんで? カッコよかったのに」


「カッコよくねぇ!! それは……その……!」


言い訳が出ない。


周りの子供たちは、俺とロウを交互に見て、ニヤニヤし始めた。


「へぇー」

「闇を払い?なんだって?」

「言ってみてよ」


「言わねぇよ!!」


俺が即答すると、ロウが追い打ちをかける。


「めっちゃカッコよかったんだよ!」


「言うなって言ってんだろ!!」


空気が完全に“面白がりモード”になった。


俺は深く息を吐いて、ぶっきらぼうに言った。


「……俺はユウヤだ。今日は一泊させてもらう。以上」


ロウが俺の袖を引く。


「ね、いいでしょ?」


子供たちは少しだけ顔を見合わせてから、年上っぽい子が肩をすくめた。


「……ロウが連れてきたなら、一晩だけな」


「助かった」


言いながら、俺は自分が礼を言ってることにムカついた。


ロウは嬉しそうに笑った。


「ユウヤ兄ちゃん、勇者みたいに強かったよ!」


「よせよ。ゴブリンとどっこいどっこいだっただろ」


「それでも……カッコよかったよ」


ロウの声には、嘘がなかった。


——助けてくれたから。

それだけで。


俺は視線を逸らして、鼻で笑った。


「……カッコよくねぇよ。あんなの恥ずかしいだけだ」


ロウは首を傾げる。


「恥ずかしい?」


「……忘れろ」


ロウは、なぜか嬉しそうに頷いた。


「うん!」


俺はその場に腰を下ろした。


布一枚。冷たい床。

でも、外で一人よりはマシだ。


(結局、助けたせいでここだ)


そう思ったのに。


不思議と腹は立たなかった。


ロウが隣に座り、小さな声で言った。


「ユウヤ兄ちゃん、明日も、ここに泊まる?」


「明日は屋根のある所にする。絶対にだ」


俺は目を閉じた。


屋根はない。

布一枚しかない。

でも——今夜は死ななそうだった。


最悪の世界で、最悪じゃない夜だった。

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