第4話「現代人なめんな」
夜明けの空気は、昨日より冷たくなかった。
代わりに、現実が重い。
森の端から街道らしき土の道に出たあたりで、俺はもう一度ため息を吐いた。
「……半日歩くって、普通に拷問だろ」
前を歩くユーリは振り返らない。
フードはそのまま。足音も静かだ。
「文句が多い」
「文句じゃなくて文化の差だよ」
俺は腰のブレイブドライバーを見下ろし、つい叩く。
カン。
『現在地:不明』
『推奨:街への到達』
「推奨じゃなくて送迎しろ」
当然、返事はない。
道は単調だった。
森が遠ざかり、畑みたいな土地が増えて、時々、石で囲われた小さな祠が見える。
俺は歩きながら、視線だけで周囲を探す。
(車は? バスは? せめて自転車は?)
——ない。
「なあユーリ」
「何だ」
「車はねぇのか? バスは? 電車は?」
少し間があって、ユーリが淡々と返す。
「馬車のことか?」
「馬車でもいい!」
「軟弱なやつだ」
「現代人舐めんな。文明が人をダメにしたんじゃない、文明が人を救ったんだよ」
「何を言ってるんだ?」
「文明が遅れてる……っ」
呟いた瞬間、肩の傷がズキッと疼いて、足がもつれた。
昨日の傷が地味に痛い。踏ん張りがきかない。
俺は息を整えようとして、また文句が出た。
「スマホもねえし、暇だし……マジでやることねぇ」
「歩け」
「それが暇だって言ってんだよ!」
ユーリは歩く速度を変えないまま、少しだけ首を傾けた。
「……ユウヤ」
「んだよ」
「お前はどこから来たんだ?」
来た。
当然の質問。むしろ今まで聞かれなかったのが不思議なくらいだ。
俺は歩きながら、空を見た。
「……分かんねぇよ。昨日までスタジオで“撮影”してた」
「スタジ……?」
「スタジオな。特撮ヒーローの撮影だった」
「……ヒーロー」
ユーリがその言葉を口の中で転がす。
「昨日も言っていたが、この世界の言葉ではないな。どういう意味だ?」
「あー、人を助けたり……まあ、勇者みてえなもんだな」
ユーリが、ほんの少しだけ驚いたように見えた。
「そうか……ユウヤも大変なのだな」
少し沈黙が続く。
「……では、その腰帯がヒーローの証のようなものなのか?」
「そうだと思う、残念ながらな」
俺は腰のブレイブドライバーを見下ろす。
叩いても、今は無言だ。空気を読んでるのか、単に充電切れか。
(充電って何だよ)
俺は気を紛らわせるように聞いた。
「なあ、ユーリ」
「何だ」
「昨日の……あのバケモンみたいな狼、何だったんだ?」
「あれは、瘴気によって変化した狼……魔物の一種だ」
「魔物……」
「……覚えておけ。あれはまだマシな方だ」
「マシ!?」
ユーリは平然と言う。
「森にはもっと危険なものがいる」
「やめろ。情報が重い」
しばらく歩いて、ようやく景色が変わった。
遠くに、石壁が見える。
門。塔。人の影。煙。
「……街だ」
俺は思わず声が漏れた。
「やっと文明だ!!」
近づくほど、生活の匂いが増える。
薪の煙、家畜、パンみたいな匂い。
門の前には、槍を持った見張りが二人。
俺たちを見る目が鋭くなる。
特に——ユーリを見た瞬間、空気が変わった。
「……その剣……」
「まさか……勇者ユーリ様……!」
見張りが姿勢を正す。声の調子が一段下がる。
ユーリは特に反応しない。
ただ、軽く頷いただけ。
「通る」
「はっ!」
門が開く。
俺たちは何の検問もなく通された。
俺は横目でユーリを見る。
(マジで有名じゃねぇか)
小声で言った。
「超有名人じゃん」
近くを通った娘が声をかけてくる。
「勇者様!……握手してください!!」
その声を聞いた人々が集まってくる。
道が一瞬で塞がりそうになる。
「すまないが、先を急いでいる」
即答。
その様子に俺はニヤッとする。
「気持ちはよくわかるぞぉ! 一銭にもならねえもんな」
ユーリが、歩きながら淡々と返す。
「そんな理由ではない。ユウヤは性格が悪い」
「悪いのは認めるけど、お前もだろ!」
街の中は——思ったより“街”だった。
石畳。屋台。干した布。鍛冶屋の金属音。
人々の目線が俺たちに集まる。
ユーリに、そして——俺の腰のベルトに。
「……勇者様の隣の男は誰だ?」
「従者か?」
「いや、あの腰の……」
(目立ちたくねぇ……)
俺は無意識に腰を隠そうとして、逆に目立つ。
しばらく歩いたところで、ユーリが言った。
「ここからは別れる」
「え?」
「お前はこの街で生きる術を探せ。私は用がある」
「用って何だよ」
ユーリは少しだけ黙って、言った。
「……私には使命があるからな」
使命。
言い方が重い。昨日の剣の切れ味と同じ重さ。
俺はそれ以上突っ込まなかった。
代わりに、現実的な質問を投げる。
「俺、金ねぇんだけど」
ユーリは腰の袋から硬貨を二枚出して、俺の手に落とした。
チャリン。
「大銅貨2枚だ。これで水とパンは買える」
俺は硬貨を見て、思わず笑った。
「勇者の割にはしけてんなぁ」
ユーリが手を伸ばす。
「じゃあ、返せ」
「待て待て待て! 冗談冗談!」
俺は硬貨を握りしめた。
「まっ、今度返すわ」
ユーリはフードのまま、短く頷いた。
「必ずだ」
「はいはい。借金は返す主義」
ユーリが踵を返す。
人波に紛れて、すぐに見えなくなりそうになる。
俺は慌てて声を投げた。
「またな、ユーリ!」
フードがわずかに揺れた。
返事かどうか分からない程度に。
それで十分だった。
俺は一人、街の真ん中に立ち尽くした。
腰のブレイブドライバーが、控えめに点滅する。
『クエスト:勇者と街へ行けをクリア』
『ヒーローポイント(1)を獲得しました』
「……こんだけ歩いて、あの“ブリーフ”の分だけか」
俺はため息を吐いて、まずはパン屋を探すことにした。
――生きるために。
そして、次に変身したときのために。
いつか、変態を卒業するために。




