第27話「希望」
ガイは早朝に目が覚めた。
昨日まで住民たちを守るため、ハンターたちはほとんど眠ることもなく、見張りや魔物との小競り合いを続けていた。
ガイも同じだ。新人とはいえ、役に立たないわけにはいかない。見張りも、荷車の誘導も、できることは全部やった。
そしてようやく――結界のある街で眠れた。
……眠れた、はずだった。
明日、自分が死ぬかもしれない。
そう思った瞬間に、胸の奥が冷えて、呼吸が浅くなった。
ガイは妹のティナ、デン、ロウ、その他の子供たちと空き家に泊めさせてもらっていた。
停めさせてもらった、というより――勝手に使っているだけだ。
家の持ち主は逃げていた。
急いで出ていったのだろう。食器が机の上に残り、椅子は倒れ、毛布だけが畳まれないまま置かれている。
ガイは子供たちを起こさないように、そっと家を出た。
(せめて、最後くらいは……いい夢を見てほしい)
そう願いながら、扉を静かに閉める。
外へ出ると、意外と動いている人は多かった。
自分と同じだ。今日が最後になるかもしれないと思えば、眠れなかったんだろう
荷車を押す音。
乾いた咳。
水を汲む桶の音。
祈りみたいに小さな声。
街が“静かなまま”動いている。
ガイは息を整えながら歩いた。
そして、広場の端で、見慣れた三人が揃っているのに気づく。
明日への誓い。
「ガイ、新人のくせに遅せぇぞ?」
レオンが、いつものように明るく笑った。
その笑顔が、今は逆に胸に刺さる。
この人は、心が強い。
「後輩は先輩より早く起きないとな」
カイルがレオンの言葉に乗っかる。
軽口みたいに言うのに、目だけは周りを見ている。
「ガイくんもあまり眠れなかったみたいね」
ミーナが、少しだけ肩をすくめて笑う。
「この二人はこんなこと言ってるけど、遅刻魔だからね」
「ちょ、ミーナ!?」
「まあ、そうだな」
(……いつも通りだ)
胸の奥が、少しだけ軽くなる。
「遅れてすいません。おはようございます」
自分は普通に見えているだろうか。
これから死ぬかもしれないと思ったら、怖くてたまらない。
手が震えそうになるのを、ポケットの中で握り潰す。
――そのとき。
レオンが急に、真面目な顔をした。
「ガイ! 今日はお前に重大発表がある!」
「えっ?」
空気が変わる。
レオンが、まっすぐ言った。
「お前は今日から、明日への誓いの本メンバーだ! 仮じゃない!」
ガイの思考が、一瞬止まった。
「……え」
カイルが笑顔を見せる。
「お前が勉強熱心なのも知ってるし、街の避難誘導も、見張りもしっかりやってた。俺からも異論はない」
ミーナが頷く。
「あなたみたいな真面目で優しい人は大歓迎よ。私も異論はないわ」
ガイの喉が鳴った。
言葉が出ない。視界が滲む。
「っ……ありがとうございます……」
涙が止まらない。
(なんで、今……こんな……)
でも、その“今”だからこそ、胸に刺さる。
ガイは震えながら言った。
「俺……あいつら守るために強くなりたくて……
でも、ここでは……ずっと足引っ張ってて……」
レオンが笑って、肩を叩いた。
「バカか! お前は十分強いよ。まあ、アニキほどじゃねえけどな!」
レオンが拳を握って叫んだ。
「よし! 今日は明日への誓いとしての最初の仕事だ!」
「気合い入れていくぞ!」
(この人たちについてきて……良かった)
ガイは三人の後に続いた。
*
広場に、ハンターたちが集まっていた。
……数は少ない。
昨日までいた顔が、いない。
逃げた者もいる。
消えた者もいる。
残ったのは、街に根を張った者と、逃げられなかった者と、
そして、逃げないと決めた者だけだ。
ギルド長が前に立った。
「まずは、ここに来てくれてありがとう」
声は大きい。だが、どこか枯れている。
眠っていないのだろう。
「君たちは本当に勇気あるハンターたちだ……」
一拍置いて、ギルド長ははっきり言った。
「だからこそ、はっきり言う」
「我々に勝ち目はない……!」
空気が沈む。
でも、誰も目を逸らさない。
「だが、希望はある」
ギルド長が拳を握る。
「我々がやることはただ一つ」
「耐える」
「時間を稼ぐ」
「希望を繋ぐ!!」
声が熱を持つ。
「援軍が来るかもしれない!」
「奇跡が起こるかもしれない!」
「諦めそうになったら、大切な人を思い出せ!」
「隣で戦っている友を見ろ!」
そして最後に、吐き捨てるみたいに。
「一秒でも時間を稼げ」
「死ぬ気で耐えるぞ!!」
ハンターたちが雄叫びを上げた。
覚悟が決まった――ように見えた。
でもガイには分かる。
みんな、怖い。
それでも、立っているだけだ。
*
街の門を閉める。
柵を固める。
門の外で、ハンターたちが待機する。
遠くの地平線に、黒い影が見えた。
……数が多い。
多すぎる。
音が聞こえる。
地面が揺れている気がする。
さっきまで決まっていた覚悟が、揺らぐ。
怖い。
でも、自分が死ぬのが怖いんじゃない。
守りたい人たちを守れないのが怖い。
ティナが泣く顔。
デンが歯を食いしばって子供たちを前に立たせる姿。
ロウが「だいじょうぶ?」と聞いてくる声。
――それが、頭の中で勝手に再生される。
隣を見る。
いつも笑っているレオンが、見たこともない顔で遠くを睨みつけている。
カイルは杖先を額につけ、目を瞑っている。
ミーナは唇を噛んでいる。
みんな怖いんだ。
それを出そうとしないだけで。
ゴブリンたちが近づいてきている。
多分、向こうもこっちに気づいている。
――そう考えていた、その時。
背後から、場違いな音楽が聞こえてきた。
デンデンデンデン、ソイヤ!
デンデンデンデン、ソイヤ!
デンデンデンデン、ソイヤ!
全員の首が、一斉に後ろへ向く。
「……え?」
ガイの体の震えが、止まった。
そして、聞こえた。
「お前ら、祭りがあるなら――もっと早く起こせよな」
――希望が、目を覚ました。




