第16話「3つのクエスト」
朝の光が、薄いカーテン越しに刺さってきた。
「おにーさん、あさだよ!」
扉の向こうから元気な声。昨日の宿の看板娘だ。
「……起きてる……起きてるって……」
俺は呻いて起き上がった。体は軽いし、怪我はもうない。
ただ、眠い。すげぇ眠い。
扉を開けると、看板娘が胸を張る。
「わたし、リリだよ! あさごはんできた!」
(リリ、ね。こんな妹が欲しかったな……)
「……おう。ありがとよ」
一階の食堂に降りると、朝飯は素朴だった。
焼いたパン、薄いスープ、卵——それと塩気の効いた干し肉。
豪華じゃない。
でも、ちゃんと腹が満ちる朝食だ。
(昨日の俺、財布すっからかんだったけど……正解だったな)
食事を終え、部屋に戻った。
そして、少しだけベッドに腰を落とした瞬間——
カン。
ベルトが鳴った。勝手に鳴った。
「……は?」
透明なウィンドウが、三枚同時に開く。
『クエスト発生』
『宿屋の娘の困り事(報酬:ヒーローポイント2)』
『宿屋の娘は母の形見のネックレスを無くして困っている。※ネックレスは宿屋の2階、花瓶の裏にあります』
『ガイの覚悟(報酬:ヒーローポイント2)』
『ガイは妹ティナを奪われ、自分の無力さを知った。子供たちのリーダーとして、みんなを守るため冒険者を志す。相談に乗り、導いてください』
『明日への誓いの再出発(報酬:ヒーローポイント2)』
『パーティー「明日への誓い」(レオン、カイル、ミーナ)は戦い方を見直し中。相談に乗り、再出発を手助けしてください』
「……なんじゃこりゃ」
俺はウィンドウを指で突いた。当然、何も触れない。
「急にクエスト三つ!? めちゃくちゃだろ!!」
……でも、報酬は見た。
全部で6ポイント。
(装備二つが買えるな……)
喉が鳴る。
そして一番上。
「……『花瓶の裏にあります』って言うなよ」
ネタバレが雑すぎる。
「探す要素ゼロだろ。何のクエストだよ、それ……」
でも——
「……とりあえず、宿屋から片付けるか」
俺は立ち上がって、二階へ上がった。
花瓶を見つけて、裏を覗く。
——本当にあった。
銀の鎖。小さな石。丁寧に作られたネックレス。
「……はいはい」
俺はそれを取って、一階へ降りた。
ちょうどリリがカウンターの下を覗いて、眉を八の字にしている。
「うぅ……どこいっちゃったの……」
「リリ」
「えっ?」
俺はネックレスを差し出した。
「これか?」
リリの目がぱっと丸くなる。
「……あ!! それ! おかあさんの!」
両手で受け取って、胸にぎゅっと押し当てた。
「ありがとう……! ほんとにありがとう!」
「別に。……つーか、落とすなよ」
「うん!」
頷いた瞬間、ベルトが鳴った。
カン。
『クエスト達成:宿屋の娘の困り事』
『ヒーローポイント2を獲得しました』
『現在のヒーローポイント:2』
「……よし」
(ネタバレクエスト、神だな)
俺は軽く息を吐いて、宿を出た。
⸻
ハンターギルドの前は朝から騒がしい。
酒臭いし、野蛮そうなやつばかり。
その中に——ガイがいた。
背はまだ伸びきっていない。骨も細い。
でも目だけは逃げていない。あの夜の目だ。
俺は近づいて、声を投げた。
「よぉ。怪我、すっかり治ったみてぇだな」
ガイが気づいて、背筋を伸ばす。
「あっ、ユウヤさん」
一拍置いて、深く頭を下げた。
「この間は……本当にありがとうございました。妹も助けていただいて……」
「いい」
俺は手を振った。軽く流す。
「俺の好きでやったことだ。気にすんな」
「……そういう訳には——」
ガイは言いかけて、拳を握った。
小さく、でも確かに震えている。
「……俺は、弱かった。妹を守れなかった。みんなのリーダーなのに……何もできなかった」
俺は一度だけ息を吐いて、ぶっきらぼうに言った。
「……当たり前だろ」
ガイが目を見開く。
「え……」
「強いやつが強い。弱いやつが弱い。今はそれだけだ」
優しく言ったつもりはない。
でも、嘘も言わない。
「だから」
俺はギルドの中を顎で示す。
「ここに来たんだろ。強くなるために」
ガイの喉が鳴る。
「……はい」
返事は小さい。けど芯がある。
「みんなを守りたい。ティナを、二度とあんな目に遭わせたくない。……俺は強くならなきゃいけない」
そして、頭を下げる。
「お願いします。俺、どうしたらいいですか」
——やっとクエスト開始だ。
俺は少しだけ眉をひそめた。
面倒だからじゃない。責任が増えるからだ。
「……まず、ソロはやめろ」
ガイが顔を上げる。
「……でも、知り合いがいないんです。十五超えるのは……あそこでは自分だけで」
「別に知り合いと組む必要はない」
俺は言い切る。
「ただ、1人だと弱い。俺が言えたことじゃないが、生き残る確率が低くなるぞ」
ガイが唇を噛む。
「……わかってます。でも、信用できる人が……」
「じゃあ、信用される努力をしろ」
ガイがきょとんとする。
俺は短く言った。
「合わせたい奴らがいる。付いてこい」
俺は踵を返した。
⸻
ギルド内は相変わらず人が多い。
その中で、一番うるさい声が聞こえた。
「アニキ!!」
いた。レオンだ。
こっちに気づいた瞬間、駆け寄ってきて来た。
「アニキ!会いたかったっすよ!」
「声がでけぇ。落ち着け」
後ろからカイルとミーナも来る。
二人はちゃんと距離感がある。見習え。
カイルが苦笑する。
「すみません……レオン、テンション上がると止まらなくて」
ミーナは小さく会釈。
「……ユウヤさん。昨日は、本当にありがとうございました」
「礼はいい。今日は別件だ」
俺は横に立つガイを示した。
「こいつはガイ。登録したばっかでソロなんだ」
「危ねぇから、しばらく面倒みてやってくれ」
ガイが慌てて頭を下げる。
「ガイです。……よろしくお願いします」
レオンが目を丸くした後、なぜか目を輝かせた。
「兄貴の頼みならお易い御用ですよ!」
ミーナは苦笑いしている。
「……前衛が一人増えると、私たちも動きやすいですから」
ガイが戸惑う。
「……俺、足引っ張るかもしれません」
「引っ張っても食らいつけ。強くなりてえんだろ?」
俺が言うと、カイルが笑った。
「ユウヤさんらしい」
レオンがガイの方を見る。
「アニキがここまで言ってんだ!気合い入れろよ!!」
「はい!!」
ガイが思わず目を瞬かせて——小さく笑った。
少しだけ肩の力が抜けた顔だ。
ミーナが真面目に言う。
「じゃあ、仮で一緒に動きましょう。合わなければ、その時また考えましょう」
ガイが深く頭を下げる。
「……ありがとうございます」
俺は手を振った。
「よし。決まり。あとはお前らで話せ」
レオンが胸を張る。
「任せてください! 俺たち“明日への誓い”は——」
「その前に一個」
俺はレオンの額を指で押した。
「突っ込むな。死ぬな。帰るまでが仕事」
「はいっ!」
(元気だけは一流だな……)
腰が鳴った。
カン、カン。
ウィンドウが二枚、立て続けに切り替わる。
『クエスト達成:ガイの覚悟』
『ヒーローポイント2を獲得しました』
『現在のヒーローポイント:4』
『クエスト達成:明日への誓い・再編相談』
『ヒーローポイント2を獲得しました』
『現在のヒーローポイント:6』
「……よし」
喉が鳴った。
(6ポイント。装備二つゲットだぜ)
俺はベルトを叩いた。
カン。
「……ショップ。出せ」
『装備一覧を表示します』
『現在のヒーローポイント:6』
『購入可能(ver.2)』
・ひょっとこマスク(口から火を吹ける)必要HP:3
・赤い着物(防御++)必要HP:3
・ふんどし(防御++)必要HP:3
・黒い手袋(腕力++)必要HP:3
・黒い足袋(脚力++)必要HP:3
「……黒い手袋。黒い足袋。購入」
『黒い手袋を購入しました(所持)』
『黒い足袋を購入しました(所持)』
『現在のヒーローポイント:0』
「よし」
手が強くなった“気”がする。
足が軽くなった“気”もする。
……気、なだけだ。
(当たり前だ。変身してねぇし)
装備が反映されるのは、敵に見られて、変身してから。
つまり、実戦で初お披露目。
(……ちょっと楽しみになってるのが腹立つ)
俺は肩を回して、軽く息を吐いた。
「試す相手は……安定のゴブリンだな」
俺は叫ぶ。
「カモン! モノサイクル!!」
——ぽん。
出てきたのは、例の一輪車。
「……やっぱダセえな」
俺はまたがって、一漕ぎした。
風が鳴る。昨日より、バランスが取れる。
少なくとも転ばない。
(……慣れると、悪くねえな)
俺は森へ向けて走り出した。
新しい手袋と足袋を試すために。
さらに強くなる為に。
最悪だ。
でも——少し楽しみだった。




