第10話「スラム街の戦い」
ブレイブドライバーが——光り輝いた。
眩しい。
痛い。
でも、それより先に——体が軽い。
世界がゆっくり進む。
バルツの肩。腰。足の向き。
重心の移動。呼吸の間。
攻撃の前に必ず入る、わずかな癖。
——見える。
目の前に、透明なウィンドウが開いた。
『ブレイブドライバー(ver.2)』
『身体能力強化:3倍 → 9倍(基礎)』
『名乗り成功ボーナス:2倍→4倍(補正)』
「……は?」
俺は喉の奥で笑いそうになった。
『補足:名乗り成功は継続中です』
『現在:身体能力強化 13倍』
(……いける)
痛みが消えたわけじゃない。
肋も腕も、まだ悲鳴を上げてる。
でも——動ける。
ウィンドウが切り替わる。
『新装備の購入が可能になりました』
『——(保有ヒーローポイント:0)』
「どうせ0だろうが!!」
俺は吐き捨てて、前を見た。
バルツは、変わらない顔で立っていた。
ただ、さっきまでの“余裕”が——少しだけ薄い。
「……何をした」
「課金だよ」
俺は肩を回す。
骨が鳴った。痛みも鳴った。
それでも、拳が上がる。
バルツが一歩踏み出す。
「それで強くなったつもりか?」
「つもりじゃねぇ」
俺は歯を剥く。
「——強くなった」
拳が来る。
さっきまでなら避けて終わりだった。
今は違う。
俺は“先”に動く。
軌道を読む。半歩ずらす。
拳が空を切り、壁が砕ける音が遅れて響く。
(当たってねぇ)
俺は懐へ滑り込む。
「——ッ!」
腹を抉るように拳を叩き込む。
次に顎。肋。腿。
ひたすらに当てる。
攻撃が来れば躱す。
バルツの攻撃は重い。
でも、今の俺は“読める”。
拳の間に、ほんのわずかな空白がある。
その隙間に、俺の拳が入る。
「ブレイブパンチ!」
バルツが一歩下がった。
——初めてだ。
「……」
バルツの眉が僅かに動く。
(効いてる)
俺は息を吐く。
息を吐きながら、踏み込む。
バルツも、踏み込む。
互角。
殴り合いじゃない。
“読み合い”だ。
俺が避ける。
バルツが当てにくる。
俺が当てる。
バルツが潰しにくる。
石畳が割れる。
壁が欠ける。
路地の空気が、殴り合いの熱で歪む。
……なのに、決定打がない。
「ブレイブパンチ!」
(硬ぇ……!)
俺のブレイブパンチが入る。
バルツがズレる。
でも倒れない。
バルツの拳が掠める。
俺の身体が揺れる。
当たってないのに、骨が鳴る。
(こいつ、まだ余力あるな)
俺は息を吸い込んだ。
(ここで、決める)
「——ブレイブフラッシュ!!」
白い光が爆ぜた。
バルツが両手で目を押さえる。
「っ——!」
(よし)
俺は跳ぶ。
「ブレイブキィーーック!!」
踵が、バルツの右肩に炸裂する。
砕ける音。
バルツが吹っ飛び、古い建物が崩れて砂煙が上がる。
俺は着地して、膝が笑うのを必死で堪えた。
「……はぁ……はぁ……」
(……やったか?)
口に出してから、即座に後悔した。
「言うな俺……!」
砂煙が落ちる。
——影が立ち上がる。
バルツだった。
右腕が、だらりと垂れている。
肩から先が明らかに終わっている。
……なのに。
バルツは、変わらない顔で立っていた。
目が——死んでない。
(ダメになってそれかよ)
俺は唾を飲んだ。
肺が痛い。
足が重い。
バルツが舌打ちした。
「ちっ……油断した」
目を細める。
「右腕、ダメになっちまったなぁ」
バルツが近づく。
「楽に死ねると思うなよ?」
薄く笑う。
「マスクドブレイブさんよぉ」
「……ユウヤだ……クソったれ……」
俺は拳を構えようとした。
でも、腕が上がらない。
(くそっ、もう、動けねえ……)
耐えられない。
バルツが左拳を握る。
それだけで十分、という顔だ。
そして——
バルツの体から、黒い靄が滲み出した。
「……?」
空気が変わる。
臭い。
森で嗅いだ、あの嫌な匂い。
湿った煙みたいな——瘴気。
バルツが低く笑った。
「……お前、面白かったぜ」
黒い靄が一気に膨れ上がる。
皮膚が黒く染まり、筋肉が盛り上がる。
血管が浮く。
目が——赤く光る。
「……は?」
バルツが、獣みたいな咆哮を上げた。
「ゥゥゥオオオオオオオ!!」
(……魔物?)
いや、違う。
人間だ。
でも人間じゃない。
“人間が魔物になりかけてる”感じ。
次の瞬間。
バルツが消えた。
——速い。
腹に衝撃。
息が抜ける。
「がっ……!!」
肋が鳴った。
さっきの比じゃない。
殴られる。
蹴られる。
壁に叩きつけられる。
「っ……!!」
十三倍?
関係ない。
“質”が変わってる。
魔人化したバルツの一撃は、重さが違う。
骨に届く。
臓に届く。
俺は歯を食いしばって立つ。
立つしかない。
でも——
バルツの赤い目が、俺を見下ろす。
「オオオオォォォ!!!」
雄叫びをまた上げる。
もう、人ではない何かになっている……
バルツの口が、ゆっくり開く。
喉の奥が——黒く光る。
(……なんなんだ)
熱じゃない。
淀んだ光だ。
“瘴気”が凝縮してるみたいな。
レーザーみたいなものが、今にも放たれる。
(やべぇ……)
避けられない。
受けたら、終わる。
俺は膝をついた。
「……ここまで、か……」
バルツが光を吐こうとした——
その瞬間。
前にも見た、青い閃光が走った。
夜の闇を、一線で切り裂く光。
バルツの動きが止まる。
口の光が、途切れる。
次の瞬間。
俺の前に影が落ちた。
冷たい声。
「あとは私に任せろ、ユウヤ」




