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仮面勇装マスクド・ブレイブ ~異世界でヒーローやらされてます~  作者: 白峰レイ


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第1話「召喚」

事務所の会議室は、妙に静かだった。

静かすぎて、空調の音が腹に響く。


正面のソファに座る社長が、机を叩いた。


「お前!! なんてことをしてくれたんだ!! 氷室!!」


俺は脚を組んだまま、頬杖をつく。


「なんのことっすか?」


「この記事だよ!!」


社長が突きつけてきたタブレットの画面に、見出しが踊っている。


『喫煙ヒーロー、スロット台にライダーキック!!』


「……あっ、上手いこと言うなー」


「バカか! お前は!!」


社長の声が一段上がる。


「お前が何の役やってるか分かってんのか!? 子ども番組だぞ!

 あれほどギャンブルとかスキャンダルには気をつけろって言ってただろうが!!」


「だって駆け抜けたんっすもん。五万負けっすよ?」


「負け額の話じゃねぇ!!」


机が、もう一度鳴る。


俺は煙草の代わりにペットボトルの水をひと口飲んで、肩をすくめた。


「でも、勝ってたら蹴ってないっすよ。台が悪くないっすか?」


「そういう問題じゃねえだろ!!」


社長は額を押さえ、深く息を吐いた。

怒鳴るのに疲れたというより、俺に疲れた顔だ。


「……お前の処遇は追って伝える。謹慎か、最悪降板だ。

 スポンサーも現場も、今ピリピリしてる。記者も嗅ぎ回ってる」


「はぁ」


「はぁ、じゃない。……ただな」


社長は視線を上げ、真っ直ぐ俺を見る。


「今日の撮影だけは行け。現場はもう回ってる。代役も立てられない。

 終わったら、すぐ戻れ。余計なことはするな。喋るな。笑うな」


「人間やめろってことっすか?」


「うるせえ!」


社長はタブレットを引っ込めて、片手で追い払うように言った。


「もう帰っていい」


「お疲れ様でしたー」


俺は立ち上がり、いつも通りの軽い調子で頭を下げる。


——正直、助かった。

処遇を“後で”にされたってことは、まだ首は繋がってる。


売れたい。有名になりたい。金持ちになりたい。

それだけだ。ヒーローだの正義だのは、仕事の衣装みたいなもんだ。



撮影現場は、いつもより視線が痛かった。

スタッフの笑顔が硬い。プロデューサーが俺を見て、目を逸らす。


控室の壁には、吊るされたスーツがあった。


銀と黒のフルボディ。胸には翼みたいなエンブレム。

——ただし、それを着るのは俺じゃない。


隣の部屋で、スタントが準備してる。

俺の担当は、演技と「変身」までだ。


「ベルト、お願いします」


スタッフがベルトを差し出す。

玩具みたいな重さのくせに、これ一つで“ヒーロー”になれる。便利だ。


俺は腰に巻いて、バックルを叩く。


カチャ、と安い音がした。


(……これでキッズが喜ぶなら、コスパはいい)


監督の声が飛ぶ。


「よーい! 変身カットから! いつも通り、名乗りまで!」


「はいはい」


俺は立ち位置に立つ。ライトが熱い。

スタッフの視線が、さっきより痛い。


——『喫煙ヒーロー、スロット台にライダーキック』


脳内で見出しが踊る。


(だいたい、ヒーローなんてガラじゃねえんだよ)


「本番! ……3、2、1!」


BGMが入った。

俺は、決められた型のまま腕を振り上げる。


変身ポーズ。


本当にダサい。

でも、このダサさが“正義”として成立する世界がある。現代って便利だ。


「——変身!」


指を天に突き上げ、体をひねり、腰のバックルに手を添える。


この次の瞬間、CGでスタントマンに——


……変わるはずだった。


バチ、と。


音がした。

ライトの眩しさが、急に“白”へ振り切れる。


「……え?」


視界が焼ける。


足元が浮く。

重力が、遅れて追いかけてくる。


「ちょ、待——」


言い終える前に、世界が終わった。



白い床。高い天井。

いや、天井じゃない。空みたいに遠い。


空気が違う。匂いがない。

変身BGMだけが、なぜか続いている。


「……は?」


俺は、変身ポーズのまま固まっていた。


「いや、止まれよBGM!!」


叫んだのに、音は続く。

しかも、音量が上がっている。自己主張が強い。


正面に、光の塊が浮かんでいた。

人の形に近い、でも輪郭が曖昧な何か。


それが、やたら神々しい声で言った。


「ようこそ、英雄よ」


「ちょっと待って。誰。ここどこ」


光は無視して続ける。


「君を待っていた。君こそが“仮面の勇者”——」


「違う」


「——この世界を救う者」


「違うって言ってんだろ!」


俺はポーズのまま、腰のベルトをバンバン叩く。

止まれ。解除。現場戻せ。


無理だった。


(……体が動かねぇ。なにこれ。拘束?)


光が嬉しそうに言った。


「見よ。その神秘の腰帯こしおび。その構え。

 君は今、まさに“変身”の儀にある」


「儀じゃねぇ。撮影だ。撮影!!」


「撮影……?」


「そう。俺は俳優。ヒーローは“役”。分かる? 演技!!」


沈黙。


数秒、光が考えるように揺れた。


そして、納得したように言う。


「なるほど。

 ヒーローとは“演じる”ことで成立する——」


「そこだけ理解すんな!!」


光は、確信に満ちた声で言った。


「ならば君は、最高のヒーローだ。

 この世界に“勇気”を示す者」


「勇気……?」


「そう。勇気ブレイブ

 仮面を被り、名を名乗り、恐れの前に立つ——」


俺は思わず口を挟む。


「いや、俺の勇気ゼロなんだけど」


「謙遜は美徳だ。では、名を告げよ」


「氷室勇也だ」


光が、一拍沈黙した。


「……聞こえない。君の名は──」


その瞬間。


腰のベルトが、勝手に光った。


『個体名:氷室勇也』


——表示された。確かに。


……なのに。


文字が滲み、砂嵐みたいに潰れていく。


『HERO ID:MASKED BRAVE』


「は?」


光が、嬉しそうに言い切った。


「そう。君の名は──マスクド・ブレイブ」


その言葉を聞いた途端、監督に言われてたやつが、反射で喉まで上がる。

体が勝手に動く。勝手に口が開く。


「——恐れを越えて、救いを掴む!」


俺の声が、ホールに反響した。


仮面勇装かめんゆうそう——」


噛みそうになる。

いや、噛め。噛んで止まれ。


……なのに、口が止まらない。


「——マスクド・ブレイブ!!」


言い切った瞬間。


ドン、と空気が震えた。


腰のベルトが、熱を持つ。

胸の奥が、変な方向に持ち上がる。


——恥ずかしさ、ではない。

──たぶん、詰んだ。わりと本気で。


光が歓喜した。


「素晴らしい! 名乗りを最後まで言い切った……!

 今、君は正式に“マスクド・ブレイブ”となった!」


「いや、だから役名——」


光は聞いていない。


そして、最後通告みたいに、明るく言った。


「我が愛する世界を救ってくれ、マスクド・ブレイブよ!」


「は? ちょ、待て、話が——」


白い光が溢れた。


BGMが最大音量になる。

目も耳も、全部が“ヒーロー”で塗り潰される。


——次の瞬間。


俺は光に包まれたまま、どこかへ叩き出された。

 

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