第08話番外編 - グスタフは、そう簡単には教えない
戦いは、
勝った者よりも、
生き残った者を変える。
剣は、
振るうたびに
理由を失っていく。
最後に残るのは、
敵の数でも、
名誉でもない。
――重さだ。
この話は、
英雄の過去ではない。
剣を捨てた男の話だ。
革を触る前に、
人を見ろ。
そう言われた気がする。
誰に、とは覚えていない。
覚えていないということは、
たぶん、
血の匂いが濃すぎた日だ。
俺はグスタフ・デューラーだ。
ハウス・グスタフの主。
革職人だが、
最初から革を触っていたわけじゃない。
若い頃は、
剣を持っていた。
この辺りは、
いつも戦っている。
神聖ローマだの、
諸侯の顔だの、
理由はいくらでも並ぶが、
現場では関係ない。
金か、
意地か、
どちらかだ。
俺は傭兵だった。
剣を振れば、
金になる。
遅れれば、
死ぬ。
単純だ。
だから続いた。
だが、
そう簡単にはいかない。
ある戦で、
脚をやられた。
致命傷じゃない。
だが、
走れなくなった。
傭兵にとって、
それは終わりだ。
剣は振れても、
隊列についていけない。
置いていかれる。
その日、
俺は生き延びた。
生き延びた、
というのが
最初の挫折だった。
そのあと?
どうにもならなかった。
金もない。
戻る場所もない。
歩くのも、
きつい。
そこで、
転がり込んだ。
昔、
命を助けた革職人の工房だ。
戦の最中、
逃げ遅れた職人を
塀の裏に引っ張り込んだ。
それだけだ。
だが、
人間は
そういうことを
忘れない。
「……生きてたか」
そう言われて、
中に入れてもらった。
革の匂いは、
正直、
最悪だった。
血の匂いより、
嫌だった。
だが。
剣よりは、
裏切らなかった。
革は、
ちゃんと理由があって
割れる。
ちゃんと理由があって
臭う。
人間みたいに、
気分で殺しに来ない。
だから、
続いた。
戦争は、
その後も続いた。
戦が多いということは、
兵が多いということだ。
兵が多いということは、
革の需要が増える。
鎧の下。
靴。
鞄。
帯。
皮肉な話だが、
殺し合いは
革職人を生かす。
俺は、
そこで生き残った。
気づいたら、
ハウスを継いでいた。
――だから。
教え方なんて、
知らない。
教えられるのは、
生き残り方だけだ。
テオドールが来たとき、
正直、
期待はしていなかった。
細い。
静か。
呑気そう。
工房で、
ぼーっと革を見ている。
「……そう簡単にはいかないぞ」
心の中で、
そう思った。
だが。
革を見る目が、
おかしい。
触り方が、
剣を扱う人間に近い。
力を入れない。
だが、
急所だけを触る。
「……なんで、
そこを見る」
聞くと、
本人は首を傾げる。
「……すなわち」
意味は、
半分もわからん。
「ないわー」
それも、
よくわからん。
だが。
指は、
嘘をつかない。
俺は、
戦場を思い出した。
呑気な顔をして、
一番危ない場所を見るやつ。
本人は、
自覚がない。
そういうやつが、
最後まで立っている。
テオドールも、
それだ。
革の前では、
迷わない。
人の前では、
一歩遅れる。
だから、
俺は決めた。
技術は、
全部は教えない。
そう簡単にはいかない。
まず、
止め方だ。
「テオドール」
「はい」
「全部、
言うな」
「……はい?」
「わかってても、
全部言うな」
戦場では、
知っていることを
全部言うと、
死ぬ。
職人の世界でも、
似たようなものだ。
敵は、
剣を持っていないだけだ。
「一つずつだ」
「はい」
理解しているかは、
わからない。
だが、
革を前にすると、
あいつは間違えない。
それでいい。
戦争は、
まだ終わらない。
この街も、
安全じゃない。
だからこそ、
革が要る。
だからこそ、
この仕事は続く。
テオドールは、
呑気だ。
だが、
革には
一切、甘くない。
それは、
戦場で言えば
一番厄介なやつだ。
生き残る。
たぶん、
俺よりも。
俺は、
革を一枚手に取る。
匂いを嗅ぐ。
……悪くない。
口に出す。
「悪くない」
それは、
俺にとって
一番の評価だ。
剣は、
もう振れない。
だが、
革なら――
そう簡単にはいかないが、
まだ、
教えられる。
ここまでお読みいただき、ありがとうございます。
この番外編では、
グスタフの過去――
彼が傭兵だった頃の一端を描きました。
派手な武勇譚はありません。
輝かしい勝利もありません。
あるのは、
生き延びたという事実と、
それに伴って
何かを置いてきてしまった感覚だけです。
グスタフは、
戦いが嫌いだったわけではありません。
弱かったわけでもありません。
むしろ、
向いていたのでしょう。
だからこそ、
続けられなかった。
剣は、
振るえば振るうほど、
次を要求します。
革は、
向き合えば向き合うほど、
待つことを教えます。
この違いが、
彼の人生を
静かに分けました。
本編でのグスタフは、
多くを語りません。
教えも、
命令も、
最低限です。
ですが、
それは冷たいからではなく、
もう十分に語ってきたからです。
この番外編を読んだあとで
本編に戻ると、
彼の沈黙や、
テオドールへの距離の取り方が、
少し違って見えるかもしれません。
剣を置いた手で、
革に触れる。
その重さを知っているからこそ、
彼は
急がせない。
この物語は、
そういう大人たちに
支えられています。




