表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
78/81

第03話ハーリド短章 - 問題ない、灯りの下の干しナツメ

工房の戸が閉まれば、

石灰の匂いも、怒号も、命令も、そこに置かれる。


夜は誰にでも平等に降りる。


灯りの下では、

監督者も父になり、

資産を数える手は、娘の髪を撫でる手になる。


善悪は語られない。

ただ、食卓がある。


その温かさは、

遠い石造りの部屋には届かない。


けれどここには、確かにある。

夕刻、工房の戸を閉める。


石灰の匂いが、まだ袖に残っている。


ハーリドは鍵を確かめ、通りへ出た。

市場はまだ賑わっている。

乾いた声で値を呼ぶ男、山羊を引く少年、香辛料の袋を縛る女。


足は自然と果物売りの前で止まった。


「甘いのはあるか」


「今日のは当たりだ」


干しナツメをひと握り。

それから、小さな蜂蜜壺。

妻は甘いものが好きだ。


銅貨を渡し、布袋に入れてもらう。


空は薄紫に変わっていた。


家の扉を叩く前に、袖を払う。

石灰の粉が落ちる。


戸が開く。


娘が駆けてくる。


「父さま!」


小さな手が腰に絡む。

息子は少し遅れて出てきた。

もう父の肩ほどある。


「今日はどうだった?」


「問題ない」


そう答える。


妻が奥から現れる。


「また一人、倒れたの?」


水差しを置きながら、何気なく。


「倒れてはいない。

 少し弱いだけだ」


「そう」


それ以上は聞かない。


挿絵(By みてみん)


卓にナツメを置くと、娘の目が輝く。


「わたしの?」


「みんなのだ」


息子が袋を覗く。

「工房の匂いがする」


ハーリドは笑う。


「仕事は家には持ち込まない」


手を洗う。

水は冷たい。


灯りがともる。


小さな家だが、壁は温かい色をしている。

鍋の湯気が上がる。


娘が話す。

息子が割って入る。

妻が笑う。


外では、夜の祈りの声が流れ始めていた。


ハーリドは静かに耳を傾ける。


明日も、朝は来る。


問題はない。

ハーリドは悪人ではない。


むしろ、良い父だ。


だからこそ、静かに重い。


誰かの安らぎは、

誰かの労働の上に成り立っている。


灯りは温かい。

祈りの声も穏やかだ。


明日も朝は来る。


問題はない――

少なくとも、この家の中では。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ