第06話 - 要するに、不純だ。すなわち、避けられない。
問いは、
答えを求めているようで、
実は
位置を確かめるために
投げられる。
誰が、
どこに立っているのか。
何を、
どこまで許すのか。
この場に呼ばれた時点で、
結果の半分は
すでに決まっている。
それでも、
人は
話さなければならない。
沈黙は、
理解ではなく、
服従として扱われる
からだ。
ギルドの集会所は、音が少ない。
広いのに、反響しない。
それは意図的だ。
ここでは、
声よりも言葉の重さが重要になる。
石造りの壁。
低い天井。
長机。
革職人ギルドのマイスターたちが、
すでに席についている。
年齢は、
四十から六十。
若い者はいない。
すなわち、
変わる必要のなかった世代だ。
俺――テオドール・ゲルバーは、
その中央に立たされていた。
立たされた、という表現が一番近い。
呼ばれたわけではない。
招かれたわけでもない。
気づいたら、
ここに立っていた。
ないわー。
グスタフは、
少し離れた位置にいる。
ハウス・グスタフの主として、
彼は「証人」だ。
守ってくれるかどうかは、
この場ではわからない。
視線が集まる。
測る視線。
裁く視線。
すなわち、
純度検査だ。
ハインリヒ・フォーゲルが立ち上がる。
彼の動きは、
無駄がない。
この場に慣れている人間の動きだ。
「要するに」
その一言で、
空気が締まる。
「ハウス・グスタフの革が、
最近、市で評価されている」
ざわめきは、起きない。
皆、知っている。
「評価が高い。
売れ行きもいい」
一拍。
「だが」
来た。
「工程が、
従来と異なる」
視線が、
俺に刺さる。
「見習い――
テオドール・ゲルバー」
名前を呼ばれると、
逃げ場がなくなる。
「お前が、
工程に関与したな」
「はい」
短く答える。
否定する意味が、
もうない。
「要するに」
ハインリヒは、
机に手を置いた。
「伝統工程から、
逸脱している」
「……はい」
「理由は」
――理由。
ないわー。
理由なんて、
山ほどある。
だが、
この場で求められているのは
正解ではない。
立場だ。
俺は、息を吸った。
「……すなわち」
その言葉を口にした瞬間、
空気がわずかにざわつく。
この場では、
聞き慣れない。
「革は、
条件で決まります」
数人が、眉をひそめる。
「温度、
時間、
攪拌」
「それらが揃えば、
同じ結果になります」
沈黙。
「……要するに」
ハインリヒが被せる。
「革を、
数として扱っている」
「それは」
間髪入れずに続く。
「不純だ」
はっきりと。
断罪だ。
言葉が、
石のように落ちる。
ないわー。
これ、
言われるとわかってたけど、
実際に聞くと
普通に重い。
「革は、生き物だった」
ハインリヒは続ける。
「数ではない。
経験だ。
手だ」
「混ぜるな」
「余計なものを、
持ち込むな」
要するに、
異物排除。
集会所は、
完全にハインリヒの空気だ。
だが。
俺は、
一歩だけ前に出た。
無意識だった。
「すなわち」
声が、
思ったより通った。
「生き物だったからこそ、
条件を見るんです」
視線が、
集まる。
「個体差があるから、
揃える」
「癖があるから、
待つ」
「急がない。
怒らせない」
一人のマイスターが、
小さく舌打ちした。
だが、
否定は出ない。
「混ざっているから、
再現できる」
俺は続けた。
「感覚だけでは、
伝えられない」
「ですが、
条件なら、
伝えられる」
沈黙。
ハインリヒが、
ゆっくりと息を吐く。
「……要するに」
声は、低い。
「お前は、
工程を“言葉”にしたいのだな」
「はい」
「それは」
一拍。
「危険だ」
「基準が、
揺らぐ」
「誰でもできると、
思われる」
ないわー。
それ、
“技術が共有される”
って意味では
めちゃくちゃ健全なんだけど。
でも、
この場では違う。
「……すなわち」
俺は言った。
「誰でもできないから、
基準が要るんです」
ざわり。
「できない理由を、
隠すと」
「できる人間だけが、
残ります」
「それは」
一瞬、言葉を探す。
「……事故になります」
空気が、
変わった。
誰かが、
わずかに身を動かす。
事故。
それは、
この世界でも
忌避される言葉だ。
ハインリヒは、
黙って俺を見ている。
そして、
短く言った。
「……要するに」
「判断は、
保留だ」
完全否定でも、
即裁定でもない。
中間。
それが、
この場での最大限だ。
「だが」
視線が、
鋭くなる。
「ハウス・グスタフは、
注視対象だ」
集会は、
それで終わった。
人々が立ち上がり、
ざわめきが戻る。
俺は、
息を吐いた。
ないわー。
めちゃくちゃ
疲れる。
グスタフが、
近づいてくる。
「……やりすぎたか?」
「いえ」
俺は首を振る。
「すなわち、
避けられませんでした」
グスタフは、
苦笑した。
「厄介なことになったな」
「はい」
だが。
「……後悔は?」
少し考える。
「ないです」
正確には。
ないわー、
と思う瞬間はある。
でも。
すなわち、
戻れない。
ハウス・グスタフの革は、
もう前の革じゃない。
そして俺も。
外に出ると、
クレフェルトの街は
いつも通りだった。
鐘が鳴り、
人が歩き、
革の匂いがする。
だが。
何かが、
確実に動き始めていた。
要するに、
後戻りはできない。
すなわち、
物語は、
次の段階に入った。
ここまでお読みいただき、ありがとうございます。
第六話では、
ついに
「話し合いの形をした審問」が
始まりました。
誰も、
怒鳴ってはいません。
誰も、
殴ってもいません。
それでも、
この回が
これまでで一番
息苦しかった、
と感じた方もいるかもしれません。
それは自然です。
この場で問われているのは、
技術の正しさではありません。
人格でもありません。
成果ですらありません。
問われているのは、
「枠の中かどうか」
それだけです。
ハインリヒは、
感情的ではありません。
むしろ冷静です。
だからこそ、
彼の言葉は
刃になります。
テオドールは、
ここでも
自分を売り込みません。
弁明もしません。
正しさを主張もしません。
ただ、
自分が
何をしてきたかだけを
置いています。
この姿勢が
通じるかどうかは、
まだ分かりません。
ただ一つ言えるのは、
ここから先、
彼はもう
「目立たない職人」では
いられない、
ということです。
次の話では、
この場で投げられた言葉が、
工房の外に
どう影響するかが
描かれます。
革は、
今日も
正直でした。
正直であることが、
いつも
安全とは限らない。
そんな段階に、
物語は入りました。




